1ヶ月のベトナム出張も気づけば中間地点。
12日連続出勤を乗り越えて、昨日はようやく休日だったのでホーチミンを観光しました。
まずはベトナム戦争の展示を行う戦争証跡博物館。
なんですが、正直いたたまれなくなります。
展示の最初の方は歴史的事実なんですよ。戦争がどういう流れをたどったかとか、ベトナムの方々がどれだけ必死で戦ったのか、とか。
しかし途中からだんだんと、無惨に略奪され殺害される農民とか、枯葉剤の影響で身体のあちこちがおかしくなった人の写真とかが増えてきて……
もう平静を保てませんでした。戦争、あまりに人の心がない。
展示の中に、アメリカ独立宣言を引用して戦争犯罪の恐ろしさを説くところがあるんですよ。
「アメリカは独立時、これだけ人間の権利や財産を大事にすると言ったのに、ベトナムではそんなことは全く無かった」って。
でも考えてみると、アメリカ独立時に謳われている人間、の中に、いわゆるネイティブアメリカンは含まれてないんですよね。
フランスの人権宣言も同じで、あのとき黒人の人権は保証されませんでした。だって当時、黒人は人間じゃなかったから。
……うん、人間ってやっぱおろか。
そう考えると、アメリカ中心の西側諸国が初めてそのおろかさに気付かされたのがベトナム戦争だったのかも。
多分開戦当時、ベトナム以外であの結果を予想できてた人はいないでしょう。
続いて、ベトナム戦争含め様々な歴史の舞台となった独立宮殿へ。
大統領の執務室や、遊戯室、劇場なんかもあり、政治の中枢を実感させられるのですが……
地下に設けられていたのは、秘密裏に置かれた作戦司令室、通信室。まさしく戦争のために置かれたもの。
華やかな地上と、全く違う様相を見せる地下。
ヘリポートには、戦時中に爆弾を奇襲で落とされた場所にマークと、そのときの爆弾の破片が展示されています。
まさに激動の時代を生き抜いてきた建物。
たった50年近く前に、ここで様々な運命が決まったのです。
最後はホーチミン屈指の歴史と規模のある市場のナイトマーケットで夕飯。
イメージとしては、日曜のアメ横がもっと密になった感じ。
でも屋台飯は美味い!
しかしホーチミンの町並みというのは、バイクのフリーダムさ、あふれる外国語、道路の舗装が雑なことを除けば、意外と東京と大差ないかもしれません。
外国でも、大きな街の作りは案外似るのかも。
ここにうちの子を立たせてみたいな、と思いました。
最も、そんな世界をまたにかける!みたいなうちの子はいないのですが。