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リレー小説始めます!③【設定ありバージョン】

リレー小説、設定ありバージョンです。
よろしくお願いいたします。



■世界の設定および人物について

①森の名前:ムーンフォレスト
世界の中心の大事な森。

②主人公:クレタ
気が付いたらムーンフォレストに居た少年。なんで自分がここに居るか分からない。

③クレタのそばに在るもの:観測機
クレタの手のひらくらいの、言葉を話す何か。森の素材とは違うもので身体ができているみたい。クレタを観察するということ以外は何も覚えてない。形をさまざまに変えてクレタをサポートでき、普段は頭か肩に乗っている。頑張れば飛べる。

④登場人物:青の国のハレー
ムーンフォレストの側にある、一つの国の調査隊の一人。大きな音の調査にきた。

⑤始まりの設定:ムーンフォレストでそれはそれは大きな音がした。
世界の中心の大事な森。みんなはその原因を突き止めるために調査に向かう。
魔物? 爆発? カミサマ? 国によって考えることは違うみたい。


■追加事項
①登場人物
・クレタ(濃紺の髪)…「月の紋章」を持つ。「守られるべき立場」「王の血筋を引く」
・ルーナ(一時的な名前)…静かな自我を持つ観測機。節足動物のように節のある小さな体。生物のように温かみを感じない。甲殻類より硬そう
・ハレー(銀髪、青い目、青い服)…「クレタ様」と呼び、クレタを守る
・ジェーナ(月光のような髪、夜のあおを集めたような瞳)…白いドレスを着た、クレタと同じような年齢の少女
・不敵な笑みを浮かべた黒髪の男(黒い目)…「月の紋章」を狙う
 →グリフ・ダークエル
・クレタの母はルーナ?

*イタリア語で「月」は「ルーナ」、そして「満月」は「ルーナ・ジェーナ」


②謎
・ルーナが言おうとした「大事なこと」とは?
・クレタが忘れていることとは?
・蝶が行った先で不敵な笑みを浮かべてクレタに視線を向けていた人物=「月の紋章」を狙う黒髪の男→狙いは何か?
・大きな音とは何か?
・ムーンフォレストに起こったこととは何か?
・水の入った革袋を置いた人物は誰か?
・ルーナとクレタで単独で調べに来た。なぜ?


③つくもせんぺいさんによるまとめ(ありがとうございます!)

ルーナについて
・UDさんが面白いキャラクター付けをして始めた
・あまくにさんが漢字を含めたので、変化も面白い
・光線でルーナがダメージ
・観測機+母親の未回収の謎+王族と紋章=ルーナは見守って(観測して)いる??
・次回から「なんのことデスカ?」と戻るのも、そのままでも、どちらもあり

謎について

・謎としている部分の回収するもの・しないものをなんとなく持っておくと良いのかな?


■書き手のみなさん(ありがとうございます!)

①UDさん(「ムーンフォレスト」の命名者だから)
https://kakuyomu.jp/users/UdAsato
②つくもせんぺいさん(詳細設定ありがとうございます!!)
https://kakuyomu.jp/users/tukumo-senpei
③十六夜水明さんhttps://kakuyomu.jp/users/chinoki
④結音さんhttps://kakuyomu.jp/users/midsummer-violet
⑤あまくにみかさんhttps://kakuyomu.jp/users/amamika
⑥綴さんhttps://kakuyomu.jp/users/HOO-MII
⑦KKモントレイユさんhttps://kakuyomu.jp/users/kkworld1983
⑧チャーハンさんhttps://kakuyomu.jp/users/tya-hantabero
⑨西しまこhttps://kakuyomu.jp/users/nishi-shima
★ヘルプ要員:月森乙さんhttps://kakuyomu.jp/users/Tsukimorioto


■進め方及びルール

①お話は、このコメント欄に書いていく。
②「第〇話」と一行目に書き、一行空けて、本文を書いてください。
③文字数は200字程度? と以前書きましたが、適当で大丈夫です。
④上記順番で書き込んていきます。
⑤2~3日の締め切りで書いてください。
⑥書けない場合は、わたしの近況ノート(出来れば新しいもの)に「ヘルプ!」とお書きください。月森さんに「書いて~」と言いに行きます!!
⑦この近況ノートは、わたしの近況ノート最新版に常に貼り付けることにします。
⑧小説内容以外は書かないでください。また、書き手の方以外は書かないでください。
⑨違う内容が書かれていた場合、わたしが削除いたします(ごめんね!)。
⑩「次はあなたよ~」というお知らせは、わたしがその方の近況ノートに書きに行きます。


以上です!
ではまず、UDさんに「お願いしまーす!」と言いに行ってきます!!



■物語のタイトル

「ムーンフォレストの少年」(仮)

27件のコメント

  • 第一話

     ここは?
     ふと気がつくとそこは森の中だった。
     
    「えーっと……」
    「ドウさレマしタ、クレタさマ」

    「おわっ! え? なに? 誰?!」
    「マタデすカ、クレタさマ。イイカゲンナレテグタさイ。アナタはモリのオオキナ音のチョウサにキテイルノデショウ?」
    「ごめん、ちょっと何を言ってるのか、って何だお前! なんで頭の上で話してんだよ!」
    「ワタシハ、クレタさまを、カンさツしています」
    「なんかだんだん聞き取りやすくなってきたけど。え? 観察? なんで? てか、クレタサマ? 誰? クレタサマ」

    「ごじしんのオナマエをオワすレデすカ。ナルホド、そうなったのですね」
     頭の上の何かは理由のわからないことを喋り続けている。

     そいつの話だとどうやらオレの名前はクレタって言うらしく、この森、ムーンフォレストで起こった大きな音の調査のためにここにやってきたらしい。

     って、いやぜんぜん覚えてないんですけど!
     てかこいつ、頭の上のこいつ、誰なの?!
  • 第二話

    「なぁ、調査って言われても何も思い出せないんだけど、そもそもここどうやって出るんだ?」

     森の中なのは分かるのだけれど、オレがいま立っている場所は、なんというか……穴? 窪みの底だ。
     見上げると一面の木々の高さに、思わずため息。

     調査中にここに落ちた?
     いまこうしている間に音は一度も鳴らない。
     音は一回だけだったのか? 頭の上で見えないやつの出まかせなんじゃないのか?

    「ワタシが居ルじゃナイですか」

     呆れたように、頭の上のやつは答えた。
     音がしたと思ったら、なんだかキィキィ音がして、頭にあった感触が背中に移動したのが伝わってくる。

    「クレタさま、ジャンプして。ジャンプ、おぼえてマスカ?」
    「え、なんで? 分かるけど、なんで?」
    「イイカラ、はやく」
    「……こうか?」

     膝をグッと曲げて跳ぶと、次いで背中からゴウッと音がしてスゴイ勢いで飛距離が伸び、オレの身体が窪みの外へと飛び出した。
     驚きで着地ができず、尻もちをつく。

    「いまのはなんだ?!」
    「ワタシガイツモ、こうやってタスケながらチョウサしていました。おぼえてイナイのなら、イマカラダイジなことをつたえマス」

     背中にくっついていたやつが、目の前に現れる。
     どう見ても森の木々や、オレとも違う、なんだか変わった色と形。

    「ガンバッタから、チョットねます。クレタさま、あんまりユらさないでくださいネ」

     それだけ言って頭の上にまた乗り、静かになる。
     ……音の調査って、こいつのせいのでは?
     そう思いながら目の前に広がる森を見渡し、方向も分からないがとりあえず進むことにした。

     それにしても、頭のこいつ。あの見た目、何だったかな? 何もわからないまま、ぼんやりとそんなことを考える。
     まだ森は、踏みしめる葉音以外何も聞こえてこなかった。



  • 第三話
     それにしても、ここは本当にただの森だろうか。
     この森全体が、一つの生物のように呼吸しているんじゃないか?
     森に対して、そんな疑念を持ちながら足を進めていくと草原が広がる開けた場所に出た。
     穴から出てから、もう随分経っているのに頭の上のやつから起きる気配が感じられない。取り敢えず歩き疲れたから休むか。そう思って、入り口にある古そうな巨木に体を預ける。

    「ふぅ」
     何かしなければならないとすると、この森の調査なのだが……。〖音〗ってなんだよ。今まで歩いてきたが、そもそも異常なくらいに音がしない。
     音、音、音……。
     …………。やっぱり何も聞こえない。
     森といったらやっぱり、川の音や生き物の鳴き声が聞こえてくるはずだ。

    「…こいつ、噓言ってたりしないよな?」
     吐く息と共に呟き、頭の上で未だに静かな自我を持つ観測機にそっと触る。節足動物みたいに節のある小さな体。だからといって、生物のように温かみも感じないし、甲殻類の硬い殻よりも硬そうだ。

     ……石のモンスター?いや、そんなわけないか。ここでそんなのが居たら大変だよな。それにモンスターは、人と言葉を交わせない。あれは、石とは別のよくわからない物質のようだったし。

     まぁ、それは後で考えるとして……
    「喉、乾いたなぁ。なんか水分。何でもいいから水分」
     それは、切実な願いだった。

     川は見当たらないし、果物か何かあるといいんだけどな。
     水分を探すため、巨木から体を少し起こして辺りに目をやるが、やはりなさそうだ。

    「困ったなぁ」
     疲れてるから、あんまり動きたくないんだよなぁ。
     腹が減っては戦はできぬというけど、疲れてたらもっと何も出来ない。

     ……休むか。
     そう結論付け、瞼を閉じる。今思えば、ここは寝るのにうってつけだ。音は全く聞こえないし、邪魔してくるものもない。まぁ、あったとしても頭の上のやつだけか。

    「……。……。」
     どうでもいいと思ったのか、すぐに寝ることができた。
     
    ▲▽▲▽▲▽

     丁度そこは、木で日陰になっていた。
     古い巨木は、柔らかな木漏れ日をクレタの艶やかな濃紺の髪に落としている。

     彼の首には、金の月の輝きを持つ石が紐によってネックレスのように掛けられていた。
  • 第4話

    「クレタ……」

     まどろみの中で声がする。
     女の人のやさしい声。

    「……を……ないで」
    「……げて」
    「生きて……から……」

     声は、途切れ途切れにしか届かないけど。
     靄のむこうから、クレタと同じ濃紺の髪の女性が語り掛ける。
     甘い香りが、クレタを包む。

    「ははうえ?」

     ふと、クレタの口からこぼれた単語を消すかのように、

    どおおん!

