物語的に先が読める、と自分で描いてて思う。以前は、それが嫌だった。
私の好きな漫画家が作品の中で「納得は全てに優先する」と言う言葉を使っている。
どうにも凄く引っ掛かったのだ。筒井康隆の作品を読むと僕は呪われるのだ。
旅のラゴスの美しい文章を読んで脳が灼かれた時のように「納得は全てに優先する」の言葉が靴底で固まったガムのように脳裏に張り付いて時々、チラチラと顔を出してくる。
だから、これを自分なりに噛み砕いて、感動や意外性よりも前に、読者の思考や感情が途中で引っかからないことを最優先にすると解釈したら、やっと消えてくれた。
作者の為の言葉ではなく、読者から見ての言葉なのだと、解析する。
読者が自分の頭で因果を再構築できる状態、引っ掛からない作品に仕上げなければならない。複数の因果を入れれば入れるほど、物語内の系は複雑化する。
それを美しく。料理的に言うなら、美味しく複数の材料を調理しなければならない。
やっと自分で文章に満足出来るようになった。積み上げ続ければ、もっと上手くなるだろうか?ここが限界かも知れない。なら、どう運用するかだが。
綺麗な文章には到達できそうもないが、(それは別の特別な才能が必要なのだろう)――複数名の因果や思惑、計画や行動を収束してクライマックスに持っていき、物語を構造的に完成することだけは多分一人前に至った。逆に言えば、これ以上、劇的な成長は少ないだろうが。日記帳のように、作品を描けそうな予感はある。