冥境第一階層、木霊の踊り場。
一月ほど前にここに逃げるよう来たときはまさか自分が大人たちから尊敬やら嫉妬が入り交じった視線を向けられるとは思わなかった。
「……ふう」
キャンプ地の外れでひとりコーヒーを飲んでいると、女性の探索者たちが見つけたとばかりに近寄ってくる。
きゃいきゃいと黄色い歓声を上げ媚を売ってくるさまはとてもじゃないが見られたものではない。
俺は努めて気付かないふりをしていると、女性の探索者のひとりが声を上げる。
「亮一君、今日もお疲れ様。私たちと一緒にご飯食べない?」
「……」
「もー、構ってくださいよ、十神さん!」
別の探索者がふてくされたフリをする。……このまま黙っていると騒ぎになるな。
はあ、仕方ない。
あの人だったらこんな面倒なことをしないのにな……。
「すみません、興味ないです」
「興味ないだってー」
「格好いい!」
「……」
あまりの馬鹿らしさにため息をつきたくなったがぐっと堪える。
これでもA級なのに、なんだこのヌルさは……。
地上に戻って以来、あらゆる人が皮の剥いていない野菜に見えてきた。
それもこれも俺に芽生えた〈聖騎士剣〉のスキルが物珍しいのだ。ギルドのお偉いさんは「この位階のスキルを発現したのは世界中でも数百人いるかいないか」みたいなことを言っていたが、その希少性だけが俺に寄ってくる要因だ。
元の友達とは上手くやれている。「もっと凄くなったらサインを家宝にするわー」などと軽口を叩けているし、同時に「無理するなよ?」と心配もしてくれる。……それでも一人、仲違いをしてしまったけれどさ。
はあ……、まひろさんに会いたい。頑張ってるねって褒めて欲しい……。
いや、こんな女々しくては嫌われるかもしれない……。このスキルに使われるのではなく、こいつを使いこなすくらいになってまひろさんを守れるくらいに……!
「――、聞いてます?」
「ああ悪い。聞いてない。一人になりたいから少し席を外してくれませんか?」
俺の周りで騒いでいた女性探索者たちは顔を見合わせ……口々に文句を言って去って行った。
やっと終わってくれた……。ゆっくりと深呼吸をして森の清浄な空気を吸い込む。
さて、まひろさんの配信でも――
「お疲れさん、色男」
「やめてくださいよ、好きじゃない人に好かれても困るだけですって」
「おおう……、その言葉、高校生の頃のオレに聞かせたら卒倒するだろうな」
入れ違いにやってきたのは探索者のひとりで、最近になって冥境に立ち向かえるように修行を始めたという人だ。
名前は……|成《なり》……なんだっけ。
かなり失礼なムーブをしているが名乗られたのは一度だけだし、そのときはまひろさんの配信に夢中だったときに聞いたためうろ覚えなんだ。
……いまさら名前を尋ねるのは失礼だよなあ。
この人もこの人で初日だけは妙に強い視線を感じたのだが、俺が女性たちに絡まれているところを助けて貰ってからはなんだか仲良くなってしまった。……同情心ってやつなのだろう。
それに、配信者の趣味が合う。
合いすぎて喧嘩になるほどだ。
彼は、俺の見ている配信画面を覗いて「やっぱ見てるか」と呟く。
俺はいつもの話題の一環として、探索者として経験や知識なこの人に気になることを尋ねてみる。
「……二層はどうなっているんでしょうね」
いま俺たちの中で最もホットなトピックだ。
まひろさんが世界樹の中で足止めを喰らっていることは周知の事実で、そこからどうなるのかが熱いところである。
成……さんは楽観的な顔つきから神妙なそれへと移る。
「あそこは特殊でね、まずはフェンリルが立ち塞がる。そこを乗り越えても……」
ううん、と彼は言葉を濁す。
「今の時点で言えることは。第二階層の攻略次第では……フェンリルの『後』のために俺たちが助力しないといけなくなるかもな」
……つまり、また会えるかもしれないってことか!
早く第一階層の調査を終えて、第二階層に行きたい……!
待っててくださいよ、まひろさん!