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レビューお礼

まめさん@祭已畢焉>

ぶっちゃけ擬古文クソですよね!(言い切った)

好きだし今後もやっていきたいとは思っているんですが、
ただ、それらって結局は
「平易な文章の中でぽろっと出てくる小難しい言い回し」
の精度を上げたいからだったりします。
とにかく、経験値が足りなさ過ぎて。

そのためにも、今は振り切った文章をやらかす必要があるなー、と。
ご不便をおかけします。

ちなみに、次に祭已畢焉みたいなノリの作品を公開する時には、
始めっから現代語訳もつけようと思っていますw

4件のコメント

  • 「せめてtwitterのDMで言えや!」と思われても仕方ない微妙なレビューに改まった礼、ありがとうございます。

    こっちもぶっちゃけますが、
    実も私も小説を書いた経験があり、擬古文を書いてた時代、読んでくれた人にボロクソに言われたことがあるのです(笑)

    現代文に変えてやっと読むに耐えると言われました。同人誌ですがそれは一応、二十部ぐらい売れています。

    佐藤さんの文章を美麗と評される方もいらっしゃるので、あくまで私の考えであることが前提で話しますが、

    「擬古文は文法をかなり高いレベルで習得した人間だけが書いて本当に美麗な文章となるもの。単語の言い回しだけ漢和辞典や類語辞典を見てそこだけ流麗にしても読みにくい文章になるだけ」という考えを持っています。

    私より遥かに有為な助言を与えられる方がたくさんいらっしゃいますのでこれ以上は控えますが、漢文や書き下し文を読み慣れている私が読みにくかったということだけは事実としてお伝えしておきます。
  • 以前にも書きましたが、漢文を嗜むおとこのこが擬古文にかぶれないとかアリエネーヨ、と思っていますw そればっかりだとアレですが。

    そして、まめさんの仰ることもまさしくだと思います。そこを足りてると思っているなら、諸葛長民伝の訓読とか公開しませんでしたしね。アレはもう、俺も氷月さんのように漢文訓読指導受けたい! と言うスケベ心全開で公開しましたw

    訓読文きっちり書けないと、やっぱり擬古文として整わない。ここは書いてみての実感でした。
  • 高校時代に強制される中島敦『山月記』が擬古文感染者増加の主因であることは、病理学的に明らかにされています。

    中島敦全集を読む限り親族にガチの漢学者がいたことは明らかでして、あの擬古文は半端ない漢学と文学の素養の融合体なんですよね。

    だから、一朝一夕にどうにかなるものではないのですが、あの読み味には捨て難いものがあります。

    アレを読まされたらかぶれますよね、フツーは。
  • 遅れてきた思春期なのです!(違う)

    ちょっと潜伏期間長すぎだったのでどうしようと戸惑っていますw
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