     森に大きな音が響いた。

    「クレタさま。起キテください」
     頭上から降る機械音。

    「【音】がシマした。調査に向カイますヨ」

     機械に促されるまま、クレタは瞼を開ける。
     立ち上がろうとして、地面に手をつくと、革で出来た水袋に触れた。
     誰かが置いてくれたのだろうか。このやかましい機械が用意してくれたのだろうか。
     考えるより先に、クレタは栓を抜き、口を付ける。
     乾いた身体に、さらさらと 水が流れこむ。

     クレタの首元で月の石が、ぽおうっと 淡い光をその身の中にしまい込んだ。
     クレタの背後から、はたはたと 1羽の蝶が飛んでいく。
     甘い香りを引きずりながら。
     蝶が隠れた木陰では、不敵な笑みを浮かべて、クレタの背中に視線を向ける者がいた。

  • 第5話

     オレたちはとりあえず【音】がした方へ向かうことにした。

    「あのさ、お前って名前あんの?」

     相変わらず頭の上を定位置にしている機械に尋ねた。オレは覚えていないけれど、こいつが言うにはずっと一緒に何かの調査をしていたみたいだし、きっと名前で呼び合っていたのではないかって、思ったんだ。

    「ハア。オわすレだなんて、ヒドいでス」
    「ごめんって」
    「デは一時的ニ、ワタシのことは、ルーナとお呼ビくださイ」
    「一時的にって、どゆこと?」
    「本当の名前ハ、クレタさまが思い出しタラわかることでス!」
    「……ひょっとして、怒ってる?」

     オレは尋ねたけど、頭の上からの返事はなかった。どうやら、めちゃくちゃ怒っているみたい。

     オレは仕方なしに黙って歩いた。本当は、ルーナがさっき言いかけた『ダイジなこと』を聞きたかったけれど、それは後にした方が良さそうな気がした。

     だって、火に油を注いだら爆発するだろ? 機械に油は——別におかしくないかも……。

     なんてことを考えながら、再び喉が渇きを訴えてきたので水袋を取り出した。

    「そういや、これルーナがくれたの?」
    「イイエ。ワタシではアリません。ダッテ、ワタシねてましタ」
    「ええ? じゃ、これ誰の?」

     改めて水袋を見ると、楕円形の真ん中より少し下のあたり、そこに刻印がされているのに気がついた。さっきは、喉が渇きすぎていたから見逃していたようだ。

     水袋の刻印は、樹だった。

     まんまるの円の中で、大きく手を広げた樹。
     それはまるで——。

    「ムーンフォレスト」

     声がしてオレは振り返った。
     すぐ目の前を鮮やかな蝶がヒラヒラと舞う。
     星屑みたいな鱗粉が落ちる。
     その向こう側に、誰がいるようだ。

     甘い香りがした。
  • 第6話


    ヒラヒラと舞う蝶が、突然パッと視界から消えた。

    ガサゴソ・・ガサゴソ・・。
    やっぱり誰かいるようだ。

    「おい、ルーナ。誰かいるぞ、どうすればいい?」
    「それはクレタさまが決めることデス。ワタシはクレタさまを助けるだけデスカラ」
    「えー?オレは記憶もないんだよ。一体何を調査すればいいんだよ、まったく・・。ルーナは何で一緒にいるんだよ」
    「またお忘れデスか?ワタシハ、クレタさまを、カンさツしています」 
       
    そう言って、ルーナはまた定位置であろうオレの頭の上にピョンと飛び乗った。

    ガサゴソ・・ガサゴソ・・。
    その音は少しずつ近づいてくる。
    オレは姿勢を低くして身構えていた。
    ルーナはオレの髪の毛を掴み、落ちないように頭にしがみついている。

    すると、ひとりの男が目の前に現れた。
    「ご無事でしたか、クレタ様!」

    その瞳は青く、髪の毛は銀色で青い服を身につけた男。

    「お前は誰だ?なぜオレの名前を知っている?」


    するとその男は驚いた表情を見せた。
    「クレタ様、もしかして記憶をなくされましたか?」

    ・・確かにオレの記憶は全くない。
    この男が何者なのか、敵なのか味方なのかもわからない。だが、オレの事を『クレタ様』と呼んでいる。
    敵ではなさそうだ。

    「わたくしは青の国の調査隊のハレーです!クレタ様と同じように音の調査をしています」

    青の国のハレー・・・・
    ダメだ、全く思い出せない。

    と、その時再び大きな音が鳴り響いた。

    どおおん!

    その時、クレタの首にかかっていた金の月の輝きを持つ石がぴかーん!と光った。
  • 第7話

    「な、なんだ?」
     クレタは自分の首元で光を放った石に驚いた。

     ハレーもクレタの首に掛けられた石を見て驚いた。
    「それは『月の紋章』ではありませんか……そんなものをどこで……それは月光石。月の光を集めて作った石を磨き上げたものです」

    「宝石なの?」
     不思議そうに聞くクレタ。

     ハレーは首を振り、
    「宝石? そういう種類のものではありません。それは『人に力を与えるもの』『邪を祓うもの』『人の心を惑わすもの』ときに『国を治める力さえ持つもの』かつてある民だけが、その石を作り美しく磨き上げる技術を持っていた言われています」

    「月の紋章……」もう一度、石を見つめるクレタ。

    「と、とにかく、そんなもの、あまり人目につかないように……」
    ハレーは小さく身震いして我に返るように言う。

    「う、うん」
     クレタは石を服の中にしまった。心なしか胸元の石が温かくなっているように感じた……が、すぐに温度を感じなくなった。

     しかし……誰もかれも自分のことを『クレタ様』と呼ぶ……
     ルーナはどうやらこの男を警戒していないようだ。
  • 第8話 月森乙

     その時だった。

     ピュン、ピュ、ピュン。

     枝が激しくゆれ、木の葉が飛び散った。
     レーザー光線だ。

    「な、なんだ⁉」
    「あなたの『月の紋章』を狙っているんですよ! ルーナ!」

     ハレーが叫ぶと同時に、ルーナが宙に浮いた。両脇から取っ手のようなものが飛び出す。

    「捕まってください!」

     その取っ手の片方をハレーが、もう片方をオレがつかんだ。
     相手の攻撃を避けるように、ルーナは蛇行しながら森の中を進んでいく。ハレーもそれに迎撃する。オレも手探りで銃を探すが、持っていないようだった。

     それで気づいた。

     ハレーがオレに「様」をつけて呼ぶこと、オレがどうやら貴重らしい「月の紋章」を持っていること。

     もしかしたらオレは、「守られるべき立場」にいる人間なのかもしれない。

     ぎゅん!

     レーザー光線の一つがルーナに当たった。

    ―キイイイイイイッツ

    「ルーナ!」

     オレたちは塊になって落ちた。そして落ちたところは……深い穴の中だった。なのに、なぜかほのかに明るい。

    「クレタ様、お怪我は!」
     ハレーが駆け寄ってくる。
    「オレは平気だ。でも、ルーナが!」

     と、気配を感じた。

    「あなたたちも、大きな音の秘密を探りに来たの?」

     そこに立っていたのは、オレと同じくらいの歳の白いドレスに身を包んだ長い髪の少女だった。

    「……そうだけど」

     オレが言うと、彼女は笑った。

    「じゃあ教えてあげるわ。……来て」

     そして、一人先に立って歩き出した。暗くてよく見えないが、この穴の中にはどこかへつながる道があるようだった。

    @Tsukimorioto
  •  少女について、オレとハレーは道を進んで行く。
    「ねえ、君の名前、何ていうの? オレはクレタっていうんだ」
    「わたしは、ジェーナっていうのよ」
     ジェーナと名乗った少女は、愛らしく笑った。ジェーナは月光のような長い髪と、夜のあおを集めたような瞳をしていた。
     ジェーナはドレスをひらひらさせながら、歩いて行く。暗いトンネルのようだった道は、ジェーナが進んで行くと、ぽわっと灯りがともった。この道は、むき出しの土ではなく、整備された通路だった。かつんと足音が響く。そして、ジェーナの髪からは、月の光がこぼれているように見えた。
     
     ふいに、明るい場所に出た。
     そこは、白く優しい光に包まれた、神聖な場所のようだった。
    「ここは?」
    「ムーンフォレストの地下神殿よ」
     ふと見ると、祭壇のようなところに、水が入った革袋の刻印を同じ模様があった。まんまるの円の中で、大きく手を広げた樹。
     ふいに触りたくなり、誘われるように、祭壇のその刻印に、オレは触れた。
     すると、眩しい光が放たれ、思わず目をつぶった。
     光はしばらく神殿内を満たし、それからふっと消えた。

    「やはり、あなたが、王の血筋を引いているものなのね」
     ジェーナが嬉しそうに言った。
    「『月の紋章』も、喜んでいるわ」
     ふと気付くと、オレの胸で「月の紋章」も、光を放っていた。
     その光は温かくやわらかく、ときどき強くなったり弱くなったりしながら、何かを訴えかけているように見えた。

    「ムーンフォレストは世界の源、命の源なのよ。そして、この森自体が生きているの。ずっとそうして、平和に暮らしてきたのよ。でも――」
     そのとき、また耳を引き裂くような大きな音がした。
    「危ないっ!」
     ハレーが言って、オレはハレーに抱えられて地面に伏せた。
     顔を上げると、不敵な笑みを浮かべた男が立っていた。

    「さあ、『月の紋章』をいただこうか」
  • 第十話 UD

    「貴様、なぜこのような事を! クレタ様に害をなす者はただではおかぬぞ!」
     黒髪の男の言葉にハレーが反応する。

    「ふん! 青の国が口を出す問題ではなかろう。それとも青の国も我らに仇なすつもりか!」
     黒髪の男はクレタに視線を向け直すと今度はクレタに向けて話し始める。

    「貴様もとっとと紋章を渡して楽になりたかったのだろう?」
     そう言うとクレタに向けて歩き始める。

     どういうことだ?
     この人は何を言ってるんだろう?

     月の紋章? 楽になりたかった?

     ジェーナの言う王の血筋って言うのもわからない。

     オレは、オレはいったいなんなんだ?

     黒髪の男が近づいてくる。
     動けずにいるオレの前に、パレーとジェーナが立ち黒髪の男と対峙する。

    「ほう。お前たち二人で俺を止められるとでも思っているのか? この地、ムーンフォレストの力を最も発揮できるこの場所で!」
     ニヤリと笑うと瞳が黒く光り始める。
  • 第十一話 つくもせんぺい


     何が起きてる?
     男が現れてから、混乱と嫌な予感が消えない。

     男はジリジリと近づいてくる。妖しく光る瞳に応えるように、ざわざわと神殿に伸びる木の根が来た道を塞いでいく。

    「チィッ! 退路が! クレタ様、わたくしの後ろから離れないでください!」
    「なんで木が勝手に!?」
    「アイツ、たぶん黒の国の民。あの目で催眠を使ってる。ムーンフォレストはあなたに危害を加えたりしない。でも生きてるから、操れる」

     淡々とした口調。でも頬に汗を浮かべながら、ジェーナはオレの疑問に答える。

    「調査隊サマは理解が早くて助かる。ならこれの威力も分かるだろ? 大事な坊っちゃんを傷ものにされたくないなら紋章を渡せ。記憶がないらしいが、元はそれが望みだろう?」

     男が腕を上げると、黒い蔓のようなものが巻きつき身体まで達していた。手首に砲身、さっきの光線の正体であることは予想ができた。

    「させない!」

     二人がオレの前に立つ。ハレーが先行して男に飛びかかるが、余裕の笑みを浮かべたまま男はそれをかわしざまに彼に蹴りを入れ、木に叩きつける。

    「まだだ」
    「止めとけ止めとけ。ほら、坊っちゃんもボーッとしてると仲間がやられるぞ? 早くよこしな」

     嫌な感覚は消えない。ダメだ、二人では敵わないと、オレの中で警鐘が鳴り続けている。
     身体が覚えている。一度戦ったりしたのか?

