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イーすぽーつ ep1 【出張先から新作ねりねり】

 今日も一日お疲れ様でした。

「ぷふぁ……!」

 小気味よい音を立てて缶チューハイを開ける。
 鼻孔をくすぐるレモンの香り。
 舌先と喉を通過する炭酸が気持ちい。
 思わずおっさんの喘ぎ声を出してしまう。

『ニックさん親父くさいw』

『魂の音』

『うはあああああっ、うっっまそおおおおおおおおおっっ!!』

 うん、ボイスチャット繋いだままだった。
 恥ずかしい。
 
「お耳汚し失礼」

 と適当に返事をしておくと軽く笑いが起こる。
 忙しい仕事で疲れた精神には、ネトゲの緩い人間関係が嬉しい。

「ニック……はやく、シヨ?」

「ああ、ショウさんおまたせ」

 今日はいつもより仕事が長引いたので、相方のショウさんを待たせてしまった。
 他のクラメンとやってもらっても良かったのに。

「無理。 ニックじゃないとダメ」

「はいはい」

 かつてはネトゲと言えばMMOかFPSだったが、仕事の忙しいおっさんにはMMOなんて無理だし、視力の低下した今はFPSは厳しい。
 MMO黄金期の記憶が蘇る。 
 時間のある学生の頃はよかったな~。 

「ふ~、今日は枝豆」
 
 今はMOBAと呼ばれるマルチプレイオンラインバトルアリーナ、チーム対チームで敵の本拠地を破壊するゲームをプレイしている。 一戦ごとに完結しチーム戦略性が重視される世界中で注目のジャンルとなっている。

「むー」

 いわゆるP2W(ペイトゥウィン)ではない点が個人的には一番気に入っているかな。
 札束ゲーはクソ。
 時間もまぁ長いタイトルもあるけど、俺が今やっているのは20分程度なので社会人には優しいと思います。

「なに使います?」

 この手のタイトルはソロで野良も良いが、やはりクランに入りチームを組むのが楽しい。
 『ショウ』さんは同じクラン【花鳥風月】のメンバーであり、相方でもある。
 5人チーム戦なので残り3人は手の空いているメンバーか野良になるだろう。

「今日は……ロアの日」

「了解です」

 どういう訳か凄く気に入られており、いつも一緒にプレイしている。
 声の感じからして若い……女の子かな?
 中性的な声で|大人しい《・・・・》印象を受ける。

「じゃ、アイシスでいこうかな?」

 『ロア』は獣人の近接キャリーだ。

 戦闘開始前にBANピックがあるので狙ったキャラを使える訳ではないのだが、まあどちらも不人気キャラなので問題ないだろう。
 Tier表で言えば、ほぼ毎回下層に位置している。
 これが野良パーティであれば酷評ものだ。
 ピックした瞬間に味方からヤジが出るレベルで。

「わーい」

 『アイシス』もサポート特化のキャラであり、……うん、最弱と言ってもいいだろう。
 ぶっちゃけ公式の使用率と勝率がワーストなのだよ。
 ふふ、ショウさんのお気に入りサポートキャラであるので、俺はよく使うのだが。

 強キャラで勝っても楽しくないしね~。
 豪鬼とか戸愚呂弟とか……。

「あ、相手フルパぽいね」

「ん……」

 こちらはデュオとトリオなのでちょっと連携が心配かな。
 まぁ、なんとかなるか~?

『クソ狼とクソ盾とか……』

『味方ガチャオワタwww』

「ふ」

 いつもの味方煽りチャットに思わず吹いてしまった。 
 連携は期待できそうにないキッズか。
 まぁ大人でもMOBAの民度なんて低いのだけど。

「気にしない」

「そうですね」

 言いたい奴には言わせておけばいい。

「手のひらクルーさせてやりますよ。ショウさんが」

「ん、任せて」



◇◆◇


 
 試合序盤。
 
「あ? クソ盾なんでこっちきてんの?」

「ん~、視界確保だろうけど……」

 デュオレーンを担当するサポートが視界確保に動くことはよくあるが、それはパートナーであるキャリーを放置する行為だ。
 通常であれば視界確保をしてもどるかそれ用のアイテムなどを設置していくかなのだが。
 今は敵ジャングル付近でなにかやろうとしている。
 
「……乗ってやるかぁ」
 
 MOBAというゲームジャンルはレベル1から試合がスタートする。
 最終的に本拠地を潰した方が勝ちだ。
 その間に誰が何度死のうとも意味はない。
 死ねばレベルの上りは遅くなるし、なにより敵の成長を許してしまうので死なない方が良いけれど。

