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第52話 翠玉と黒曜 ④ 途中経過

 何が起こったのか、観客の誰もが理解できていなかった。もちろんおれも含めてだ。
 フィリスは僅かに乱れた髪を、手でかき上げるようにして整えると、もう一度剣を胸に構えなおしていた。カレンシアの放った暴風が、嘘や幻の類ではないことは、被害にあった観客席が辛うじて証明していたが、逆に言えばそれだけだった。当のフィリスはかすり傷一つ負っていない。それこそ、まるで幽霊のように暴風の中をすり抜けたのだ。
 いったいどんな方法を使った? その端緒すら、おれには掴めなかった。フィリスの隣に浮いている巨大な杖が怪しい気もするが、エーテル自体はそれほど乱れてはいない。何か大規模な魔術をフィリスが使った形跡は見受けられなかった。
「今の、何が起こったか、わかるか?」
 おれがまさに疑問に思っていたことを、同じ屋根の上から眺めていたスピレウスが尋ねてきた。
「はっきり言ってわからん。風の魔術に関してフィリスに一日の長があるのは認めるが、それだけの理由であんな芸当ができるとも思えないな」
「お前にも隠している、とっておきの魔術があるってことか?」
「そうかもしれない。女ってのはいつだって秘密を持ちたがるからな」
「一度や二度寝た程度の関係じゃあ、すべてを打ち明けてはくれないってことか」
 おれとフィリスの過去を探るようなスピレウスの発言に、おれは無言で鼻を鳴らした。
 スピレウスがさらに踏み込もうとするより先に、戦いに動きが見えた。フィリスが突然力強く踏み込んだのだ。

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