    「もしかして、お前がオレの記憶を……。音もお前が──」
    「ハァ、クレタさま。それは違いマス。記憶がナクナッタのは仕方がナイデスが、いい加減場にナガサレスギです」

     疑問は手元から聞こえた声に遮られる。

    「ルーナ! お前、大丈夫なのか?!」
    「大丈夫ジャないですガ、ソノ内修復しまス。ソレよりも、王族とモあろうクレタサマが守られテばかり。情けナイ」

     足をカシャカシャと鳴らし、ルーナはオレの頭に乗る。そして、何をすべきかよく見ろと変わらない呆れたような口調で言った。

     何をすべきか? このピンチに? 守られているオレが?
     ルーナは告げる。さっきまでとは違い、流暢に、言い聞かせるように。

    「知らない方とハレーもいますが、クレタさまの調査はワタシと共に単独で来ました。なぜですか?」

     問いかけ。そんな暇はないと言いたいけど、不思議とするすると考えが浮かぶ。
     始めはオレ自身が守られるべき存在だと思っていた。王族だから。でも、違う。逆だ。
     オレ自身でなんとかできるから、単独でいいと王族であるオレがきっと決めたんだ。

     なら、どうして?
     オレにあるモノ。月の紋章と……。

    「ルーナ! オレとお前で、なんとかできるんだな?! よく分かんないけど!」
    「……まぁ、良いでしょう」

     ルーナに呼びかけると、ルーナはオレの右腕に移動して何本もの脚で手甲のように巻きつく。
     背中のところが開き、小さな台座が現れる。

    「クレタ、紋章を。何をするかイメージして。大丈夫、ワタシもムーンフォレストも、あなたを見守っています」
    「……やってみる。ルーナ、なんだか母上みたいだ」

     思わずそう言葉にしていた。

    「ふふ」

     無機質な口調のはずのルーナから、そう聞こえたのは気のせいじゃない。
     紋章をルーナに置く。まばゆい光がオレを包んだ。大きな蝶の形を成し、舞う。
     羽ばたきに合わせて、鐘の音が鳴っていた。
     神殿に呼応する【音】。

    「行くぞ! ハレー、ジェーナ! 離れて!」

     オレは叫び、男に対峙する。








     
  • 第12話 十六夜 水明
     神殿の空気は、ピリピリとした緊張を含んでいた。

     その緊張は感性的な物ではなく、オレを中心に稲妻のようなものが駆け巡っている。
     それは、時を刻むごとに範囲を広げ、遂には黒髪の男の手前にまで達していた。ハレーやジェーナがその稲妻に触れても何もないということは、どうやら味方には影響ないのかもしれない。

     にしても……。
     なんか、みんなオレのことを遠まわしに見てない?なんか変なものでも見るような引き具合じゃん?なんだよ、その自分がどうなってるか見てみろよみたいな感じの目。

     どれどれ……。……。……。……!?
    「ッ?!」
     なんか、すっごい髪伸びてるし金髪になってないか?服だってなんかシルク質の‟魔法使い”みたいなローブになっている。キラキラしているように見えるが、月光石を散りばめているようだ。

     なんか、今のオレなら何でもできそうだ。
     そういえば、あいつ何者なんだ。


    「……お前、黒の国の者と見るが名は何だ」
    「ッ?!」

     ……、へぇ?なに、これ。今の俺が言ったの?なんか、雰囲気違くないか? 黒い男なんて、さっきまでの気弱さは、どこへ行った、といわんばかりに目を見開いている。

    「これは失礼。私《わたくし》、グリフ・ダークエルと申します。先程の見解通り、私は黒の国の者ですよ」
     
     なんか、体が自分ものではないみたいだ。声色もいつもと違うし、変に堂々としている気がする。オレ、本当にどうしちゃったんだ?

    「ダークエル……ですって?」
    「知っているんですか?」
    「……えぇ。まぁ」

     ジェーナは、どうやら黒髪の男の性に聞き覚えがあるらしい。
     と、そんなことはどうでもよくってさ。なんか、体がうずくんだけど、大丈夫そう?

    「挨拶は程々にして、月の紋章を渡してはいただかませんか?無駄な争いは避けたいのです。それは元々は我々が手にするはずのものですから」
    「手を引く、とは言わないのだな」
    「……っふ。あたりまえでしょう」

     社交辞令のような薄っぺらい笑みを張り付けている様子から、そんな気はさらさら無いらしい。
     今、手放した方が絶対に楽だと思う。でも、それはしてはいけないって右腕にある月の紋章が訴えているように感じるのだ。

    「こちらとて、そう易々と渡さぬよ」

     口が勝手に言葉を発する。

    「では、力尽くで奪うのみです……!」

     そう口にした黒の国の男‐グリフ・ダークエルは、右手を前へオレに向かってかざした。

    「▲sywg……▽▲wg▽lhs……」

     何かの呪文を唱えているのだろうか…………。

    「っ?」
     男の動きに違和感を覚えたオレは、男の右腕に意識を集中させた。そして、

     ッピュン――――。
     男の右手からレーザーが放たれた。

     そのため、その攻撃を防ぐようにオレは、レーザーに向かって左手を前に出す。そして…………。

     ッビュイン――――。
    その左手を神殿の天井に向けると同時に、空間がねじ曲がったようにレーザーの進む方向がオレの前で天井に変化した。

    「………やはり、月光の髪に夜蒼の瞳、、、それに、この力は、、、貴方が選ばれし者なのですね」
    その男の言葉は、オレには届いていなかった。
  • 第13話。

     静けさが、冷たさを増す。

    「クレタさまが『月』を解放されました」
     暗闇の中に、ルーナの機械音。
    「・・・・・・以上が、報告になります」
     
     「ありがとう、アルテミス」
     女の人のやさしい声。

    「あ。今は、ルーナと呼ばれております」
     「そうなの?」
    「クレタさまが、命名してくださいました」
     「まあ!」
     ふわり、と。
     甘い香りがルーナを包む。

     「では、アルテミス。否、ルーナ。これからも、クレタを頼みますね」
    「もちろんです。ダイアナさま」

     氷柱に閉じ込められた女神。
     動かせないはずの身体で、やさしく微笑んだかのような幻影。
     かろうじて届けられる声は、クレタへの慈愛に満ちて。

     ルーナは、女神《ダイアナ》を刮目する。

     クレタの覚醒した姿が、
     氷柱に閉じ込められた女神と酷似していることは、
     今はまだ この暗闇の中に閉じ込めておこう。


     ムーンフォレストの奥深く、
     忘れ去られた地下神殿の 祭壇裏に閉じ込められた 女神《ダイアナ》。

     その力を制御させるために氷柱に囚われて。
     わずかな力で、アルテミス改めルーナを操って、クレタを解き放ったのに……





    「ルーナ、これは一体どういうことなの?!」
     クレタの声を、ルーナが感知する。

    「では」と、微笑むはずのない 囚われの女神に一礼して、
     ルーナは本体へと意識を切り替える。

     甘い香りは何処にもない。


     斬撃の ぶつかり合って 焦げた 匂い。


     ルーナは、機械音でこたえる。
    「クレタさま」

     目の前にいるのは、女神《ダイアナ》ではなく、クレタなのか。
     錯覚によるバグを抑制しながら、
     ルーナは、クレタをもう一度見つめた。



  •  オレは突き上げた左手を見た。月光のように変わった長髪が逆巻いている。

     天から光を、地から力を。
     身体の中に風が、清らかな水の流れが巡っていくのがわかる。
     
    「……これは」

     つぶやいた時、オレの視界は一気に広がった。
     まるで、鷹が天空から世界を見た時のように。


     脱力したまま呆然とこちらを見ているグリフ・ダークエル。驚き口を開いたままのハレー。

     それから、ルーナを抱きかかえたジェーナ。

    「ムーンフォレストの番人、ルーナジェーナの封印をときました」

     流暢な発音で、ルーナが言った。目を閉じたジェーナは満足そうに大きく息を吸い込み、それから微笑んだ。

    「ありがとう、アルテミス。私の名前は、ルーナジェーナ。欠けた記憶を取り戻した。長かった。この八年は、とても長かったわ」

     瞳を潤ませたジェーナがオレに手を差し出した。


    「思い出してください、クレタ様。ムーンフォレストはあなたを選んだ」

    「オレは——」

     導かれるようにオレはジェーナの手を握った。
     その瞬間。光が満ちた。

     耳元でたくさんの声が囁いた。やさしく歌うような声。葉の揺れるささやくような声。

     とくん。とくん。
     どくん。どくん。

    「この音……」

     そうだ、この音だ。
     オレはこの音を八年前に聞いた。
     ムーンフォレストの鼓動。

    「……思い出した」



    *********
     


     先代のムーンフォレストの主《あるじ》は、オレの母だった。

     ムーンフォレストの主になれるのは、王家の血筋を引く者。そして、ムーンフォレストに選ばれた者だ。

     青の国、黒の国、それから赤、黄の国。ムーンフォレストの王家の血を引く者は、この四つの国に散らばっていた。


     母がいなくなってから、次の主にムーンフォレストは誰を選ぶのか。四つの国は、静かにそれぞれの期待と思惑を隠しながら、次の主が名乗り出るのを待った。


     オレは十歳だった。


     夢の中で、ムーンフォレストの鼓動を聞いた。身体が森と一つになったのを感じて、理解した。

     オレが、次のムーンフォレストの主だと。

     夢から覚めると、手にはムーンフォレストの紋章が握りしめられていた。
     けれども、オレは沈黙した。八年間。


     だって、やりたくない! そんな責任の重そうなこと!


     ムーンフォレストは怒っていた。
     静かだった鼓動は、いつしかはち切れんばかりの怒号に変わっていた。


     誰しもがその【音】を聞くようになった。


     ムーンフォレストの主の不在。
     ムーンフォレストの【音】。

     世界は破滅するのではないか、と噂がたった。


     四つの国は競い合うように、調査隊を派遣した。
     オレももちろん調査隊に加わった。

     
     紋章を、他の国のやつに渡してしまおうか。
     いや、紋章を壊してしまえばいい!


     そんなことを考えながら、オレはルーナ——いや、アルテミスを連れて単独でムーンフォレストの奥へと逃げこんだのだった。
  • 第十五話  綴

     ムーンフォレストの奥へと逃げこんだオレはただたださまよっていた。4つの国からの調査隊はそれぞれ手分けをして【音】について調査をすることにした。

     だが、オレにはわかっていたのだ。この【音】はムーンフォレストの【怒りの音】だということを。
     オレは赤の国の王になり、ムーンフォレストの主《あるじ》として紋章を受け継いだ。

     だが、オレは『守る』ということから逃げていた。
     そんなオレの事をムーンフォレストは許さなかった。母から受け継いだムーンフォレストを守るなんてことはしたくない…逃げてしまおう…。

     オレがそう考えを巡らせていると、

     どおおん!

     大きなうめき声にも似た地鳴りのような【怒りの音】が響いてくるのだ。強く冷たい風が森の木々を大きく揺らし、ざわざわと不気味な音を立てる。

    「あー、面倒くさい!」
    「クレタ様、そのような言葉を発してはなりません!貴方はムーンフォレストの主《あるじ》なのですから!」
     アルテミスはオレの事を必死でなだめようとしてくれていた。

     
    「くそっ、こんなものがあるからいけないんだ!」

     オレは首からかけていた『月の紋章』を地面に叩きつけてやった。調査をしているよその国の誰かが拾ってくれればいい……と強く願って。

     すると必ず稲妻のようなものがオレの体をめがけて飛んでくるのだ。その鋭い光がオレの体を通り抜け、オレは地面に叩きつけられる。
     そして、目が覚めると記憶を失っていた。

     その鋭い光に打たれる度に、オレと一緒にいるアルテミスは少しずつ壊れていった。それでもオレのそばを離れることなく、オレを必死で守ってくれていたのだ。

     
    「ドウさレマしタ、クレタさマ」
    オレが気がつくたびに、真っ先に声をかけてくれていたのだ。

     そうだ、もともとは普通に喋っていたのに。
     アルテミスをこんなにぼろぼろにしてしまったのはオレだったんだ。

     ……オレはムーンフォレストに選ばれた……

     そう、オレは八年間逃げ続けていたのだ。
     ムーンフォレストは主《あるじ》を失い、その機能も果たせなくなってしまっていたのだ。

     
     今こそ、オレはムーンフォレストの主《あるじ》として立ち上がるべき時が来たのだ!
     
