これもまた特典にはならなかったもの。
特典に書いたお話も楽しんで頂けるものになっていると思います。よかったらそちらも読んでやってくださいね。(MFブックスさんは後で過去の特典ショートストーリーだけ買える仕組みもあるんだそうですよ)
ある日の正直屋の仕事終わりのこと。スサーナは全力で遠い目をしていた。
島では、というより、ここでは、ハレとケというやつが前世よりもしっかりしている。
皆、どんな真面目そうな人であれ、むしろ真面目だからなのか、お祭りは全力で取り組むのだ。生活にメリハリを求めるからなのか、お祭りの回数もだいぶ多い。
だが、まさかこんな行事があるだなんて思ってもみなかった。
思い出す。
前世において学生生活を送っていた際。
川べりに等間隔に並ぶカップルの前で奇行に走り、雰囲気を破砕するのが趣味、とかそういう難儀な性質のナマモノの知り合い達が定期的に嗜んでいたゲテ食なる行為。これは大体それと同レベルのものなのではないだろうか。
もしくは――これは素直にとても愛する者がいるという話なので、失礼な物言いになるけれど――ハギスを食べる会だとか、スールストロミング喫食会だとかの一側面。
ところで羊の内臓肉は地域的に普通に食べるようだし、発酵魚食もないわけではないので、そのあたりはこのあたりではあまり悪ふざけには利用できない気がする。
「どうして叔父さん達ははしゃいでいるんでしょう……?」
スサーナが遠い目でつぶやき、見ているのは深皿の前ではしゃぐお店の男の人達である。
時間は夕食時。夏に毎年頼む料理人さんに来てもらい、お店にもついている台所に入ってもらっての夕食だ。
仰々しく運ばれてきてぱかっと蓋を開けられたお皿の中に入っているのは、ずどん、とした大型のヤツメウナギに似た魚が煮られて渦巻状に何匹も巻かれている代物だ。
なにか素敵なスープになっていたり具が凝っていれば見過ごせる気もするのだが、何故かそれは魚だけが透明な煮汁に浸っている代物である。目の位置が妙に後ろにあるせいか、なんとも落ち着かない見た目にてらりと皮がゼラチンで光る。脇に並ぶ穴状のエラが妙に目立つ。
スサーナはやつめうなぎにさほどの悪印象はないし、ワイン煮にすると美味しいだとか、蒲焼もいけるだとかの知識もある。つまり、きっと美味しい魚なのだと思うのだが、男の人達のはしゃぎ方はまごうことなくゲテモノを目の前にしたそれだ。
――伝説のうなぎゼリーってこんなふうだったんでしょうか。いや、筒切りにしてあるだけ……ミントが添えてあるだけ……うなぎゼリーのほうが……マシ……?
「今の時期に捕れる大きな魚にくっついて取れてくるのがあのフトヤツメなんですよ。」
これだから男は、的な、いつまでも子供なんだから的な目をしてスサーナに教えてくれたのはブリダだ。
なんでも、あの魚は今の時期捕れる大型の魚に獣に蛭がつくように張り付いて血を吸うので、商品価値がどすんと落ちる。そのうえ魚に張り付いて血を吸っているその見た目が恐ろしい、というのであまり好かれていないのだそうだ。しかし食べられはするらしく、この日に食べる伝統食みたいな感じになっているのだそうな。
「海のお祭りの日ですからね。そうやってよい魚ばっかりが取れるようにサーインに捧げる、ってことに……まあ、なってますけども」
「なるほど……。あの、一応聞いてはみるんですけど、あれは普通のお魚なんですよね? 魔獣じゃなく……」
「やだ、お嬢さんったら。でも、口なんか魔獣がこんなんだ、って言われたら納得しそうな形をしてますよねえ。でもご安心してください、普通のお魚ですよ」
ちなみに、|ランプレア《ヤツメウナギ》はそれはそれで存在しており、それはそれで美味しく食べるらしい。スサーナのイメージ通りそっちは高級魚である。近縁種でも受容の仕方が違う、ということであるようだ。
――まあ、サイズはヤツメウナギというよりウツボみたいですものね……。ちょっと普通のときには食べづらいかも。それでも、美味しかったら歩留まりも良さそうだし高級魚の代用にもなりそうなのに、そんなに美味しくはないってことなんでしょうか。
「あれは食べるのはなんで年に一度だけなんです? にょろっとしたよく似たお魚は春の風物詩だって、貴族の方々が喜んで買ってくってお魚屋さんが言ってましたけど」
「大味なんですよ。それに、あんまり沢山食べると体が痒くなったり吐いたりするんだそうです。ちょっとなら八目鰻とおんなじで、目にいいんですけどねぇ……。」
なるほどビタミンA過多。スサーナは納得しつつ、なんだか男の人達と同じノリではしゃいだ料理人さんが持ってきた次の器の中身を遠い目で眺める。
二皿目の中にはエイの子がソテーにされて入っている。三皿目はケヤリムシの油煮だ。
本日、春のはじめの海のお祭りの日。この日の別名は「タイラーの日」。
今日の夕食には、なにやら上記のゲテモノ……島基準でもゲテモノである魚料理を食べる、という。
食べるのは魚料理ということになってはいるが、集まりによっては獣の目玉だとか山羊の生殖器だのを食べたりもするらしく、実態はなんとなく悪ノリ系パーティーだ。
