夏目漱石がふと気になって、文庫版の中から選んだ一冊。
彼が、病の為に
物書きをできない情況に陥って、
しばらくぶりに書こうとし始める、
その立ち上がりの心境が、冒頭にしたためられている。
処女作とされる『吾輩は猫である』などとは違い、
はじまりから"構えた感じ"というのが無くて、
すうっと入っていけるのが、魅力的に思う。
もちろん、小説を書けない間の心持が、
読んでいるととても面白く、自身の立場と思わず重ねて、
肯くところの多いのもあるけれど、
言い得て、"言い訳"である文章の、
読めば読むほど、読者に"許し”の感情を芽生えさせてしまう
彼の語りというのは、
それだけで「特別」なのだろうと、その響きにひたる。
生来じっとはしていられない、彼の性分の様なものが
病の静けさの中で、鮮やかな意味を持ち、
敬太郎の、
「何をか為さん」に表れているような気がして
心臓がぐっと掴まれるような、透明な感動を覚えた。