     「アルテミス!」
     おれは背筋を伸ばして、大きな声で呼んだ。

      


     
  • 第16話 KKモントレイユ

    ッビュイン
    という音とともに一線の光がクレタの方に放たれた。レーザーは小さなアルテミスをかすめた。

     アルテミスのかけらが飛び散った。

     気が付くとグリフ・ダークエルが冷たい目でこっちを見ている。ダークエルの右腕がこちらに向けられていた。
    「戯言はそこまでだ。おとなしく『月の紋章』を渡せ」

     苦しそうなアルテミス。

     クレタは込み上げる怒りを押さえられなかった。

    「うわああああああ――――――!」
    雄叫びを上げダークエルに飛びかかっていくクレタ。

    「死ね……」
     ダークエルの右腕がクレタに向けられた。
    その瞬間クレタの手のから眩いばかりの白と金色の光が放たれ、気が付くとダークエルの腕から血が滴っていた。思わずダークエルが腕をかばうようにしながら後ずさりした。

     ジェーナとハレーが驚いてクレタに目を向ける。クレタの手に月の光を思わせる美しい剣が握られていた。

    「覚醒したかクレタ……ダークエルといったか? おまえ、まだ、この者たちと戦うのか?」
     後ろから、透き通るような一人の女性の声が聞こえた。

     振り返るジェーナとハレー。
    「だれ?」
     ハレーが怪訝な表情で彼女を見た。
     ジェーナが驚いた様子で彼女を見つめる。
    「あ、あなたは……き、黄の国の正統な王家の血を継ぐ方」

     その女性はクレタの手元の剣を見て、
    「それは……いにしえの……ムーンフォレストの民が向こうの世界に封じた聖なるものだぞ。クレタ、お前の心が引き寄せたのか? それとも『月の紋章』が呼び寄せたか……」
    その女性は傷ついたアルテミスに優しく触れ、なにか口ずさむ。優しい光がアルテミスを包み先程の傷が修復された。

     女性はダークエルに目を向ける。
    「おまえは黒の国の王家の血を引く正統な者ではないはずだが……そして黒の国に反乱を企てる者がいるとも小耳にはさんだのだが……おまえか?」

     ダークエルは睨むように彼女を見る。

     女性は何かを口ずさみ始めた。
    「☽☆〇……〇☽☆……☆△……」
     ハレーがジェーナの方を振り向く、ジェーナが怯えるように少し身体を震わせているのがわかった。
    「なに?」

     ジェーナが言葉を震わせながらハレーに言う、
    「これは攻撃呪文でも、治癒呪文でもない……」

    「?」

    「この呪文はいにしえの『ムーンフォレストの王族』に伝わる呪文……これは、召喚呪文よ」

     次の瞬間、女性は天を指差した。
     空が蒼がヴェールを翻すかのように揺らめいたかと思うとまばゆい光が渦巻き光の中から、白と金色の光を纏った美しいドラゴンが舞い降りた。
     ドラゴンはクレタたちの頭の上を一回りしたかと思うとクレタたちの後ろに降り立った。

     後ずさりする様によろめくダークエル。女性はドラゴンの頭を撫でながら、静かに透き通るような声でダークエルに言う。

    「まだ戦うのか? ん?」
  • 第17話 月森乙

    「くっ……!」

     ダークエルは唇をかみしめた。そして、クレタたちを見ながら何か口の中でぶつぶつと言葉を唱え始めた。

     ゴゴゴゴゴ。

     小さな振動。

    「何事……⁉」

     最初に気づいたのは黄の国の正統な王家の血を継ぐ、と言われている女性だった。

     キャアアアアアアアアッ。

     ドラゴンが悲鳴を上げた。女性は地面に下ろされたドラゴンの翼に足をかけ、背中まで一気に駆け上がった。

    「みんな、早く!」

     その間にもダークエルは体を丸め、滴る血もそのままに両腕を胸の前で組んだ。口の中でつぶやく言葉が大きくなり、それにつれて振動が大きくなる。

    「ジェーナを先に!」

     ルーナを抱えたジェーナを先に登らせる。

    「クレタ様!」

     ジェーナがクレタに手を伸ばした。
     クレタがドラゴンの翼に足をかけた時だった。

    「させるかああああっ!」

     地面が大きくかしいだ。
     ドラゴンはバランスを崩し、そのまま大きな翼を広げて宙に浮いた。

    「ああああっ!」

     クレタもバランスを崩して床に転がった。

    「クレタ様!」

     ハレーがクレタに駆け寄ろうとするも、ふたりの間の地面が割れた。ハレーはその場で立ちすくんだ。
     その間にも轟音を上げ、地面がひび割れていく。
     ダークエルは黒い靄をまとい、地面からふわりと浮いていた。冷たい笑みを浮かべ、クレタを見つめた。

    「おまえだってわかっているのだろう? 自分にムーンフォレストの主となる力も、そのような器も備わっていないこと。選ばれたのが何だというのだ。わたしはこの八年間、力を蓄え、この時を待ち望んでいたのだ! 選ばれし者に資格がなければ、奪い取るのみ。……大人しく、月の紋章を渡すのだ!」

     ダークエルが両手を広げた。

     ガラガラガラ。

     天地がひっくり返るような揺れ。神殿の床が、壁が、崩れていく。クレタは崩れるがれきに足をかけ、高く飛んだ。

    「お前なんかに、渡したりはしない!」

     そして空中で、持っていた剣を正眼に構えて振り上げた。

    「お前の様なものを、ムーンフォレストの主にしてたまるかああああっ!」
  • 第18話 西しまこ

     クレタはムーンフォレストの民が封じたという伝説の剣をダークエルに振り下ろす。
     そうだ。
     この剣は「月の剣」。ムーンフォレストの王だけが使える剣。
     ムーンフォレストの番人、ルーナジェーナが欠けた記憶を取り戻したように、クレタも「欠けた自分」を取り戻しつつあった。姿がムーンフォレストの王のものとなり、世界に干渉する力を取り戻し――損なわれていた、「王としてのクレタ」が修復されつつあるのを感じた。

    「クレタさま、危ない!」
     ルーナ――アルテミスの声で、後ろに下がる。
     ダークエルの催眠の力によってクレタを狙う木の根がすぐ目の前に迫っていた。クレタはそれを薙ぎ払い、ダークエルに向かう。
    「どうして、お前なんだ! お前が八年も放置していたから、ムーンフォレストの怒りが黒の国に悪しき力を及ぼしたんだ! お前のせいで」

     ダークエルの悲痛な声が響く。ダークエルは宙に浮いて、クレタを狙う。クレタは力と「月の剣」を使い、ダークエルの攻撃をかわしつつ、ダークエルに迫っていく。

     美しい地下神殿は大きな音を立てて無残に破壊されていく。
     黄の国の女王スファレ・ライト、ムーンフォレストの番人のルーナジェーナ、そして前ムーンフォレストの王ダイアナの意を識るルーナはドラゴンの背から、その様子を見ていた。青の国のハレーは崩れかけた神殿の足場が残っているところになんとか立っていた。

    「ムーンフォレストと黒の国の境界付近の村にいた、私の母はそのせいで死んだのだよ! お前が、自分の責務を果たさないから! 私は……私にも、黒の国の王の血が流れているんだ。だったら私がムーンフォレストの王となってもよいだろう? クレタ! 全てお前のせいだ!」
     硬質な音がして、クレタの剣の刃が太い樹木の根に当たった。

    「クレタさまのせいではありません! クレタさまは、ご自身の一部を先代の王アルテミスさまと一緒に氷柱に封印されていたのです!」
     ドラゴンの咆哮とともに、ルーナジェーナの声が響いた。
    「王から王へ受け継がれる、ムーンフォレストの記憶もな」
     黄の国の女王スファレが言う。

     ダークエルの顔が奇妙に歪んだ。
    「ダークエル。おぬし、限界が近いのではないか?」というスファレの言葉に、ダークエルはかっと目を見開き、黒い靄をいっそう黒くしてさらに靄を辺り一面に拡散させながら、四方八方に木の根を飛ばした。ダークエルの目からは血が流れていた。

     クレタは張り巡らされた木の上を駆け、ダークエルに向かった。
    「月の紋章」を取り戻し、姿を真の姿に変容させ力を取り戻し、「月の剣」をも得た。クレタはもうすこしで自身の封印が解けるのを感じた。

    「クレタさま!」
     そのとき、ルーナがクレタの方に飛んできて、クレタの肩に乗った。
  • 第19話 UD

    「クレタさま、いけません。このままでは森を、世界を破滅に導く王になってしまいます」
     ルーナはクレタの肩に乗り、優しく話しかけると光を放ち始める。

     光は白から黄、赤、黒、青と色を変えていく。
     すると月の紋章がルーナの光に合わせるように光を放ち始めクレタを包みこんでいく。


     世界の始まりの白。
     この地に降り立った一族の長はこの地の若者と恋に落ち、天には戻らず、この森に根を下ろしこの森の王となった。

     世界の広がりの黄。
     長は秩序を重んじ、周辺の種族を統べていく。夫となった若者は長と共に森の周辺を旅し、そこに住む様々な種族に平和と共存を訴える。

     世界の統一の赤。
     森を中心とした各種族間連合が成立し、天から降り立った長は王となる。王は天の力を使い森を育て、周辺の種族も天からの力の恩恵を享受し発展していく。

     世界の深淵の黒。
     森周辺の種族の中に王に従わない者が現れる。長が降り立つ前の混沌こそがこの世界だと信じる者たちだった。その闇は王の光の中に溶け込みなくなったように見える。

     世界の繋がりの青。
     川や空、この森の全てを繋ぐ水の流れは王の力をこの世界、ムーンフォレストに行き渡らせる。


    「ああ、そうか。そうだったんだね。ルーナ、ありがとう」
     光の中でクレタは優しく微笑む。
  •  第20話 つくもせんぺい

     青の国は他国に比べ、戦闘における力はない。
     水見……占いによって、各国との友好関係を築いていた。
     体制も特殊で、王族は普段から国内には居らず、実質五人の市長が国を管理していた。

     なら、本来中央に居るするはずの王族はどうしているのか。
     水見という異能をカードとし、各国を旅の一座として、また調査隊として渡り続けているのだ。各国もその事情を知っているが、水見で得られる恩恵は大きく、四国がムーンフォレストを中心に争うことなく存在する大きな役割を担っていた。

     ──僕がここに居た方が、多分いいよ。だからまだクレタと遊ぶから。

     青の王とハレーをはじめとする臣下たちは、赤の国に長期で滞在していた。
     ……なんのことはない、青の王が赤の次期王クレタと歳が近く移動することを嫌がったのだ。
     水見の力は加護を受ける王にしかなく、親だとて次代へ継げば消える。
     世話役を担う一座とて、王の予言が子どものわがまま染みていても無下にはできなかった。

