ばしりと後頭部を叩かれた衝撃に驚いて目を開けた。覚醒しきらない頭を働かせるため瞬きを繰り返す。目に入った黒い布地にそって視線を上げればそこにはユークリートが立っていた。
「お前城内で行き倒れるのは止めろ」
呆れたように言ったユークリートが僕を叩き起こした張本人らしい。どうやら僕は図書室で資料を読んでいる間に寝落ちたようだ。
「行き倒れてない」
「何度も呼んだのに起きなかっただろ。どうせ昨日から何も食べてないんだろ?」
言われてみて、そういえば、と思い当る。
こと「魔術の研究」に関して見境のない自分は、集中すると日常生活がなおざりになるのが悪い癖だ。毛布に包まっていたとはいえ図書室の椅子で寝ていた体はすっかり冷え切っている。ちなみにこの毛布は度々図書室で徹夜をする僕を見かねて司書が用意してくれた。
「城内で遭難するなんてお前とコウキくらいだぞ」
少し眉を寄せてユークリートが言った。あの賑やかな友人が帰ってからしばらく、その名も城内ではあまり聞かなくなってきた。
コウキがこの世界に来たばかりのころ、急に姿が見えなくなって皆で探し回った。慣れない広い城で迷ったらしいコウキは、結局小さな中庭で疲れて座っているところを発見された。子供じゃないんだから誰かに道を訊いて戻ってこい、と説教したのは記憶に新しい。一応本人にも理由は有るようで「俺みたいな不審人物がその辺の偉い人に話し掛けたら怪しまれると思った」らしい。
「そういえば皆で探したよね」
「お前は笑えないからな。毎度お前を探し回るエルファムの身にもなれ」
溜め息をつくユークリートに笑ってみせる。どうせ僕が反省するなんて彼も思ってはいない。
「起こして。お腹空いて立てない」
「なんでだよ。自分で立て」
「無理」
なんだか色々億劫で、甘えたい気分で右手を差し出す。当然拒否の言葉が返って来たが、気にせず笑っていればなんだかんだ人の良い彼は言う通りにしてくれるのを知っている。
さん、にぃ、いち
心の中でカウントダウンをはじめると、はぁ、と短い息と共にユークリートの手が伸びてきた。手を取ってぐいっと引っ張り起こされる。
「ありがと」
にっこり笑って礼を言うとユークリートは何も言わずに僕の頭を軽くはたいた。そのまま図書室の出口へ向かって歩き出す。今更のようにしくしくと空腹を訴えだした腹を押さえて、僕もその背を追って歩き出した。
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