中学に入学してわりとすぐに、憧れの先輩とやらを見つけました。
当時の私は、少女漫画などの影響もあって、とにかく中学生になったら、誰か先輩に憧れようと、腕まくりしているような状態で、血走った目で校庭を見回していたとき、テニスコートで爽やかにラケットを振る、一級上の男子生徒を見つけたのでした。
テニス部であるその人は、すらりと背が高く、勉強もでき、翌年には生徒会長になった人でした。
当時、同じクラスで仲良くなったA子ちゃんは、マッシュルームカットがよく似合う美少女だったのですが、彼女の憧れの先輩は、三年生のサッカー部の先輩でした。
彼女は、休み時間になると、彼女の憧れの先輩を見るために、三年生の階まで出かけてゆくのですが、私は、よくそれに付き合って、一緒に三年生の階まで行ったものでした。
「○○ちゃんはいいの? 二年生の階も、一緒に行くよ」
A子ちゃんは、何度も私にそう言いましたが、
「ううん、私は大丈夫」
と、いつも断っていました。
私は、時折、廊下ですれ違ったり、教室の窓から、テニスコートで走り回る先輩を見られるだけで満足だったのです。
そんなある日、A子ちゃんが、
「私ばっかり付き合わせて、悪いから、これ」
といって、四つに折りたたまれたA4ノートの切れ端を、渡してくれました。少し汚れて、紙もよれよれになっています。
開いてみると、そこには、名前、誕生日、血液型を始めとする、様々な質問が、ページいっぱいにずらりと並んだ紙でした。そして、名前のところに、私の憧れのテニス部の先輩の名が、鉛筆で書かれていたのです。
びっくりして、
「これ、どうしたの?」
と、大きな声でA子ちゃんに聞きました。すると、
「卓球部の先輩が同じクラスだって言うから、例のテニス部の先輩に書いて貰うように、頼んで貰ったの。もちろん、本人の直筆だよ」
と、事もなげに答えるのです。ええ、そんな奇跡みたいな事、起こるのか!!
私は信じられないような気持ちで、改めて、その紙を見つめました。確かに、得意な教科、好きな食べ物、好きな動物など一つ一つ丁寧に書かれた答えは、きちんとしているけれど、どことなく無骨で、それはやはり、男子の字だと思われました。
「ありがとう!」
私はお礼を言いながら、思わずその紙切れを抱きしめました。
その日、家に帰って、一人になると、例の紙切れを、どきどきしながら鞄から取り出しました。どれどれ、好きな科目は数学かぁ、へぇ、犬が好きなんだ。それにしても、頭の良さがにじみ出るような、きちんとした字だなぁ。紙を見るだけでも、ドキドキします。そして、好きな色に来たとき、私の思考は、はた、と止まりました。
好きな色、 アイボリー
アイボリー? アイボリーって何だ?
赤白黄色レベルの色の世界にいた当時の私には、アイボリーなんて色は、見たことも聞いたこともありません。早速、国語辞典を開いて調べました。
『アイボリー』 少し色味のある白。オフホワイト。
辞書には、確かこんな感じのことが、書かれておりました。
今でこそ、アンミカさんの「白って200種類、あんねんで」という知識があるけれど、当時の私には、どうにもピンと来ませんでした。
ううむ。何か白っぽい色が好きなんだな。とりあえず、そう理解しましたが、出来れば、群青色、とか、言ってほしかったなぁ、なんてことを、思ったものです。
とにかく、そのアイボリーショックが大きすぎたのか、その大切な紙に書かれた内容は、お誕生日も含めて、アイボリー以外、ほとんど忘れてしまいました。
そして、あまり時間をおかず、私は同じクラスの男子に、心を移してしまったのでした。