K-enterprise著、第10回角川つばさ文庫小説賞応募作品。
彼(性別不詳なので仮)が以前書いた作品で、「火球考察」という短篇でも感じた、優れた点があった。それは、登場人物の心情をさりげない描写で表す点である。
“壁にかかった真新まあたらしい制服を眺ながめ、普通ならワクワクした気持ちで朝を迎えるんだろうか? と自問し、とりあえず朝食で汚してはいけない、と私服に着替える。
ゆううつだ。
ゆううつって漢字は難しくて書けないけど、意味はわかる。”
「ゆううつだ。」という文を目にして、最初は違和感を覚えた。どうして平仮名?その後ろに続く言葉によって、その違和感はすぐ消えたが。
本作がエントリーしている角川つばさ文庫小説賞は、読者の対象年齢が9~13歳の児童だ。主人公である操金夢叶(あやがねむと)は新中学一年生。読者層と一致する彼女の年齢にとって、確かに「憂鬱」は難しい漢字という印象だろう。
主人公に付与されている属性(この場合は年齢)をさりげない台詞で表現している。成人済の僕はこの一文ではっとさせられたし、もし10歳前後の読者なら「わかる~」と共感を得るだろう。
次。主人公ムトは自身の名前の物珍しさから生じる様々な弊害によって、両親に不満を漏らしてしまう。
“「希望(のぞみ)ちゃんだって、夢が叶うようにって意味なんだよ? なんでそういう可愛い名前じゃだめだったの?」
わたしが、べそべそと泣きながら話したからか、両親は本当にすまなそうな、困ったような顔をしていたことを覚えている。
(中略)
お父さんはあれ以来、わたしを名前で呼ばなくなった。
お母さんは逆に、わたしをたくさん名前で呼んだ。”
両親の性格、娘に対する申し訳なさ、この出来事を想起するムトが抱いている後悔など、さまざまな情報がこの二文に詰まっている。見事である。
主人公ムトの語りについて。最初、一人称視点の語りにしては、自分の行動を客観的に書け過ぎている、と思った。
例えば、
“ 今日のわたしはいつもよりイライラしている。
「……いただきます」
少しプンとした顔を見せながらオレンジジュースを口に含む。”
「今日のわたしはいつもよりイライラしている。」と。なかなか俯瞰的な感想だな、と感じた。しかも、「プンとした顔」をわざわざ「見せながら」オレンジジュースを飲む。自分の機嫌が悪いことに自覚的なだけでなく、それを明らかに表に出している。つまり、機嫌の悪さを両親にアピールしているのだ。そのことをムト自身がはっきりと意識して行動しているのか、はたまた著者自身は狙ってやっているのか、定かではないが……。
とにかく、読んでいて違和感があるポイントがいくつか配置されていて、それが読み手の意識を作品に効果的に引き込んでいると感じた。
第一話のプロットには、少し思うところがあった。
ムトが朝起きて、両親と朝食を摂る場面から、過去の回想につながる。物語の、しかも第一話で急に回想シーンへ移行するより、入学式の一日を通して回想を小刻みに挿入したほうが自然に読めるのではないか、と感じた。
が、これは本当に個人的な考え・趣向に過ぎない。冒頭から両親との過去の確執を語ることで、主人公が持つ自身の名前に対する複雑な想いを、読者はより印象的に感じるだろうからだ。