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今年も大変お世話になりました

ちと早い年仕舞いのご挨拶申し上げます。
来年もどうぞよろしくお願いします。

今年の思い出をひとつ。

ツイッターでとある方が「小説がうまくなりたければ10万文字書きなさい」というようなことを仰っていました。(というか、こういうつぶやきが定期的に流行りますよね、あそこ)

その本意はさておきますけども、そう言われてもただただめんどいな……としか思えませんでした。
とはいえ、やりもしないで否定だけするってぇのは、お行儀の悪いもの。

……いえ、本音を言えば、最近めっきり10万文字なんて長編は書いていない身です。書けるという自信がなかった。そう、現実と向き合いたくなくて、そんなことで小説がうまくなるもんかと鼻で嗤う自分がいたわけです。

でも、それでいいのか?(別に小説がうまくなる修行方法を探してるわけじゃないけども)

そこで考えました。

ふむ、きっちり100文字の小話を毎日1話、それを100日続けたらどうだろうか、と。
ひとこまを100文字にまとめて読み手に伝えるたぁ、これはなかなか容易なことではありません。
語彙力、文章力、その他もろもろ鍛えられるはず。

そしてぴったり100文字を100話で10万文字の小説に仕上げ、長編へ挑戦する自信と意欲と体力を取り戻す!

……ええ、アホなんです。算数苦手なんです。

自分のアホさに気づけず、書き出しました。10万文字目指して100文字の小話を。
そして20話ぐらいで、ようやっと気づきました。

おバカさん☆
こんなやつが簿記一級狙ってんですぜ?事実は小説より奇なり。

今年のまだ暑かった頃の笑うしかない思い出です(ノ´∀`*)

なお、その小話は100文字の縛りを脱ぎ捨て好き勝手書くことで10万文字を越える小説として無事連載中です。

当初の目的は果たしたよね

10件のコメント

  • 偏差値27の俺が大学に合格したと何度言ったら・・・(笑)
    だから簿記一級なんて、また狙え。やれ。

    日記に一生懸命になってたらチェック忘れてたわ。忙しいってのに文章書きたがる、もはやビョーキだ。

    なんか、長編が苦手だから短編エピソードいくつもくっつけて長編作ってるってプロとカクヨムで何度か話したことあるわー。

    部屋を整理した時に梟の城(司馬遼太郎)がでてきたからパラパラめくったけど、開始十行で圧倒された。なんだこれ。この迫力やばい。

    言いたいことばらばらでスマン。よいお年を。どうせ年内まだ話すかもだがね(笑)。


  • はいよ、よいお年をおはようございます
    待って。ツッコミどころおかしいよ。寝ぼけてるな。

    100文字×100話で一万文字じゃんおバカさん☆
    これよ、これ↑(ツッコミ以前の苦笑ポイントとしてスルーして良し)

    いま気づいたんだけど、もしかしてもしかして梟の城読んでないかも!
    まぁいいや、風神の門でも読み返して年越しするか。

    最近毎日というか、ほぼ毎時カクヨムにいるから日記読ませてもらってるわ。こっそり。
    またこっそり遊びに行くからな
  • おう、踏むとぴよぴよ音のなる靴でこっそり来い。
    というか、自分で気付いてるからツッコむ必要もないのかなと。

    風神の門はずっと昔ブックオフで100円で買った(笑)。
    いやー同じにしたら誰かが暴動起こすかもしれんが、100円であの内容売りさばく商売と、無料で著作物横流しする漫画村・・・
    「お前は臆病なヤツだ。俺は敵が攻めてきた時、50歩しか逃げなかったが、お前は100歩も逃げた」
    って話とどの程度違うのか、俺にも分かりやすく説明してくれるか?
    漫画村の方を持つワケじゃないことは間違いないとしても・・・著作権って、難しいよな。マジで。