「……サーインも、捧げられても困る気がするんですけど。」
海の祭日は実のところ島では月に2度ある。年に20回以上あるのだから、一度ぐらいゲテモノデイがあったとしても神様も怒らない、ということなのだろうか。
一応実在なのだから、あんまり変なものを捧げると困惑とかしてしまわないだろうか。
スサーナは叡智神の精神衛生を心配したりしつつも、男性たちが囲むテーブルまで辿り着き、首を伸ばして皿の中を覗き込む。
前世日本人的にはギリギリフトヤツメはいけるだろうか。魚を結構しっかり食べるこの地域であるので、全然下処理なしでイギリス名物料理的な生臭さを誇る、ということは多分無いはずだ。多分。
子エイのソテーはちょっと見た目は衝撃的だが、カスベのソテーだと思えばいけるかもしれない。内蔵がしっかり取ってあればアンモニウムに襲撃されずに済むはずだとは思う。ケヤリムシは見た目が完全に無理なやつではあるものの、前世似たようなゴカイ類を食べる文化はあったはずだとは知っているのでがんばれないこともない、はず。
いや、食べずに済めばそれに越したことはないのだけれど。
「……ええと。これを食べる……行事なんですよね? 一口でも食べたほうが良いんでしょうか……?」
一応、何らかの祭事であるということであるようなので、やっぱり参加せねばならないのだろうか、と静かに覚悟を決めたスサーナに、微妙にいたずらっ子めいた、というべきか、度胸試しをする若人を見る目をする男性陣と、やだお嬢さん、と叫ぶブリダ。叔父さんは一瞬度胸試しノリの目になったものの、何らかの葛藤の後に穏当さが勝ったらしく、スサーナの前に勧められかけた皿をいやいやと制止して首を振った。
「どうしても食べなくちゃいけないものじゃないし、食べて直接ご利益があるものでもないから、無理をすることはないよ」
「そうですよ、お嬢さん。こんな悪ふざけして喜ぶのは悪ガキみたいな人ばっかりなんですからね!」
「む。そうなんです? でも、行事ではある……んですよね?」
「うーん、行事、どうかなあ……」
さてどう説明しよう、という顔をした叔父さんが顎を撫で、それから説明しだしたことによると、「タイラーの日」のタイラーさんというのは昔の海賊であるらしい。
部下に裏切られて小舟で流されたタイラー氏が漂流し、どこだかに生きてたどり着いたのが海の祭日、つまり大潮の日で、なんだかそれを偲ぶというのか、あやかるというのか、彼が漂流中に食べたというものを食べよう、というのが行事の意図だとか。
「運の強さにあやかろう、というふうにも言うけど……、これ、実話じゃなくて、冒険譚なんだよ。昔すごく流行ったんだそうだ」
「なるほど……?」
スサーナはとりあえず、ぐりとぐらの日にカステラを作るみたいなものか、と納得する。
なんでも、昔の食べ物屋さんがその流行った物語の日付がわかるシーンにこじつけて料理を出したのがこの風習の始まりなのだとか。
「……じゃあ、最初はこの内容をお店で?」
「最初は山羊の焼肉と蒸留酒とか、そういう感じだったらしいけど、僕の子供時代にはもうこういう感じだったかな……」
「フトヤツメはこの時期よく上がりますし、値段も安いですからね。漂流中に食べてた話があったのはこっちだろう、と。俺のガキの頃に流行って、そのまま根付きましたね」
中年の従業員の一人が笑う。
そういうノリであるため、お祭りに真摯な島のお家で行うというものではなく、主に独身男性によって開催されるものであるらしい。
――バーンズ・ナイトみたいなものなのかなあ。
「男どもに付き合うことなんかないんですからね。普通のメニューも用意してありますから。」
お店でこの手の催しが開催されるようになったのは果たして18年ほど前。叔父さんが10歳でお店に入った際に、その手の行事に憧れても、お家は結構な女所帯であったためにゲテモノなんてと絶対に開催されることがなかった叔父さんを喜ばせるために行われたものであったという。
スサーナの前から引かれた皿を、完膚なきまでに排除して言うブリダにのんびりと様子をうかがっていたお針子達が笑う。
「私たちはこっちを食べましょうねー」
「海賊の真似事はあっちに任せておきましょ」
海のお祭りの日の定番である貝のスープと、フトヤツメに食害される方のカジキのソテーが別のテーブルには取り分けてあるのはそういうことか。わかってやっているのだからギブアップした男達が欲しがってもこの普通のメニューを与えてはいけない、と言われつつ、スサーナは行事の元になったおはなしに思いを馳せる。
――どんなお話なんでしょうね。恋愛でひたすら詩を読むシーンがないなら、読んでみたいかも。
少年だった叔父さんがどきどきして読んだ物語の本なんて、それは読んでみたいじゃないか。
もしかしたらうちを探せばどこかにあるかもしれない。スサーナはわくわくと意気込んだ。
結局おうちに本は見つからず、残念だったと講で話した結果、アンジェに物語好き認定されたのをスサーナは知らない。
この一件が貴族のお茶会に連れて行っても良いと判断される遠因となったのだが、そんなこと、このときのスサーナには知るよしなんかないのだった。