     ──破滅の兆候が見える。ムーンフォレストが深く傷つくところまでしか見通せないってことは、森そのものが原因か、僕より月の加護を受けているクレタのことだろうね。

     森から【音】が響く数日前のこと、青の王は水見の内容をハレーにのみ伝えた。その行動は、本来なら咎められるものだ。ムーンフォレストの危機は、世界そのものの危機。それを臣下一人だけにのみ伝えるなど。

     しかしハレーは、王の孤独を、優しさを知り、クレタとの友情を見てきた。
     臣下としても、兄代わりとしてもだ。
     月の紋章に選ばれたからなんだというのだ。逃げたければ、逃げていい。
     青の王はいつもそう言っていた。
     押し付けるなら、大人が代われと。それが森の意思だとしても。

     ――だから、お願いだ。見届けてきてほしい。そしてもしクレタが望むなら、キミの力で助けてあげてよ。

     そしてクレタは逃げ、ハレーは安堵した。いまはそれを悔いている。





    「……王はとんでもないことを押し付けてくれる」

     もうここはハレーの知る美しい森ではない。あるのは破壊のみ。
     そうひとりごちたとき、ルーナがクレタに呼びかけ、空間が光に満たされた。

     白、黄、赤、黒、青……。
     世界の始まりの物語とも同じ色、順番。

     クレタに光が収束し、月の紋章が輝く。彼の横顔の変化に、ハレーは兆しを感じ取る。
     水見の分水嶺はここだ、と。

    「クレタ様!」

     ハレーは大声で呼び掛けた。

    「まだ、あなたは逃げたいですか!!」

     どう答えてもいい。クレタが自ら選ぶのなら。

    「もう、大丈夫だ!」

     彼の答えは、ハレーの知る少年クレタとの決別をハッキリと伝える。
     ならばと、ハレーは持てる手札を全て切ることを決意した。

    「クレタさま! ルーナジェーナ! 我が主、青の王の言葉を授けます。――憎しみを溶かすことよりも、認められることの方が子どもには難しい。です!」
    「意味わかんない!」
    「そんなこと言っている場合じゃない」

     反応は散々なものだった。しかし、張り詰めた空気が弛緩し、ハレーは口元が上がる。

    「問題ありません! 水見の案内がわたくしの役目!」

     状況を照らし合わせれば、ハレーにとってこの内容は分かりやすい部類に入る。

     ――黒の民ダークエルよりも、森と黄の王を認めさせる方が難しいからね?

     ということだ。ハレーが受け持つべきはダークエル。行動開始だ。
     腰の鞭を手に取り、割れた足場を跳ぶ。うねる木の枝に巻き付け、反動をつけ大きく跳躍し、スファレとダークエルの間に着地した。

     ダークエルは既にボロボロで、怨嗟の力だけで動いている。鞭を振るうと簡単に拘束でき、抵抗する力は残っていない。放っておくと自らの力で命を燃やし尽くすだろう。

    「黄の王スファレよ! 全ての友国の青に免じ、わたくしの行動に目を瞑っていただきたい」
    「ほう?」

     怪訝な顔をするスファレ。返事は待たない。
     彼にある力……生存と、逃走。
     この局面で命を落とすことは、それが誰であれ王とクレタの悲しみに、決断の妨げにもなる。そう確信していた。

    「ダークエルよ、わたくしはそなたに謝らねばならんことがある!」

     図らずとも導きの光の物語を示したルーナ。
     感謝しつつ、ハレーは一座の吟じ手を思い浮かべながら声を張り上げる。
     大げさでいい、流れを光の方へ。

     ダークエルに近づき、なけなしの癒しの薬をかける。
     瞳から流れる血が消え、細かな傷が癒えていく。憎しみに歪められた顔つきがほんの一瞬だけ驚きに変わり、ハッキリと女性であることが分かった。恨み続けて呑まれた混沌に、自身の姿すら歪めていたのだ。

    「この青の国のハレー。一時とは言え、そなたを男と見誤った!」
    「なにを……」
    「そう! その声も、多くの怨嗟を口にし涸れたのだろう。だがダークエル、そなたは勘違いをしている。黒の世界の先には、青の光があるのだ。全てを繋ぎ、混沌も流し薄めるために、我ら青の民は水と共に在る!」
    「ほざくな! なにも知らないヤツが!」

     回復させたことで力をとり戻したダークエルから瘴気が吹きあがる。その黒く湧き出る瘴気に構わず、ハレーは彼女の正面から肩に手を置く。焼けつく痛みが走るが、伝えるのならこの時を逃がすともう救えないと何かが告げていた。

     四方からハレーに向かってくる木の根を、スファレが防ぐ。

    「感謝する!」
    「面白そうだ、やってみせよ」

     励ましともとれる一喝が飛ぶが、強き王は甘いと、皮肉った返しを呑み込んだ。
     やり遂げなければ意味がないのだ。この瞬間が、ハレーの役割の最低限であることを、彼自身が一番理解していた。

    「分からないさ! ここに居る誰もが! だが我が青の王ならば、そなたの道しるべになる。わたくしもクレタ様を見届けた後、そなたの悲しみを埋める手伝いをすると誓おう」
    「黙れ!」

     渾身の力でダークエルの肩を抑えつけたままハレーは呪文を口にする。
     王も認める、死なないための力、帰還のための転送呪文。足元から青い光の粒子が広がり、ダークエルを包む。

    「そなたの美しい黒き瞳で使う術、一座で獣使いとしてわたくしと共に生きるのも一つの道だ」
    「貴様……こんなっ、まだ私はっ!」
    「すまない、いまはこれくらいしか思いつかない。我が王の盟友のため、ここは退場願おう。ダークエルよ、水面が光を映し水底が暗くあるように、光もそなたと共にある。輝きを知るからこそ、暗き怖さを知るのだから。ここが終わった後、必ずそなたに幸せを教えよう」

     消える瞬間、ダークエルの表情は悲痛に歪み、まだ何かを言いかけていた。
     ハレーの胸は痛むが、呪文が向かう先は一座の中。自分と同じく変わっていけると信じ、いまは決断を悔いる場合ではなかった。

     操るものが居なくなったことで、森に少しの静寂が訪れていた。
     クレタ、ジェーナがこちらを見ている。スファレもだ。
     驚いたような、呆れたような三者の表情に、ハレーは首を傾げる。

    「何をするかと思えば戦場で求婚とは、青にもとんだ勇者が居たものだな」
    「癒えた時に見えた顔、綺麗な人だった。弱っている心に付けこむなんて最低」
    「ハレーは相変わらずだね」
    「なっ、求婚ではありません! 相変わらずとは!? そんなこと言っている場合ですか! クレタ様、後のことはお願いします」

     ハレーは痛む手も忘れ慌てて叫んだ。青の王の破滅の兆しを覆す一助になれたかは、これからのクレタ次第だ。


  • 第21話 十六夜 水明

    「クレタよ、お主はどうしたいのだ?」

     ハレーが空気を和らげてもなお、黄の国の女王-スファレはクレタを試すかのように、好奇の目でクレタの瞳を瞳を見つめていた。

    「貴女は、どうしたら良いと思いますか?」
     ダークエルに向けたものとは打って代わり、クレタはスファレに対して恭《うやうや》しく、しかし対等であるようにと努め、問い返した。
     一方、スファレはというと、これはまた面白く珍しいものを見たと、切れ長の目が弧を描いている。

    「何故私に問う?」
    「いえ深い意味はございません。月の剣を手にしたとき、流れ込んできたのですよ。黄の国の王族には、古代の力を使うことが出来ると」

    「面白い。だからと言って、私に問う理由にはならぬぞ」
     もっと分かりやすく話せ、とスファレは言わんばかりに肩眉を上げてみせる。

    「えぇ、理由はここからですよ。古代の力を使えるということは、古代の人々の心を、そして経験を理解し、その体の構成に組んでいる。即《すなわ》ち、貴女はこのムーンフォレストの過去の過ちを知っている。私が知る只の事実ではない、人の…当事者の心を知るから────」

    「……ッフ。あぁ、面白い。お前は本当にダイアナに似ている。お前達家族は、本当に人を試すのが好きだな」

     スファレは、かつて同じ様に自分を試してきた旧友とクレタを重ね、血は争えないな、と息をついた。
     その姿は、今まで引きっぱなしにしていた弓の弦を戻したような、どこか気が抜けた様子である。
     そのせいか、緊張のみを含んだ空気は少しだけ和んだ。
     スファレはクレタのことを許したと言うことである。

     しかし、

    「いくら、先代の王に似ているからといっても、このムーンフォレストは許してはくれぬぞ。なんせ、8年間もの長き時間の間、この森を放置していたのだからな。どうしたら良いかなんて自分で感じとれ。今もなお、森は叫び続けているぞ」

    「森の声《こころ》を感じる……」

     何か思うことがあった、クレタは瞳に目蓋を被せ、視覚を遮断し耳を澄ませた。

    ▶▼▶▼▶▼▶▼▶

     ………暗く、なにも聞こえない、聴こえない。

    「ッ?!」

     そのはずなのに、目を閉じているはずなのに、目の前に1人の少年がうずくまって泣いている姿が見えた。

     否、|感じた《見えた》。

    「だ、大丈夫?」
     暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている少年に、恐る恐る声をかけた。

    『う゛……。お兄ちゃん、だぁれ?』
    「オレはクレタって言うんだ。君は?」
    『僕はね、ルナイ・ロメル』

     少年は、鈴を転がした様な可愛らしい声で答えた。
     少年の髪は、青紫銀《せいしぎん》色で、瞳はクレタと同じ夜蒼《よるあお》の瞳をしていた。

    「ルナイは、なんで泣いていたの?」
    『ずっとね、人を待っているんだ。だけど、全く来ないの。ずっと待っているのに』
    「そうなんだね」

     その姿は、とても寂しそうで儚げで、今にも消えてしまいそうな様子だった。

    『そういえば、お兄ちゃん、クレタって言うんだよね……。ん? あれ?』
    「?」

     どうやら少年-ルナイは、クレタという名前に聞き覚えがあるようだ。

    『…クレタ。あぁ、やっと来てくれたんだね、クレタ。ずーっと待っていたんだよ。遊ぼう! クレタ。ずっとここで、永遠に』
    「?! もしかして、待っていたのってオレのことか?」

     ルナイは飛び跳ねて喜んび、クレタに抱きつく。どうやら、長い間、待っていた人はクレタのことだったらしい。

    『ずっと一緒にいてくれるよね?ずっとこんなに待っていたのに。また1人なんて言わないよね?なんで、ずっと来てくれなかったの?1人にしたの?ねぇ、なんで?寂しかったんだよ!』

     ここまで来て、ようやくクレタは理解した。ルナイはこのムーンフォレストそのもの、《《化身》》の様な人物。そして自分が、ずっと王の座を拒んだから、ここまで寂しい思いをしていた、ということを。
     ルナイは、大粒の涙を頬に伝わせていた。まるで、母親を無くした子供のようだった。

    「ッ。ごめんね、ごめんねルナイ。ずっと1人にして。もう、大丈夫。これからは、オレがいるよ」

    『……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。許さない。どれだけ僕が辛い思いをしたか分からないくせに!』