    司馬遼太郎は、よくないヤツは論文みたいになっちゃってるけど、うまく知識と物語がかみ合ってる作品は最強だなと思うわ。
    こういう作品の需要が今も変わらずあるかというと分からないけど・・・。
  • そーいうこと言うと、はーとのボタン押してぴよぴよってコメント残しちゃうぞ(笑)

    あれよな、古本とか古書は紙本が貴重だった時代の名残で、今の時代にはそぐわないよな。
    しっかし、もう何年も新刊出てないのに本屋の棚に著作が並ぶ作家ってすごいよなぁ。
    あれも売れてももうご本人には一円も入らんけど。

    司馬遼さん語り出すと長くなりそうだ。司馬さんは当時からニッチな作風というか、文豪とか言われてる昔の人のほとんどは、決して万人受けしないニッチな趣味のやつらだったと思う。
    それであれだけ売れて評価されたのは、やっぱり今より市場がでっかかったからだろうなぁ。
    今の読書市場規模じゃ万人受けを狙わないといけないのは確かだろうけど。それだけじゃあ絶対あの人たちには追いつけないんだろうね。
  • そうなんだよ、追いつけない。
    日記のネタにもしようと思ってたんだが、文学とゲームってあるところ似てる気がする。
    初めは、存在することが真新しかった。どんなクソゲーもサルのように繰り返し、熱中して、攻略しようと誰もが躍起になっていた。
    やがて人にゲームの耐性がついてくると、ボタンは増え、システムはどんどん複雑化していった。『ついていけないヤツはお断り的風潮』でも、ゲームは売り上げをどんどん伸ばしていった。(今回の話を引っ掛ければ司馬遼太郎的な"不親切さ")
    技術者も燃えただろうな。限られた機能の中でどうやったら大作が出来上がるか。技術と知恵の粋を集めて、名作は作られていったと思う。
    しかしやがて、ついていけないヤツの市場も拡大しようと、簡単にできるという発想が生まれ始めた。スマホの登場はそれに拍車をかけ、ゲームの芸術的な機能よりも、如何にサルでも遊べるかということに焦点が当てられ始めた。
    結果、少し複雑だともう拒絶反応を示すワガママなゲーマーも増え、製作者側も、求められる技術は技術そのものよりも、サービスへ振り向ける技術へと変わっていった。技術を振るう場は、いつの間にかなくなってしまった。

    3Dでぐりぐり映画みたいに動くのも技術だけど、ゲーム性への努力とは違うよな。個人的には、さぞかしゲーム製作者も不完全燃焼な時代となってるんだろうなと思うわ。
    昔は、ユーザーの方が理解するよう努力した。ユーザーが、自分のレベルを上げようとしてたんだよ。
    今は、製作者の方が、考えなくても理解できるところまで内容を落とす努力をしてる。結果がライトノベルだ。(炎上しそう)
    悪いことじゃないんだろうけど、そりゃ、レベルは下がるよ。

    間違っちゃいけないのは、決してライトノベル批判じゃない。「ライトノベルまで簡単にしないと読めない」と、自分をスキルアップさせないオトナが増えたことが問題なんだ。努力も遊びを面白くする要素なのだということを、忘れた今の風潮が、文化の進行状況を鈍化させてる。

    多少オーバーに言って、そう思うわ。


    あ、
    >もう何年も新刊出てないのに本屋の棚に著作が並ぶ作家ってすごいよなぁ。
    俺がそうなるから。(笑)
    てか、本人に一円も入らないのか。どんなシステムやねん。
  • ああ、ごめん。著作権を遺族が継いでれば重版でその人にお金は入るんだろうけど。
    死んでる本人は受け取れないよねって程度の意味。

