美味しいが勝ち(瓦住/シンシア+ゼロ)





 ――今日はバラなどを意中の相手に贈る日だ。
 ただ、国によってはチョコレートを贈ったりもする。しかも、女性から男性に贈ったりもするという話もある。後者に関しては今は古い文化であり、ただチョコレートを贈って気持ちを伝える日となっている。

 チョコレート。カカオを原料とし、カカオバターや砂糖を使って作り上げるものだ。しかし現代のこの国では、汚染や破壊活動により、カカオの木も被害に遭ってしまった。それでなくとも、経済が不安定であり、外での活動は機械や獣に怯えながらやらなければならない。つまり新たな生産はストップ気味なのである。そのため、チョコレートを使用した菓子やチョコレートは残っている物を回しているような状態だ。それに、本物と似たチョコレート風味もつけられる今はそれで賄えている。そちらの製造も活発とは言えないが。
 そして、幸運にも、シンシアは本物のチョコレートを手に入れた。

 詰まるところ、シンシアは海外の文化を真似て想い人にチョコレートをあげようと考えていた。いつもウィスキーを嗜んで、チョコレートバーをモサモサしている相手である。
 涼やかではあるが、冷然という訳ではないゼロという通り名の人物。時折笑みも見せてくれるが、今回は喜びに笑顔を見せてくれるだろうか。そんな事を思いながら、目的の人物の元を訪れた。


「ゼロ! ゼロ! 見て、これ」


 到着するや、手に入れたチョコレートの入った箱を見せた。不思議そうに注目するゼロに、開けて正体を見せる。喜んでくれているか知りたくて、シンシアは見上げた。ゼロは、表情の大きな変化はないものの目を輝かせている。時に冷たさを与える瞳は、今はまるで純粋無垢な子供のようだった。
 中身は四角いチョコレートばかりが並び、伝統的で無難なデザインばかりだったが、ゼロは指でつまみあげては口に運び舌で味わい尽くしていた。それをシンシアは微笑んで見つめている。


 ――ゼロはチョコレートが好きだ。


 最初は酒のつまみ程度だとか、あのオールバック男の付き合いで食べているのだと思っていたが、違った。あまりにも同じ物を食べているし、夢中でチョコレートバーを食べているようにも見えたのだ。次にあのお菓子自体が好きなのかと思えば、他の食べ物でもチョコレートを選んでいたのをシンシアは目にした。ああ、ゼロはチョコレートが好きなのだ、とその時理解したのである。


「偶然手に入ったの。一緒に食べたくって」


 にこやかに相手を眺めていたシンシアは、自身も一つ指で挟んで、一口で食べる。口の中の温度で舌の上に溶けていく。甘味とチョコレートの香りを転がした。好きな人と食べる喜びがそれに合わさって、より美味しく感じさせる。幸福感にチョコレートと共に溶け合った。


「愛しているわ、ゼロ」
「ああ。いつも感謝している」


 軽くあしらわれてしまったが、身を溶かす幸福感の前ではさして気にさせなかった。違うチョコレートも口に放り込んでみれば、滑らかさが違ったり、カカオの濃度が違ったりと、楽しませてくれる。ゼロもそれを堪能しているようだったが、不意にどこか寂しげに見える表情を見せた。


「しかし、いずれは尽きる。手に入れられたのは、まさに幸運だろう」
「そうね……」
「残りは置いて、食料が足りない時に食べよう」
「ダメよ。ライが食べちゃうわ。こう、ポップコーンでも食べるみたいに、何の風情もなく、次々に!」


 彼の真似だろう。チョコレートを摘まむような動作をする。その手を口に向かって放り投げるような動きへと変えた。ゼロは静かに首を振る。


「確かに、普段の様子ならばあり得るが。ライは甘いものは得意ではないから、その心配はしなくていい」


 甘いものが得意ではないが、毎度のようにチョコレートバーを土産に二本ずつ買って帰るあの大男の姿が思い浮かんで、シンシアはむっとした。肯定から入る理由付けの否定は、不快は一つもないはずなのに、納得出来るのが嫌で。シンシアは咄嗟に言葉を返せなかった。
 数十秒、数分、間を置いて深呼吸する。息を吐ききって、大きく息を吸ってからシンシアは口を開いた。


「美味しかった?」
「ああ。ちゃんとしたチョコレートを食べるのは久しいというのもあるかもしれないが」
「じゃあ、この美味しいのは二人だけの秘密ね?」


 秘密にしても、しなくても結果は変わらない。だが、それでも二人だけの秘密として共有したかった。提供物で優位に立ちたいという訳では決して無く。それでも、ゼロとの特別は欲しくて。そんな事をシンシアは口にした。誤魔化すように、どこかイタズラっぽく。
 全てを理解しているのか、いないのか。ゼロは力を抜くように笑って肯定した。

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