     そう言って、ルナイはクレタの腕を力強く握る。爪は、みるみるうちに伸び、クレタの腕から血を滴らせていた。

    「ごめんね、ごめんね。本当にごめんね。辛かったね。辛かったよね。ずっとこんな暗い場所に独りぼっちは。でもね、オレもそうだった────」

     そうして、クレタは腕の傷の痛みに耐えながら、少しずつ、少しずつ今まであったことを分かりやすくルナイに語っていった。

     優しく、優しく、ルナイの悲しみを、苦しみを包み込むような慈愛を込めて。少しずつ、なぜ来なかったのか、これなかったのかを。

     時には、目尻に涙を溜めながら。
     時には、ルナイと共に涙を流しながら。


    そして、
    『……ごめん…なさい。クレタだって、色々大変だったんだね。つらかったのに、大変だったのに、月の紋章をちゃんと持っててくれたのに。そんなことも、知らないで僕………』
    「いや、謝るのはオレだよ。ずっと独りぼっちにしてごめんね」

     本当にごめん、そう言ってクレタはそっとルナイから離れた。

    『クレタ、もう行っちゃうの? また一人はいやだよ』
    どこか不安になったのだろうか、ルナイは涙目になりながらクレタの衣をぎゅっと掴んだ。

    「ごめんね、行かなきゃいけないんだ。大丈夫。また、戻ってくるから。それまで、待っててくれる?」
    『……うん。戻ってきてくれるなら。待ってるよ、待ってるからね!』
    「じゃあ、行くね」
    『うん』

     頬を伝う涙は消え去り、ルナイの顔から笑顔が溢れた。青紫銀の髪と夜蒼の瞳は、先程と比べ、より一層きらきらと輝いている。

     それを確認したクレタは、何度も振り返り、何度もルナイに手を振った。そして、一点の光が見える反対側へ少しずつ歩みを進めていく。

     そして、だんだんと意識が現実世界へと浮上していった。


     




    (青紫銀《せいしぎん》色…十六夜 水明の造語。青や紫などの寒色を強く反射する銀の色。少し青や紫がかった銀。
     夜蒼《よるあお》色…こちらも十六夜 水明の造語。深夜の深い深い夜空の青色を指す。勿論、夜空には星々が浮かんでいる。そのため、所々金箔を散らしているかのように見える。)
  • 第22話  結音(Yuine)


     クレタは、ゆっくりと目を開ける。
     
     そこには、慈愛に満ちた瞳が映った。スファレ、ハレー、ルーナジェーナ、ルーナ――アルテミスの。優しい眼差しが、クレタの帰還を待っていた。

    「戻ったか」
     スファレが訊く。
    「クレタさま」
     労わるようなハレーの声。
     にこりと微笑むルーナジェーナ。
     アルテミスは、くるくるとクレタの頭上を旋回している。喜びを動きで体現して伝えているようだ。

    「ルーナジェーナ。奥の祭壇へ案内してくれ」
     クレタが覚悟を決めるには、もう一つやらねばならないことがある。

    「分かりました。ご案内しましょう」
     ルーナジェーナがクレタを案内する。

    「待っていてくれ、みんな」
     そう言って、クレタは、ルーナジェーナの後について奥の祭壇に向かう。
     アルテミスだけが、クレタの後を付いて行った。


    「どうぞ」
     石造りの祭壇の脇に、奥につながる道が現れた。ルーナジェーナが持つ石が鍵となり、扉が開いた。人ひとりがやっと通れるような通路だった。
    「わたくしは、ここで控えております」
     ルーナジェーナの案内はここまでだ。
     クレタは、かつん、と響く足音とともに 通路の奥へと進んで行く。アルテミスは静かにクレタに寄り添った。


     空気が澄んでいる。
     ひんやりと 冷たい。けれども、心地が良い。

     やがて、
     氷柱に閉じ込められた女神《ダイアナ》の姿が現れた。
    「はは……うえ?」
     クレタの声に、女神《ダイアナ》が応える。

    「クレタ。逃げなかったのですね」
     直接語り掛ける声。
    「生きていてくれて、ありがとう」

     クレタの瞳から雫があふれる。

     クレタの横に、アルテミスがそっと降り立つ。
    「クレタさまは、ムーンフォレストの王を継ぐ ご覚悟をなされました」
     女神への報告を続ける。
    「ルナイ・ロメルにもあったご様子です」

    「そう」
     ため息のような女神《ダイアナ》の返答に、クレタは思わず口にする。
    「ルナイは泣いていた……」

    「そう。あの子は、ずっと泣いているの。あの子の泣き声が、この森の ムーンフォレストの叫びとなって・・・・・・」
    「あの【音】は、ルナイの悲鳴なのですか?!」

     クレタが森を拒絶するたび、これに反応するかのように響いていた森の音。
     クレタには、うすうす勘付いているところもあったが。この母《ダイアナ》の言葉で、それは確信に変わる。

     ムーンフォレストの【音】の正体が分かった。

     けれども、どうしたら【音】を止《や》ませることが出来るのだろう。

    「クレタ。心配には及びませんよ。わたくしは もう少し この氷柱の中に居ます」
     それが、何を意味するというのだ?
     クレタには、未だわからない。

     ふふふ、と 女神《ダイアナ》が微笑んだ気がした。
    「クレタ。あなたは、どうしたい?」

     やさしく母《ダイアナ》は問いかける。

     つい先刻も、クレタは同じことを訊《き》かれた。
    「オレは……」


     四半刻ほどの時が流れる。

     氷柱の前で思案する少年――クレタの姿。

     ルーナジェーナは、クレタが《《奥》》にいる間、表《おもて》の祭壇で、祈りを続けていた。

     祭壇の外でも、祈りながらクレタを待つ者達の姿があった。

     祈りは、届く。女神《ダイアナ》のもとへ。

     クレタも、祈る。希望を込めて。懺悔も含め。


     さらに四半刻ほどが過ぎた時。
     クレタは、彼を待つ者の前に現れた。


     森の中を、
     くすくすくす、と
     笑い声のような風が 駆けて行った。


  • 第23話 あまくに みか

     気がつけば、オレは森の中に一人で立っていた。


    『なにもない世界に、白がおちた。はじまりの白』


     子どもの歌声が聴こえる。その純粋な声に導かれるようにオレは歩いた。


    『目がさめる黄は、古きよき友人まねいた』
     

     甘い香りがして、色とりどりの蝶が飛び交う草原に、少年と少女が座っているのが見えた。


    『赤は、心の臓の音。生きるものたちの希望をせおってる』


     歌っている少年はルナイだった。
     そして、隣に座っている少女は母、ダイアナの姿だった。


    『黒は月のうらがわの影の色。うつくしさに吸い寄せられる。青はなんにでもなれる、なんでもうつす水の色』


     幼いダイアナはルナイの歌声に合わせて、手を叩いて歌う。



    『かきまぜましょう。かきまぜましょう。五つがまざれば、何色になる?』



     そこで歌が終わり、子どもたちは笑い声をあげた。
     オレはその光景を樹々の間から見ている。きっと、これはムーンフォレストと母の記憶だ。

     ムーンフォレストはまだ、何かを伝えようとしているのだろうか?



    『ダイアナは強い子だね。今までのどの子よりも、力が強い』
    『そうかしら? わたくしはそうは思わないわ』
    『強いよ。だって燃える赤色だもん』
    『みんなの希望をせおっている?』
    『だけど、気をつけて。炎が大きくなれば、森は燃えてしまう』
    『……わたくしの、力のせいで?』

     ダイアナが両の手で自分の顔を覆った時、巨大な白い花弁のような光がオレの視界を遮った。

     思わず目をつむり、次に開けた時、目の前の光景が変わっていた。



     森全体が赤く紅葉している。まるで、燃えているような。終わりを告げる前の色。

    『ダイアナ。ダイアナ。どうして』

     ルナイのすすり泣く声がする。

     どくん。
     オレは、確かにその時【音】を聞いた。


    『どうして、僕を傷つけるの? 痛いよ。やめて。痛い。やめて、痛いよ』

     うずくまり、泣き叫ぶルナイ。真っ赤な落ち葉がまるでルナイの流した血のように見えた。
     それを立ったまま上から眺めているのは、母ダイアナ。その姿はもう少女ではなく、オレのよく知る《《母親》》だった。

     ダイアナは大きく膨れたお腹を抱えて、無表情のまま天を仰いだ。


    『わたくしの愛した世界が、壊れていく音がする。わたくしのせいで。だって、わたくしには聴こえるの、人々の心が』

    『力を抑えて。心を鎮めて! 主の力は森に影響する。このままだと、ムーンフォレストは悪しき力を抱えてしまう!』

    『無理よ! 抑えられない。だって聴こえてしまうの! 太陽が沈んだら月が昇るように、人々の心には影があるの。どんなにわたくしが祈っても、闇は消えない。このままでは……わたくしは。わたくしは、何のためにムーンフォレストの主になったの? わたくしは、どうしたらいいの?』

    『ダイアナ、やめて! 僕をこれ以上傷つけないで!』

     どくん。どくん。
     【音】は速く。そして、大きく膨れ上がっていく。

    『お腹の子はどうするの? 生まれてくるその子に、世界の美しさを見せてあげるんじゃなかったの?』
     
     ルナイが叫ぶと、ダイアナの目が大きく見開かれた。【音】が止む。ダイアナはその場に膝をついて泣き崩れた。

     森に響くのはムーンフォレストの主の慟哭のみ。

     オレは目を逸らした。初めて見る母の涙。ムーンフォレストの主の孤独と責任。手に取るように、母の心がわかるようだった。

     何か大きなものが、体の中を巡って通り過ぎていったような気がした。


    『ごめんなさい、ルナイ』
    『ダイアナ、君は何もかも背負いすぎだよ』
    『大丈夫。もう、取り乱したりしない。力を抑えるわ。森のためにも、この子のためにも』
     
     決心したような、晴れやかな表情を取り戻したダイアナは愛おしそうにお腹を撫でた。

    『わたくしには、わかるの。この子は、きっと次のムーンフォレストの主になる』
    『……もう名前は決めているの?』
     ダイアナはにっこりと微笑んだ。
    『クレタよ』

     自分の名前を聞いた時、オレの目から涙が溢れた。悲しいわけでもなく、理由のわからない涙だ。

     オレの涙なのか。母の涙なのか。それとも、ムーンフォレストの涙なのか。
     オレにはわからなかった。




    『クレタ、ここがムーンフォレストよ』

     十歳くらいだろうか。小さな《《クレタ》》がムーンフォレストの中で遊んでいる。頭の上には、アルテミスが乗っていた。

     その光景を見た瞬間、鈍い頭痛が疾った。
     おかしい。
     オレは、この記憶を知らない。
     まだ思い出していない記憶があるというのだろうか。


    『ダイアナ。僕は、なんだか、少し、つかれたみたい。とってもねむいし、寒いんだ。さみしいよ。君がそばにいるのに、とってもさみしいんだ』 


     走り回る小さなクレタを眺めながら、ルナイはせまる眠気から逃れられないようで、苦し気に目を閉じた。顔色は悪く、体がいくぶんか縮んだようにオレには思えた。


    『可哀想なルナイ。わたくしのせいね。ついにこの力を抑えることができなかった。ムーンフォレストは悪しき力を抱えてしまった』

    『女神《ダイアナ》様』

     聞きなれた声がした。ダイアナが振り返る。

    『ルーナジェーナ』
    『わたしをお呼びですか?』
    『あなたに頼みがあります』
    『女神様のためならば、なんでもいたします』
    『では、わたくしを地下神殿に埋めなさい』

