• 異世界ファンタジー
  • 詩・童話・その他

【魔導士物語】第十話「孤児院」を掲載しました

https://kakuyomu.jp/works/16817330649026392153/episodes/822139843465558172

そんなわけで、第十話「孤児院」です。

今回は王国の宗教事情の解説です(ユニの時代とは、だいぶ状況が変化しています)。
東大陸で広く信じられている多神教では、万物に神が宿るという考え方です。
人間は常に神から見られているから、彼らの怒りを買わないよう、正しく慎ましく生きなければなりません。

神は人間を助ける場合もあれば、自然災害を起こして罰を与える場合もあります。
ですから神に祈る時は、自分たちが清く正しく生きることを誓約し、神の怒りが鎮まるようにと願います。
決して自分の欲望を叶えることを願ってはいけません。神は畏れ敬うもので、無責任に依存する対象ではないのです。

この教えを曲解して、あくまで構造だけを取り入れたのが神聖統一教で、成立したのは三百年ほど前のことです。
恐らく、創始者は南カシルを訪れた東大陸の人間から聞きかじったのでしょう。
神聖統一教では、ひとつの神舎に多くの神様を習合し、それぞれの分野の神様に願えば御利益があると説いたのです。
もちろん、そのためには祈るだけではなく、お守りやお札を購入しなくてはなりません。
しかも、これらは有効期限があり、新年を迎えるたびに買い換えないといけません(儲かります)。

祈る方は必ずしも神を信じているわけではありませんが、仰々しいお札を貼っておくと、何となく安心感があります。
お守りを肌身離さず身に着けていると、心が安らいで緊張が解けます。
ですから、ちゃんとした利益を体感できるわけです。

神聖統一教には聖典がなく、信者に求める制限もわずかしかありません。東大陸のように、自らを正しく律する必要もありません。
唯一、神様は穢れを嫌うので、赤不浄(生理)、白不浄(出産)、黒不浄(疫病と死)に関わっている者は、神舎に入ることができません。

『幻獣召喚士』の時代(十二、三年前)には、神聖統一教は国民の七割が信じており、政治にも食い込み、絶大な権力を持っていました。
それを脅かしたのが、王国以外の主に大陸北部で広く信じられている一神教の一派、救済教です。

彼らは善行の実践を重視し、孤児院や学校を建てて、ボランティアによる奉仕に明け暮れました。
その真摯な姿は、都市貧困層や田舎の農民層に強い影響を与えました。
特に辺境での信者が多かったのですが、辺境が拡大し、徐々に経済規模が拡大するのと歩調を合わせ、勢力を増していきました。

その結果、現在では国民の三割強の信者を獲得し、逆に神聖統一教信者は六割を切ってしまいました。
神聖統一教もこれを座視していたわけではなく、彼らを真似て孤児院や学校の経営に乗り出しましたが、時すでに遅しという感じでした。

ちなみに、南カシルの孤児院の管理も、以前は神聖統一教に任されていましたが、予算の中抜きがあって、子どもたちの待遇は決してよいものではありませんでした。
ユニの活躍もあって、それが救済教に変更され、孤児院の運営はかなり改善されています。

そんなわけで、いよいよシルヴィアとエイナの時間軸が融合しました。
虎丸と小夜の姉弟は、なぜ脱走を図ったのでしょうか?
それは次回に明かされるはず。どうかお楽しみに!

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する