「死んだうさぎとタートルネック」、兎崎先輩とカメ野郎後輩について、少しだけ。
本作、もともとは「1時間で小説を書こう」という友人間のノリで書き始めたものだったのですが、どうしてか8000文字に迫る長さになってしまった化け物短編だったりします。1時間で私が書き上げられたのは冒頭300文字だけでした。
そんなこんなでプロットも無しに執筆した本作ですが、登場人物の2人はどちらも少し世の「普通」からはずれた性格、あるいは立場をもったキャラクターです。彼らの家庭環境や諸々の事情についてはあまり触れずに、書き散らし。少しだけネタバレ注意。
本作の最後の一文、あの文章は本来書かないほうが良いかな、むしろ書くべきではないかな、と葛藤しつつ執筆していました。兎崎先輩がどうしてウサギを殺したのか、どうして自分を殺そうとして、どうしてそれを簡単にやめてしまったのか。その理由を完璧に文章にすることは私にはできません。けれどプロットもない作品ですから、私自身が忘れる前に、彼らの性格だけでも簡単に。
兎崎先輩もカメ野郎も、見えづらいだけで、どこかしらが致命的に歪んでしまっているキャラクターです。
兎崎先輩は結構価値観が壊れていて、自分の命や人生に無頓着なところがある。それこそ気まぐれで「やっぱり生きたいな」と考えを変えてしまう、その程度の気持でのほほんと死んでいく危うさがある人。もちろん心変わりをすることが必ずしも「その程度の気持だったから」とは限らないものの、兎崎先輩の場合はそう。「死んだうさぎとタートルネック」の物語が終わった後もその価値観は変わっていないので、実は何も「解決」なんてしていないのです。
そして彼女、人からのお願いにすこぶる弱い。ほぼほぼ「断る」の選択肢を認識できていない人なので、ペットのウサギを殺せと言われたら割と簡単に実行してしまう。ウサギのことは本当に可愛がっていたから悲しむけど、それはそれとして「お願い」に逆らうという発想ができない。そういう人。
カメ野郎はそんな先輩を「やばいなー」って思っているけど、どうにもできないし、しない。
彼は優しい両親といくつか下の妹のいる、ごく一般的な家庭で育ったから、価値観は割と普通。けれど彼は今とある事情で親元を離れて、高校生なのに一人暮らしをしている。そしてタートルネックを決して脱がない。自殺や虐待の小説を読もうとするとパニックになってしまう。彼は自分が何をしたところで他人の考えを変えることなんてできないと諦めてしまっている。
だからカメ野郎は中途半端に「普通の価値観」っぽいことをするけれど、それは条件反射というか、彼が中学時代まで信じていた価値観の名残に引きずられているだけなので、確固とした意志が伴っていない。
具体的な出来事などを省きながら書いたので、かなーり分かりづらい文章になってしまいましたが、自分のメモ代わりに書いてみました。