     ルーナジェーナの息をのむ音が、ここまで聞こえたように思えた。

    『理由を教えてください』

     しばらくの沈黙の後、ルーナジェーナが声を落として言った。

    『わたくしとムーンフォレストは繋がっています。共鳴、と言っていいでしょう』

     静かに、ダイアナは語り始めた。

    『わたくしは、人々の心の声を聴く力を持っています。それはわたくしにとって、天からの恩恵であると同時に枷でもありました。人の心には色があります。白、黄、赤、黒、青。五色が混ざれば、何色になると思いますか?』

    『それは……』

     ルーナジェーナは返答せず、うつむいた。
     オレも母の言わんとすることが、理解できた。
     
     ——五色が混ざれば、黒になるのではないか。

    『違いますよ』

     心を読んだのか、くすりとダイアナが笑った。

    『わたくしもずっと、あなたと同じように思っていました。けれど、やっと、今になってようやく気がつきました』 

     ダイアナは、アルテミスと共に森と遊ぶクレタに目をやる。無邪気な笑い声が遠くから聞こえてくる。 


    『ムーンフォレストはあの子を主に選ぶでしょう。わたくしには出来なかった。この世界の人々を、ルナイの心の叫びを止めてあげることが。
     クレタはわたくしの力を受け継いでいます。今は美しい世界しか見えていません。けれどもこのまま成長すれば、わたくしと同じように絶望するでしょう。
     その絶望は、弱ったムーンフォレストにトドメを刺す。だから、記憶と力を封印します』

    『女神様……』
    『わたくしはムーンフォレストの地下で、クレタが本当の自分を取り戻すその時まで、世界を守りましょう』
    『では、その時がくるまでわたしの記憶も封印してください』

     ルーナジェーナは口をぎゅっと結んで、目には大粒の涙を溜めていた。

    『わたしは、ついうっかり、喋ってしまいそうです。お母上が地下神殿で独り、世界を守るために耐えていらっしゃることを。ですから、お願いします』

    『ありがとう。やさしい、ムーンフォレストの番人よ』

     クレタ、とダイアナは小さなオレを呼び寄せた。アルテミスを頭に乗せた小さなオレが走って母の腕の中に飛び込む。頬を母にすり寄せる小さなオレは、幸せそうだった。


    『愛しています、クレタ。お前に全てを押しつけてしまう母を許してください』
    『ははうえ?』 

     小さなオレが首を傾げる。
     ダイアナが耳元に顔を近づけて、そっとささやいた。

     その唇が動いた時、オレの体に稲妻が走った。
     オレは母の腕の中にいた。
     小さなオレと、今のオレの姿が重なる。

     甘い香りがした。
     懐かしい母の、ムーンフォレストの香り。


    「クレタ。考えることを止めないで。逃げてもいい。生きて。運命から逃げても、あなた自身の心に真っ直ぐに従うのです」

    「母上!」

     手を伸ばして、オレは叫んだ。

    「答えを見つけて。五色が混ざれば、何色になる? 選択するのは、あなたです」

     指先がダイアナに触れようとした時、光が弾けて飛び散り、目の前は暗くなった。






     すすり泣く声が聞こえる。

     森の、どこか奥で。

     また会うと約束した、あの子。


     ——そうだ、行かないと。
  • 第24話 綴

     氷柱の前で祈り続けていた。アルテミスはオレにぴったりと寄り添ったままだ。
     表の祭壇で待つルーナジェーナの祈りも、オレの背中に届いてくるのがわかった。

    「クレタ……、答えは見つかりそうですか?」
     女神《ダイアナ》の声が……母上《ダイアナ》の声が、優しくオレを包んだ。
     奥の祭壇にふわりと優しい風が吹き、甘い香りが広がってくる。

    「母上、五色が混ざれば何色になるのか……見つけてきます」
     女神《ダイアナ》は言葉をひと言も発することなく微笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いている。その優しい瞳を見つめながら、オレはゆっくりと立ち上がった。

    「行こう!アルテミス!」
     アルテミスは嬉しそうにオレの頭上を旋回する。
    「ハイッ!サポートします!」

     狭い通路を出ると、ルーナジェーナが立っていた。

    「クレタ、これをどうぞ」
     ルーナジェーナが差し出したのは見覚えのある革でできた水袋だった。大きく手を広げた樹の刻印がある。
    「これは……」
    「ムーンフォレストに受け継がれている水袋ですよ。【始まりの泉】の水が入っています」

     オレはルーナジェーナから、その水袋を受け取った。
    「もしかして、あの時も?」
    「そうです。私が寝ているクレタの側に置きました。必ずまた必要になるので持っていって下さい」
    「わかった、ありがとう」
     ルーナジェーナはこくりと頷いてみせた。オレもまた何も言わずに頷いて、森へと向かって歩き始めた。



    ーーすすり泣く声が聞こえてくる。

     ルナイ・ロメルの声だ。必ず戻ってくると約束してから随分と時間が経ってしまった。オレはルナイの声を探して森の中へと進んで行く。
     
     森の中にはいくつもの大きな窪みが出来ていて歩きにくい。最初に【音】の調査をしている時には気がつかなかった……。
     
     八年もの間オレが逃げていた間にできた、たくさんの窪み。よく見ると森の木々は弱々しく、その枝を覆う葉は色褪せてしまっている。
     地面は乾ききってひびが入り、風が吹くと砂ぼこりが舞った。


    ーー森が弱っている。

     その森の中をオレは走り回った。

     すすり泣く声はまだ聞こえてくる。
     
     どこだ……どこだ……。
     ルナイ・ロメル……オレは今度こそ約束を守るために必死で走り回る。

     すると、何かに足元を掬われたようにオレの体が転がった。
    「うわっ!」

     どおおん。

     またあの【音】が響き渡り、辺り一面が眩しい光に包まれたかと思うと、一瞬にして真っ暗な漆黒の闇に変わる。

    「な、なんだ!」
    「クレタ様!あそこ!」
     オレの頭の上にいるアルテミスが声をあげた。
     
     見上げると綺麗な少し欠けた月が浮かびあがり、その光に照らされ小さくうずくまって泣いている少年を見つけた。青紫銀色の髪が揺れ、夜蒼の濡れた瞳がこちらに向けられる。

    「ルナイ!」
    「あ…クレタ? …クレタ! 約束守ってくれたの? ね、戻って来てくれたの?」

     ルナイはオレに飛び付いてきた。
     そして、まだ涙で濡れた顔でオレを見上げて言った。

    「僕、喉乾いちゃった」

    オレは大事に持っていた革でできた水袋をルナイにそっと渡した。


     
  • 第25話 KKモントレイユ

     ルナイ・ロメルは水袋に満たされた『始まりの泉』の水を飲む。
     クレタ、ハレー、ルーナジェーナ、そしてスファレが、その幼い少年を見守るように見つめた。
     乾いたルナイの喉を、身体《からだ》を水が潤す。

     ドクン……

     何か大きな鼓動が、そこに居合わせた者たちの五感を超えた感覚に共鳴した。
     一瞬、全員が『森の響き』かと辺りを見回した。しかし、それは音ではない『なにか』だった。
     ルナイは目を閉じ、喉が、身体《からだ》が潤うのを感じるようにもう一口飲んだ。

     ドクン……

     ……ドクン……

     ルーナジェーナとスファレが、ルナイを見つめながら一歩後ずさりして森を見回す。

    「クレタ、ありがとう」

     ルナイは水袋をクレタに返した。
     今まですすり泣いていたルナイの表情は消え、クレタにやさしく微笑んだ。
     クレタもルナイにやさしく微笑み返して聞く。

    「ルナイ……君は、誰なの? そして、今までの森の怒りにも聞こえていた【音】と違う。この鼓動のような『何か』……ここにいる全員の心に直接響いてくるような……この響きはなんなの……」

     ルナイはみんなの方に目を向ける。

    「聞こえてるよね。みんなの心に響いてるよね。森の喜び」
    「何が起こるの?」
    「そろう」
    「え?」

     そのとき、まるで空気から溶け現れたかのように一人の男が現れた。
     その男を包む黒。その『黒』を私たちは見たことがない。
     それは『真《しん》の黒』……今まで私たちが『黒』と思っていた色はこの色ではなかった。赤の要素も、黄の要素も、青の要素も、白の要素もない。
     色の要素が何もない。色の要素が『ゼロ』の『黒』だ。
     すべての光を吸収し、何も反射しない『黒』……
     こんな『黒』を見たことがない。
     私たちは普段、目にする黒を『黒』と言っているが、どうやら、すべての色や、光を、吸収する『真《しん》の黒』を目《ま》の当たりにしたとき、人はそれを『色』として『認識』することすら困難であるということを実感した。

     その男はそんな黒い瞳と黒い髪を肩までなびかせている。スッとした端正な顔立ちはどこか女性的な美しさを併せ持っている。他の黒と対照的に肌は透き通るように白い。そして、飾りも何もない魔法使いのような黒のローブを身に纏っている。この男が身に纏うすべてのものが、その『真《しん》の黒』である。

     そこにいる全員が不思議な感覚に陥る。この『真《しん》の黒』に包まれると、人の視覚から別の世界に封じられたような錯覚に陥る。

     その男はハレーの方に向き静かに口を開いた。
    「私は黒の国の者だ。ダークエルを救ってくれたのだな。ありがとう。礼を言う」
     どこか声まで透き通っているような感覚を覚える。
     ハレーは頷きながらも、この一言から察して一歩後ずさりした。

     先程ダークエルの時、勇気を振り絞り、全力を尽くして彼女を救った。
     しかし、今、この男を前にして本能が警鐘《けいしょう》を鳴らしている。
     これはヤバいやつだ……これはダークエルの比ではない。
     やっとダークエルを救ったところで、また、黒の国から、とんでもないやつが出てきた。

     隣にいたスファレが呟く様に言う。
    「『真《しん》の黒』そんな『黒』を操れる者は『黒の国』にも、ただ一人……この男はダメだ……この男を敵に回したら、無理だ……」

     スファレは自分を落ち着かせるようにして記憶を辿る、
    「そなたは黒の国の真なる王ミカエル・ヌーヴェル・リュヌと見受けたが、それに間違いはないか」

     ミカエルと呼ばれた男は静かに頷いた。ヌーヴェル・リュヌは月の『新月』を意味する。

     スファレが続ける。
    「驚いたな。私も……いや多くの者が、その姿を見たことがなかった。黒の国に『真《しん》の黒』を操る王がいるというが、そのような王は存在せず、やはりダークエルこそが黒の国の王位継承者ではないかとの噂もあった……そなたに会えて光栄だ。この森の鼓動は、そなたに共鳴しているのか?」

     ミカエルは俯《うつむ》き、微笑みながら首を振る。
    「まさか、ここは聖なるムーンフォレストだぞ。ムーンフォレストが、一《いち》、黒の国の王に反応することがあろうか? 黄の国のスファレ女王。ムーンフォレストのルーナジェーナ。そして、赤の国の王位継承者になるであろう者も、そこにいるようだが……この森の鼓動は……ハレー、もうすぐ、そなたの国の王も来るのではないか?」

