黒鶴デモンストレーション
・無詠唱
・無遅延
・複数属性
・同時行使による複合効果
※周辺への被害が及ばないよう留意した術構成。というより、水芸 笑
元々、精霊族は自然との調和を大切にしてひっそり生きる民族でした。自然を大規模に破壊するような術は「禁呪」だったのです。その本質は、ささやかな生活のための魔術だった。ミツルはそれを体現してみせるのです。
私は戦う機械じゃない。
いかにデルワーズがおかしいか。そして、システム・バルファに対抗しようとした精霊族の反抗勢力が愚かか(戦うために禁呪を持ち出した)、ということなんですね。
私の周囲に輪を描くように並んだ教授や学生たちが、期待に満ちた眼差しを向けている。中庭には緊張感とも高揚感ともつかない静寂が漂い、誰もがかたずをのんで私の動きを見守っていた。ひしひしと伝わる興味とわずかな不安――けれど、そんな雰囲気でさえ、私の胸を少し弾ませる。
私はそっとまぶたを閉じる。軽く深呼吸をして、空気をゆっくりと身体の奥へと送り込んだ。すると、まるで透明な薄布に包まれるような穏やかさが広がっていく。まるで今この一瞬、世界の中心が自分自身になったかのような――静かだけれど揺るぎない感覚だ。
「集え、精霊子(ちから)よ……」
小さな声を吐息のように漏らすと、内側からふわりと波紋が広がっていく。私は“器”である自分自身を意識し、身体中の感覚を研ぎ澄ます。高密度情報体――“精霊子”と呼ばれる存在が、私の呼びかけに応じてゆっくりと集積し始めるのを感じた。脳裏ではかすかな囁きが響き、それが次第に言葉を伴って聞こえてくる。
《《今日は何をして遊ぶの?》》
精霊子が擬似的な精霊体を成し、私と共鳴しているのだ。どこか懐かしく、温かな気配に包まれながら、私は自然と微笑んだ。
ここからが、場裏(じょうり)を用いた私の魔術の見せどころ。周囲には、まるで何層もの透明な膜が形成されているかのように見えるかもしれない。円球状の干渉領域が紡がれ、その内部で精霊子が活性化し、まばゆいほどの“力”を呼び覚ましてゆく。
まずは、場裏青――水操作。
私は片手を空にかざし、空気中に漂う水分を一気に集める。普段なら周囲が濡れてしまわないよう気を遣うところだが、今日は“見せる”ことが目的。まだ領域を解放していないため、集められた水は私を中心とした円球の中にだけとどまり、周囲に迷惑をかけることはない。
瞬く間に形成された、水晶玉のような水の塊がいくつも揺れ動き、その青白い輝きが陽光を受けてまるで宝石のようにきらめく。そっと息を詰めると、学生たちの中から「うわぁ……」という小さな歓声が漏れた。何人かが互いを見合わせ、頬を染めて興奮ぎみに囁き合っているのが目に映る。
続けて、場裏赤――熱操作を重ねる。
今度は、集めた水の一部を急速に沸騰させる。水面が泡立つ音がかすかに響き、湯気がふわりと上昇気流を生む。ここで私の中にいる精霊子の囁きが、優しく“ほどよい温度”を示唆してくれる。無暗に高温にすれば、周囲に熱風が吹き荒れかねない。それでも美しく、そして華やかに――。私はそのギリギリのラインを探り、湯気の発生量をコントロールする。
まるで無数の小さな鏡が宙を舞うように、湯気の粒子が光を反射してきらきらと踊る。教授の中には、目を見開いて息を呑む人もいるようだ。
さらに、場裏白――大気操作を使い、風の流れを生み出す。
湯気とまだ冷たい水が螺旋状に混ざり合い、白銀の小さな竜巻を形作っていく。私の足元では、場裏黄色――地質操作をわずかに使い、ステージのように隆起させて見晴らしを高くした。それによって私の周りの光景が一望でき、観ている人々にも見通しがよくなる。
教授たちが身を乗り出し、学生たちが半ば目を潤ませている気配を感じる。彼らの心が、私の魔術に触発されて高まっているのがわかるのだ。
「――いきます!」
低く響かせた私の声が合図となり、一気に場裏を解放する。すると、先ほどまで円球の中に閉じ込めていた水や湯気、そして風の渦が一斉に外の空間へと解き放たれた。まばゆい虹色のプリズムが連鎖的に広がり、まるで眩しい花火が天へと昇っていくように上空を染め上げる。
見学していた学生たちから熱い歓声が上がり、教員の中には思わず笑みをこぼす人も。最前列にいた誰かが、驚きと感嘆で小さく拍手をし始めたのがきっかけになり、次々と拍手の波が広がっていく。
湯気の渦が白銀の竜のようにうねり、吹き上がる水滴が宝石の粒みたいに空へと舞い散る。その奥には、陽の光が細やかに屈折し、白い霧のカーテンが虹色に彩られている。教授たちが目を細め、「まさかここまでとは……」などと信じられない様子で言葉を交わしているのが見えた。
渦を巻く湯気と水滴の合間で、私はまだ脳裏に響く精霊子の囁きを聞いていた。
――もっとできるよ、もっと楽しいことをしよう。
そんなふうに誘うような声に、私は思わずくすりと笑みをこぼす。きっと私が望むかぎり、この華やかで柔らかな演出はいくらでも広がっていく。ここにいる皆の感動や好奇心が、私の魔術をさらに彩ってくれるような気さえするのだ。
「以上が、私の“精霊魔術”の複合と、精霊子の力を借りたデモンストレーションです。いかがでしたか?」
やわらかな声で問いかけると、私を取り囲む歓声が一段と大きくなる。教授たちが感心した面持ちで頷き合い、学生たちは拍手と笑顔で答えてくれている。その熱気を全身で感じながら、私はほっと胸を撫で下ろした。
放たれた水蒸気の束が空の高みへ溶けていくとともに、脳裏の精霊子たちの囁きもどこか満足げに小さくなる。光の残滓が、空に描かれた虹の痕のように淡く漂って消えていくさまは、まるで儚い夢の名残のようだった。
私は小さく息をつき、改めて空を見上げる。さきほどまで白い竜巻が駆けのぼっていた大空は、いつもの澄んだ青に戻っていた。けれど、人々の胸にはきっと、魔術が描いた神秘的な光景が深く刻まれているはずだ。