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物語と感情について(自分語り)

最近、他の方々の小説を読んで、自作品と比べてみて、本当に「自分の小説は"感情"が弱いなぁ」と痛感することが多い。

おそらく私は、本気で人を好き(友情・愛情・あるいは「推し」などひっくるめて)になったことも、嫌いになったこともない。激しい感情が行動の原動力となるという経験をしていない。死んでしまいたいと思ったことも、人を殺したいと思ったこともない程度には恵まれている。

ゆえに私の書く物語はまず感情の機微やら何もかもより「展開」が優先され、その展開を動かすために、主人公は感情よりも強靭な意思で動く人物になりやすい。普通の少年として書いたつもりが「鋼の精神」を持つと評されたりもした。

一人称視点で書くことが多いのは単純に書きやすいというのもあるだろうが、もしかしたら感情の薄さをごまかす手段なのかも知れない。

ある人は私の作品を「読みやすいが薄味」と評し、またある人は私のことを「すごくポジティブ」あるいは「感情をあまり出さない」と評した。まさにその通りだと思う。

私自身は淡白な作風を気に入っているので、今さら感情表現を必要以上に盛ろうとは思わないのだが、より多くの人に届く小説を書くことを意識するのなら、もう少し「人の気持ち」というのを取り入れたほうがいいのかも知れないとも思う。

もちろん、持ち味であると評価してくれた「明るさ」や「読みやすさ」を捨てる気はない。気軽な「スナック感覚」(これも私の作品に寄せられた評価である)で、後に何も残らずに気楽に読んでくれるのが一番向いている楽しみ方かも知れない。

そうは思うものの、感性をむき出しにしたやりとりに憧れたりすることはあり、たまには他所様の作品にコメントを残しに行こうかと思いつつも、私の鈍感な感性では作者様の気持ちなどごく一部しか汲み取れないんだろうなと諦めが発生したり。

とりとめない文章だが、今後も創作は続けていくという方針がブレたわけではない。次に連載予定の新作は、いったんカクヨム以外で完結してからの移植ということになるかも(新しくできる小説サイトが気になったので)。

2件のコメント

  • こんちは。すぐに気の利いた事は言えないんですが、考えている事はありますので、いつになるか分かりませんが、(本当にいつになるか分かりませんが)考えをまとめてコメントしたいとおもいます。
  • ありがとうございます。
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