    「え?」

    「ムーン・フォレストを統《す》べる主《あるじ》となる者を各国の王が見届ける。そのために、すべての王が集結した。そのことに森が喜び、皆の心に共鳴しているのではないか? どうかな? ルナイ、もう感じているのだろう。青の国の王が森に辿り着いていることに」

     ルナイは静かに頷いた。アルテミスが嬉しそうに高く飛び、遠くの方を探すようにぐるっと旋回した。

     そのとき、馬に乗った数人の男が到着した。
     気が付いたハレーは喜びに目を輝かせ、その中の一人、白い馬に乗っている男のところに駆け寄って行った。
     サファイアのような澄んだ深い青の服に身を包んだ男の下《もと》に行くとハレーはかしずくように頭を下げた。
     その男はクレタと同じくらいの年だが、まぎれもなく青の国の王だった。ひらりと馬から飛び降りハレーの肩をポンと叩いた。
    「ハレー、いろいろ苦労かけたね。お疲れ様。そして、ありがとう」
     ハレーの目に涙が浮かんだ。

     散らばっていた王がそろった。

     ドクン……

     森は何かを待っているように静かになった……
  • 第26話 月森乙

    「待ちわびたよ、アズール」

     ミカエルが小さな笑みでその者を迎えた。

    「遅れてしまい、申し訳ない。わたしが青の国の国王、アズール・フィン」

     皆は視線を交わし、小さく頷き合った。

     その時だった。

     ミカエルの出現によって薄い墨を引いたような闇に沈んでいたこの森がわずかに揺れ始めた。
     ルナイがわずかに地面から飛び出した土の上に立った。落ち着いたまなざしでクレタを促す。

     クレタはルナイをしっかり見つめ返し、その前に歩み出た。アルテミスが静かに近づいてきてその肩に止まる。クレタはアルテミスに優しいまなざしを向けたあと、表情を引きしめた。

     そして、手に持った月の剣を、少し切っ先を下げるようにして自分の前に突き出した。

    「ここに誓う。世界の統一を担う赤の国王、クレタ。天からの力を享受し、ムーン・フォレストを統べる主としてこの座に就き、この森をさらに発展させることを」

     それを聞いたルーナジェーナが一歩前に足を踏みだす。その手に剣が現れた。その剣を差し出し、切っ先をクレタの剣に重ねた。

    「ここに誓う。世界の始まりをつかさどる白の王、ルーナジェーナ。この森に根をおろし、この森の王となることを」

     次に進み出たのはスファレ・ライト。同じく剣を合わせる。

    「ここに誓う。世界の広がりをつかさどる黄の国王、スファレ。森に平和と共存をもたらすことを」

     となりに並んだのはアズール。

    「ここに誓う。世界の川や空をつかさどる青の国王、アズール。森の全てをつなぎ、この森に水を行き渡らせること」

     そして最後に進み出たのはミカエルだった。

    「ここに誓う。世界の深淵の闇をつかさどる黒の国王、ミカエル。皆に寄り添う影となり、それぞれの色を際立たせて森の繁栄を助くることを」

     すべての剣が切っ先が合わさり、円になった。


    「よみがえれ! ムーン・フォレスト」


     クレタが剣先を天に向けると、白、黄色、青、黒の者たちも同じように剣先を天に向けた。五本の剣の切っ先がそろった時だった。

     その剣の先に光がともった。その光は次第に大きさを増し、闇に沈んでいたこの森をまばゆく包んだ。

     この森が光で満たされた、その瞬間。

     クレタの胸に下げられた月の紋章が、ひときわまばゆい光を放った。その光は空中で大きな渦となり、そして、さらに強く明るい光となって後ろに立つルナイの体を包んだ。

     そこにいた全員が、息を飲んだ。

     ルナイは、うれしそうに笑った。

    「ありがとう。みんな……」

     その言葉も終わらないうちに、ルナイの姿は消え去った。

     そして。

     大きく明るい光の中に小さな芽が現れた。
     それは次第に大きく太くなり、枝を生やし、美しい葉を茂らせた。小さかった芽は、見る間に成長を遂げ、美しく立派な若木へと成長した。

     光が静まり始めた。

     最後の光の一筋が消えるのを見届け、クレタが剣をおろした。皆も同じように剣を柄にしまった、その時だった。

     優しい風が皆の間を吹き抜けた。ふと顔を上げると、風が頬をなでた。その心地よさにそれぞれが思わず目を閉じたときだった。

    「ありがとう」

     女性の声が頭の中に響いた。それは……ダイアナだった。

    「これでようやくわたしは自分の責務を終えることができました。皆で力を合わせ、これからもムーン・フォレストを守り続けるのですよ……」

     風がおさまった。
     クレタは目を開いた。皆も同じように目を開き、自分の立っている場所に気づいて息を飲んだ。

     そこは、森の中だった。美しい大木を中心に、輝きを取り戻した森。その土の上に立っているのだった。

    「母上……」

     クレタが小さくつぶやいた時、最後にもう一度優しい風を額に感じた。

     それが、母を感じた最後の瞬間だった。

  • 第27話 西しまこ

     クレタたち五人の王は、ムーンフォレストの新しいシンボルとなる、美しい大木を見上げた。ルーナや白と金色の光を纏ったドラゴンもクレタたちのそばに寄り添っていた。

     クレタは月光のような髪を揺らすルーナジェーナに微笑みかけて、言った。
    「ルーナジェーナは白の王だったんだね」
    「ええ。ムーンフォレストの番人とは、つまり白の王のことなんです。それは同時に森の王をも指します。白の一族はかつて、森の王と称し、ムーンフォレストの主《あるじ》をも自認していました。しかし、時の流れの中で、ムーンフォレストは主《あるじ》を自ら選ぶようになったのです。王家の血を引くものの中から。そうして白の王はムーンフォレストの番人としての役割を果たすようになっていったんです」
    「それはどうして?」
    「ムーンフォレストの記憶を受け継ぐと、自ずと分かると思いますよ」
     ルーナジェーナは晴れやかな笑顔を見せた。

    「おい、あれを見ろ!」
     王たちが口々に言った。
     見上げると、頭上に美しい光の球体があった。
     それは何色にも見える、玉虫色のまばゆい光で、揺らぎながら優しい光を辺りに放っていた。
     ふと気づくと、その玉虫色の球体の下には清らかな泉があった。
    「【始まりの泉】だわ!」
     ルーナジェーナが驚いたように言う。
    【始まりの泉】が姿を見せたと思ったら、突如として厳かな神殿がクレタたちの目の前に現れた。
    「これは……新しい、ムーンフォレストの神殿か!」
     黄の国王スファレが感嘆したように言った。
     その新しい神殿は荘厳で美しく、白を基調しとした色にうっすらと玉虫色の光を帯びていて、不思議な魅力のある建築物だった。
     クレタは何かに導かれるように、その神殿の中に入って行った。ムーンフォレストの番人である白の王ルーナジェーナ、黄の国王スファレ、青の国王アズール、そして黒の国王ミカエルは、赤の国王クレタをじっと見守った。

     クレタが神殿の中に入ると祭壇があった。
     祭壇に触れると、クレタの胸元の月の紋章は眩しい光を放ち、神殿の天窓から空へと昇って行った。そして同時に、クレタの手にしていた月の剣も光を放ち、空へと昇って行ったのだった。
     月の紋章も月の剣も、空にある美しい玉虫色の球体に吸い込まれた。
     球体はゆらゆらと膨らみ、そして玉虫色の光を放出し、その光は世界を覆っていった。
    「愛《めぐみ》が!……森の愛《めぐみ》が降り注いでいるわ……‼」
     玉虫色の光を見ようと外に出たクレタに、ルーナジェーナの歓喜の叫びが聞こえた。
     そのとき、クレタの脳裏に古い神話が聞こえてきた。
     これは――ムーンフォレストの記憶?
     神話は謳うように波打つように、クレタの中で鳴り響いた。
     そしてクレタは同時に、ムーンフォレストに教えられた、母とルナイがうたっていた歌を思い出していた。

     なにもない世界に、白が落ちた。はじまりの白。
     目がさめる黄は、古きよき友人まねいた。
     赤は、心の臓の音。生きるものたちの希望をせおってる。
     黒は月のうらがわの色。うつくしさに吸い寄せられる。
     青はなんにでもなれる。なんでもうつす水の色。
     かきまぜましょう。かきまぜましょう。五つがまざれば、何色になる?

     ――分かった、とクレタは思った。
     わらべ歌にはいつでも真実が語り継がれている。
     五つの色が混ざるとどうなるか。ムーンフォレストが、王家の血を引く者から主《あるじ》を選ぶわけも。
     そうか、そうだったんだ。

     拡散されて行く玉虫色の光の中で、ドラゴンは歓びの舞いを舞っていた。
     ムーンフォレストの番人とそれぞれの国の王は、新しい森の生命の息吹の中で、緑の空気と風と清浄な水と、光の優しさとを感じながら、ムーンフォレストが放つ愛《めぐみ》に圧倒され、声を発することが出来ないでいた。

    「黄の国のスファレ女王、青の国のアズール王、黒の国のミカエル王、そしてムーンフォレストの番人にして、白の王ルーナジェーナよ。みなで力を合わせたことで、ムーンフォレストは蘇った。感謝する……! 五つの色の力が必要だったんだ」
     クレタは各王に頭を下げた。
    「これで、平和と共存がもたらされようぞ」
     とスファレが満足げに息を吐きながら言って、ドラゴンに手を振った。
    「全てが繋がれ、水も行き渡ることでしょう」
     アズールがハレーと顔を見合わせて笑い合いながら言った。
    「黒は光を吸収し、そして放出するんですよ。光と影は表裏一対で同じものなのです。この愛《めぐみ》の光はきっと繁栄をたすけましょう」
     黒髪に黒い目のミカエルはクレタの肩に手をやった。
    「クレタ、ありがとう!」
     ルーナジェーナはクレタに抱きついて、言った。
    「ルーナジェーナ、分かったよ、オレ」
    「――うん」
    「クレタさま。この先、まだ試練がありますよ?」
     ルーナが言った。
    「でも、きっと力を合わせれば乗り越えていけると思う」
     クレタは月光の髪を靡かせ、夜蒼の瞳に強い光を湛えながら言った。
     きっと――



     はじめに混沌ありけり。
     月の雫が落ちて、混沌に光生まれたり。
     混沌は生命の源。影は光。両者は同じものなり。
     
     光は色をつくり出せり。
     月の雫は白くまばゆい月長石《ムーンストーン》となりて森《ムーンフォレスト》の礎となりぬ。
     そは、はじまりの白とぞなりにける。
     白から、黄が生まれ赤が生まれ黒が生まれ、青が生まれたり。
     
     白の一族は、森《ムーンフォレスト》の王となりて、その後番人とぞなる。
     森《ムーンフォレスト》の主《あるじ》は各々の国の王族から森《ムーンフォレスト》が選びしものを。
     始まりの白、広がりの黄、統一の赤、深淵の黒、繫がりの青。
     異なる種が重なり合うことで、美しき光、何色にも見える光が生まれ出づることを識《し》れるためなり。

     はじまりの白、目がさめる黄、希望の赤、月のうらがわの影の色の黒、なんにでもなれる水の青。
     五つが混ざり合い溶け合い、手を取り合えば、大地を潤し緑を萌えさす愛《めぐみ》の光もたらされん――



      「ムーンフォレスト」 はじまりの章――ムーンフォレストを継ぐ者  了

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