五句ほど思いついたので投稿しました。
俳句と言えば中学生の頃、尊敬する国語の先生に俳人・山口誓子さんの『かりかりと 蟷螂蜂の かほをはむ』の俳句を含んだ授業を受けた時があり、まず生き物の残酷さ、リアルな気持ち悪さだけをぼんやり感じていました。
そして先生に指名され朗読させてもらった時、かりかり、かまきり、かほ、と『か』が続くリズムと統一感に衝撃を受けました。
次にカリカリという命の躍動をあまり感じない乾いた音が、かえって自然をありのまま表している……的なことを考え。
先生が笑って「ホントはかまきりじゃなくてトウロウらしいんだけど、私もそっちの読み方の方がいいと思う」みたいなことを言っていました。実際のところはどっちの読みが正解なのかは未だに謎なのです(*'ω'*)
そんな俳句への出会いの影響か、俳句とは実際に体験したことを【自分の感性のフィルターを通して表すもの】という思いが胸の中に大きくあります。小説はリアリティーさえ読者に感じてもらえればよく出来た想像を文章にしてもよいという自分ルールがありますが、私にとっての俳句はそこを破れません。
大成した小説家や俳人に共通しているのは、作品に生かせそうな体験を多く得られたからではなく、体験を作品に昇華できる感性に優れていたからではないかなあと、久しぶりに俳句を詠んでみて思いました(*'ω'*)