    >努力も遊びを面白くする
    そうだよな。面白いって、とってもいろんな形があるんだよな。
    それを面白いと感じられるかどうか、ってのは後天的に獲得しないといけない能力だ。
    強い刺激で与えられる安易な面白さは、そういう能力の成長を妨げる、と思う。
    読書を楽しめない人が増えた原因はそれだと思う。
    そういう意味で、「分かりやすい簡単な小説」よりも「安易なエログロバイオレンスで刺激を添加しただけの小説」のほうが罪は重い……と密かに思ってる。
    00年後半代のラノベ、とかな。
  • なるほどな。その通りかもしれん。
    しかし思うのだが、エロは分かる。三大欲にも入る永遠のテーマだし、必要と思われる場面でもこれをヘタに回避してる作品は逆に嫌らしいとすら思う。(個人的には)
    しかしグロが、人間の琴線に触れるのはなぜなんだろう。
    俺、今この部屋の隣で知らない若いねーちゃんが股開いて寝そべってたら、わっほーいってなるけど(笑)、同じく知らない若いねーちゃんがぐずぐずに崩れてたらいやだぞ。
    俺も、作品で人を殺す表現はよくする。しかし、見せたいのはその魂であって、赤黒く腫れ上がった骸ではない。
    職業柄、血を見ることもあるけど、いつ見てもひくぞ。

    どう思う?
    これって、今後の執筆の糧になると思うので、思うとこ聞かせてくれん?
  • グロな。けっこう好む人を選ぶし、それほど琴線にふれるものでもないと思うが。

    エロも。性欲があるからエロに魅かれる、ってのは事実の一面でしかない気がする。
    だって、エロいものを見たり聞いたりしても動物としての根元的な性欲は満たされない、はずだろ。エロいことして満たされるのが本当の性欲だ。
    うまい飯の話を聞いたり見たり作ったりするだけで食欲が満たされるか?食べなきゃ満たされないだろ。

    エロいものに快楽を感じるのは、実は性欲が満たされるからじゃない。
    ただ脳みそが強い刺激を感じて、そこに愉悦を結びつけただけだ。

    なにを愉悦だと感じるかは、すべて脳がその刺激を愉悦だと認識するよう学習しているかどうか、の問題だ。
    逆に言えば、脳が学習していればなんでも快楽として認識し得る。
    極端なはなし、殴られる痛みさえも快楽として覚えられる、ということだ。
    もちろん突然強い刺激を与えてそれが急に快楽になる、なんてことはない。
    それを面白いと思う、場合によっては脳が誤認するなんらかのプロセスがあってのことだろうが。

    刺激的なものってのは強く脳に影響するだけに、脳が覚えやすい。
    グロは単に脳を興奮させやすい刺激のひとつってだけだろう。

    一度快楽として覚えると脳みそはしつこい。また同じ快楽を求めるし、そのくせ刺激にはあっさり慣れる。慣れるとさらに強い刺激を求めるようになる。
    これをこじらせたら中毒だ。

    物語上の必要があって描かれるグロテスク描写と、脳を興奮させるために描かれるグロは違うものだ。

    って感じかね
  • はい、今日の仕事もう終わり。(←自分で決める(笑))
    3時だからあんま頭働かねーけどなるほど。
    あーなるほど。そうか。そうなんなー。そうなんなーってなんだ(←馬鹿)。
    まぁ、人間の脳みそも本質的にはサルと変わらんだろうからな。

    脳に刺激があれば、苦いものでもうまくなるわけか。
    まー、異世界も百合もBLもホラーもスプラッタも普通はありえない刺激なのか。
    そんな観点から見たことはなかったな。
    今の俺に刺激になることってなんだろう。
    ・・・・・・
    ・・・
    不倫だな。(大笑)
    『愛の流刑地』みたいな作品描けばいいのか!!!

    あ、もうだめだ。寝た方がいいやこれ。
  • 不倫なのかーい!
    しかもするとかでなくて描くだけでいいのかーい。

    人間の脳みそってのは不思議だな。
    動物なら生存に必要ない刺激やむしろ危険として避けるべき刺激を快楽として覚えることはないのにな。
    おかげさまで小説なんかを楽しむことができるんだろうが。

    とりあえず寝たまえ
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