「私は帝都のフェラル地区で不動産業を営んでおります、ヘンドリウス・ウーノ―と申します。エミリウス殿のご活躍は兼ねてから聞き及んでおりました。帝都の各地域に物件を取り揃えておりますので、居住の際は是非私めに相談を」
唖然とするおれの隣に、いつの間にか先ほどとは別の男が立っていた。見るからに裕福そうな出で立ちの男は、おれがフィリスの従者になるのを前提で握手を求めてきたが、まだまだ、勝負はここからが本番だ。
「顧客の新規開拓より、既存の融資が焦げ付かないか、気を配っておいたほうがいいんじゃないか?」
おれの言葉に、ヘンドリウスと名乗った男は首を傾げたが、なかなか勘のいい奴だ。すぐにハッとした顔で戦況を見遣った。
砂埃が完全に収まると、フィリスを覆っている障壁に、エーテルが見えない一般人ですら気づき始めた。フィリスの足元からせり上がるように伸びた土埃が、障壁伝いに刃とも蛇とも見える姿を象り、フィリスを囲っていたからだ。
カレンシアは地面に膝と手を付き、エーテルを送り込んでいた。フィリスが序盤に見せたあのすり抜ける魔術も万能ではないのだろう、確かに〝華炎〟で傷ついた様子は一切ないが、それに紛れて使用した土属性の魔術は、フィリスの障壁を破ろうとぴったり張り付いていた。
おそらくはこれが最初で最後のチャンスになる。残された魔力と支配下にあるエーテルが、フィリスのそれを上回っているかは分からない。だがおれたちに残された道はこれしかない。
「さあ、皆さん、一緒に見守ろうじゃあないか! サイコロの女神が誰に微笑むのか」
おれはカノキスの障壁にいるすべての権力者に向けて叫んだ。ここにいる多くの権力者はフィリスになんらかの形で投資をしていることだろう。フィリスが負ければ回収しそびれる可能性がある。ましてやここで命を落とせば帝国にとっても大打撃だ。だがいつの時代も、よく転がるサイコロの裏には、ジンテグリアの奴らが立っているもんだ。そうだろ? カノキス。今回お前はどっちに賭けたんだ?
おれは祈るような気持ちで戦況を見守った。カレンシアは土くれでフィリスを攻撃する合間を縫って〝水槍〟をぶつけ、弾けた水でフィリスの障壁を包み込んだ。固体を変質維持するよりも、さらに低出力で殺傷能力の高い圧熱という方法により、数時間前の路地裏での戦いの続きを再現した形だ。
魔術師は使用する魔術の効果を高めるためにも、自らの魔術を信じなければならない。カレンシアが継続的に障壁を攻撃し続ける限り、フィリスは障壁を維持補強し続けるだろう。これはもはや魔術師同士の意地の張り合いみたいなもんだ。こうなったら最後、泥仕合は必至となる。
素人目ではカレンシアが一方的に攻撃を続けている分有利に見えるだろう。だが完全に成った障壁を破るほどの魔術を連発するのは技術的にも魔力的にも至難の業だ。こうしている間もカレンシアの魔力は湯水のごとく使用されているに違いない。たとえ魔力が切れなくとも、周囲を漂うエーテルは無限にあるわけじゃない。もちろんフィリスも、障壁を維持補強するために魔力とエーテルを消費し続けることになるが……どちらが先にガス欠を起こすかはわからなかった。
おれはカノキスを見た。戦闘は膠着状態に入ったが、相変わらず丁寧に織り込まれた障壁でテラス席を守っていた。今のところ、奴が勝負に対して何らかのイカサマを仕掛ける様子は見受けられないし、柱廊の横で固まっている燈の馬の連中も動き出す感じはなさそうだった。
更に周囲を見回してみる。キルクルスのリーダーほどの魔術師であれば、消費されるエーテル量からどちらが先に音を上げるか、予想がついているかもしれないと期待したが、その姿はもう柱廊には見えなかった。まだキルクルスのメンバー自体は残っているため、帰ったわけではなさそうだが……どこへ行った?
おれが探るように視線を横へずらしたときだった。建屋と建屋の間に、比較的無事に済んだフォッサ旅団の仲間たちと共に、戦いの行方を固唾をのんで見守る顔があった。ニーナとダルムントだった。