「くく、よっぽど自信があるらしい」

 三本の道とその間にあるジャングル。
 そこで魔物を倒しレベルを上げていく。
 様々なギミックは時間で解放されていくが、重要なのはPVPだ。
 道でのレーン戦とジャングルでの戦いによるPVPの勝敗が序盤の有利を作る。

「タイミングえぐいな!」

 今動き出したサポートはデュオレーンに相方を放置している状態である。

 しかもレーン戦が強いキャラというわけではない。
 むしろ、雑魚。
 近接キャリーなどゴミ中のゴミ。
 サポートの手厚い保護がなければろくにラストヒットが取れず、育たないだろう。

 だが今、そのサポートはジャングルでの混戦を望んでいる。

 二人はデュオパーティだ。
 よほど自身の|相方《パートナー》に自信があるのだろう。

「え?」

 味方のサポート『アイシス』が放ったスキルが、敵のジャングラーにダメージを与えスタンを付与する。
 『アイシス』の基本スキルは微妙なモノが多い。
 使いこなせればそこそこの性能だが、とにかく癖が強い。
 そのうちの一つが遠距離の範囲スタンだ。
 文字だけを見ると基本スキルで?となるくらい強力そうなのだが、範囲は狭く距離が遠くなるほどにチャージが必要になる。
 さらに厄介なのは即時に発動ではなく、チャージ時間に応じた発動までのタイムラグつきという厄介さ。 これが固定の時間であったならまだ使い勝手は普通だったのだが。
 
 そして今そのスキルは敵が見えたと思った瞬間にヒットした。

 それはつまり視界に移っていない敵に対して、あらかじめ範囲を決めチャージしタイムラグつきの攻撃を放っていたということになる。

「マグレだろ……」

 警戒したジャングラーは停滞を選択した。
 マップの中央を移動するルートから別のルートへの選択を選ぶ。
 ひょっとしたら敵本陣へと帰り装備を整えにいっているかもしれない。

「つ」

 味方サポートからピンが打ち鳴らされる。
 それはまるで『なんで合わせないの?』と避難されているようで、しかし実際は次の行動先を示す物だ。
 敵の視界取りのアイテムは破壊されている。
 ジャングラーはサポートを追うように移動していく。

 誰からの邪魔を受けることなく簡単に敵の背後を取る。
 そして発動する基本スキル。
 それはジャングラーの接敵と共にきっと敵二人にヒットするだろう。

「マジかよ!」

 味方の近接キャリーを詰めようとしていた敵のデュオレーンは気づいていない。

 それまでの攻防を知らないが、ジャングラーは理解する。
 これはサポートの演出であると。
 お前も手伝えと。

「はっ! しゃあねぇえな!!」

「おー」「やるね」

 すでに結果は見えている。

 序盤の育成が難しいクセに序盤が強い近接キャリー『ロア』。
 『ロア』を活かすための最善のゲームメイク。

『ニック……ナイス』

 戦場を蹂躙する獣を止められる者はいない。



◇◆◇



「え、オフ会ですか?」

「そうそう。 今度東京でイベントあるでしょ~? その後、ニックさんもどうですか~?」

「あー。 いいですよ~」

「じゃあ会費は一万円で~」

 一万円か。
 いいですよと言ってしまったので断りづらい。
 さすがクラマスやりよる。

「りょ、了解です」

「いいじゃないですか~、可愛い女の子と飲めて一万円ですよ~? 飲み放題だけど未成年とノンアルの人は2千円で~」

 なるほどね。
 ならしょうがないかな?
 クラン【花鳥風月】は珍しいことに女の子も多いんだよね。
 友達グループっぽいけど。
 なんにせよ若い女の子とかいるとおじさんたちテンション上がるからね。
 独身なら1万くらいどうってことないですはい。 

「良かった……。 ニックさん来なかったらショウに怒られちゃうから~」

「はは……」


 ショウさん。
 初めて会うけどどんな人なのだろうか?
 普段はリアルの話しを全然しないのでわからない。
 基本はゲームの話しばかりで、やっぱりたまにの違う話題もおもしろいゲーム配信者のとかだったりする。
 学生さんなのかプレイ時間帯は夕飯後から深夜前までと、おじさん社会人の俺と一緒。

「不安だな~」

 今までは本当にただ楽しくゲームをしていたけど、実際に会っておじさんとしていると意識してしまわないだろうか?
 願わくばショウさんとの楽しい息抜きを続けられたら、忙しい仕事にも耐えられるのだけど。

「会いたいような、会いたくないような……」

 俺は今の緩い関係を、崩したくはないなと、願うのだった。


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