「いやはや、急に涼しくなったな」
「どこかで季節のスイッチ間違って切り替わったんじゃないっスか」
俺達は突然涼しくなった気候にそんな冗談を言い合っていた。まさかこの会話が後の悲劇を生む事になるだなんて、その時は気付きもせずに――。
それは連日残暑が続く8月中旬のある日、当然のように酷暑の続く地獄のような日が続いていた。俺達もまた大量の汗を流しながら何とか仕事をこなす日々。室内組は空調のきいた部屋で快適に仕事をしているが、贅沢は言えない。その仕事を望まなかったのは自分の決断だからだ。
俺は後輩と一緒に仕事をしている。しっかり役割分担をしているのでそれなりに上手くやっていた。後輩もまたこの残暑にすっかり参っていて、口を開ければ一言目には暑い暑いと嘆いている。ああ、早く涼しくなってくれないものだろうか。
そうして8月が下旬に入ってすぐの事、あれほどまでに暑かった熱気がその日から急に大人しくなった。そのあまりの変わりように、その日の会話はその事が中心になってしまう。とは言え、俺達にしてみれば他愛もない会話のバリエーションのひとつでしかなかった訳だけど。
「ほう、間違いか。確かに間違っておったわい」
俺達の会話を聞いていたらしき爺さんがすれ違いざまにそうこぼす。この時、俺は爺さん何言ってんだ? くらいにしか思わなかった。その爺さんがその後にすうっと消えてしまった事にも気付かないほど関心がなかったのだ。
「先輩、あれ!」
「うん?」
「さっきの爺さんが消えました。あれって……」
「何言ってんだよ。見失っただけだろ。それよりも……」
俺は後輩の話を右から左に流しながら仕事の話で誤魔化した。怪談じみた話は苦手だったんだ。後輩もまたすぐの爺さんの事は忘れて俺の話に付き合ってくれた。だから爺さんの事はすっかり忘れてしまった。
「暑い~。何だこりゃあ~」
次の日は朝から暑かった。酷暑の日々が戻ってきたのだ。俺はまた汗を拭きながら仕事を開始する。同行する後輩も出会った時点ですでにバテていた。
「何で急に暑くなったんでしょうね~」
「知らないよ、さあ仕事だ」
「ふえ~い……」
急に暑くなった原因が俺達の会話だと言う事を俺達は知らない。折角爺さんが早めに涼しくしてくれていたのに……。
もしあの時、涼しくなった事をもっと有難がっていればどうなっただろう。爺さんはニッコリ笑って秋の風を吹かしてくれただろうか。