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書籍化記念SS「スサーナとポテトチップス」

特典にお出ししなかったものです。
書籍には他に書き下ろしもちょっとありますので、ウェブ版を読んでいただいている方にも新しく楽しんで頂ける、はず!

お察しのとおり、先二本が一巻、後の二本は二巻のボツぶんにあたります。


◆12歳の夏から秋の間の出来事◆

「えっ」
 スサーナは静かに驚愕した。
「本土では……ジャガイモをそのまま食べないんです!?」


 きょとん、としたお嬢様たちと向かい合うのは、侍女もどきばたらきなセルカ伯のお屋敷、レティマリが普段過ごしている部屋だ。

 今日のごはんのメニューについて先程連絡がやって来て、その中にマリアネラのお気に入りのじゃがいも団子がある、と聞いたのが発端だ。
 ――そういえば、こっちだと普通にじゃがいもは広まっていますし、貴族の方も普通に食べておられるんですよねえ。
 こちらでは、と言うべきか、この土地ではと言うべきか。南米由来のバニラやチョコ、コーヒーはないが、トマトやじゃがいもは普通にあるのだ。
 正確にはじゃがいも類似の芋、と言うべきであり――スサーナが脳内でじゃがいもと変換するところの芋を指す単語以外だと、フォロスの拳などとも呼ばれる――、前世のじゃがいもと完全一致なのかはわからないものの、ナスの仲間と思われる葉と花を持つ根茎類はこの土地にも本土にもよく広まっているようだった。
 ――なんというか、間違いなく魔術師さんたちの采配っていう気はするんですけど、着目するものとそうでないものの違いを感じるような気もする……
 魔術師達が広めたのではないかとスサーナが考えている食べ物やらは純粋に嗜好品!というものは少なく、多種の利用ができそうだったり、効率的に栄養摂取ができそうだったり、なんというか実用に傾いている気がする。
 まあ、すごく単純にこちらではナス科の植物が普通にそういう進化をして、コンキスタドールが荒らし回らずともそういう形の植物があったのかもしれないけれど。
 ――カカオにもとても可能性を感じてくれればよかったのになー。
 常々そう思っているスサーナはいつものように植物移入の選択性に無念を感じつつ、レティシアとマリアネラの好きないも料理だとか、本土で一般的なメニューなんかのことをお嬢様たちが教えてくれるのを聞いていたのだ。
 マリアネラが好きなのはいも団子。つまるところニョッキめいた食べ物で、小麦粉と潰したいもを混ぜて親指状にまとめて茹でたパスタだ。レティシアが好きなのはなんとじゃがいものサブレ。日本人的感覚だと少し驚くものの、別に甘くしてはいけないというルールもないので、もしかしたら美味しいのかもしれない。

 ――しかし、本土のジャガイモ料理は基本的には原材料として原型がなくなった状態で扱う、という感じなんでしょうか?貴族の方々だからかな。
 そんなふうに思ったのは、じゃがいも生地でチーズを包むとか、細かくした野菜を混ぜる繋ぎにするとか、小麦粉を練った生地の代わりみたいに扱うレシピが多そうだな、と思ったところからだ。スサーナはなんの気無しに問いかける。

「本土ではじゃがいもをそのまま料理する料理って少ないんですか? 例えば、そのまま焼くとか。」
「まあ、あれってそのまま食べられるものなの?」
「え。」

 きょとんとしたレティシアのつぶやきに驚いたスサーナがよくよく聞いてみると、原型を保った芋はあんまり出てこない、どころかほぼ見ないレベルであるようなのだ。
 ――え、なんでなんです? お芋のあの形が粗野っぽいとか、垢抜けないとか、そういうこと?
 驚きが持続したままそのままお昼の時間になり、お嬢様たちと食事をしても良いスサーナは、お嬢様たちへの配膳の準備を手伝いつつも手伝いにやって来た他の侍女にその話をしたりする。
 回答は意外なところからやって来た。

「あら、島じゃじゃがいもを食べる時、水にさらさないの? 皮を剥いて細かくして水に晒してアク抜きしないと、しぶくて食べられないものになってしまったりしない?」

 侍女の一人の言葉にスサーナはああーっと内心手を叩いた。
 ――ソラニン!!! いえもしかしたらタンニンも!
 島の外では長期貯蔵したじゃがいもを食べるのが普通なのか、それとも冷暗所にしまわないのか。もしかしたら島のジャガイモよりタイプ:ワイルドな品種なのかもしれぬ。島でも多少アク抜きをしたりもするものの、ベイクドポテトなどを作成する際にはそこまでは気にされないのだ。
 お嬢様たちよりもジャガイモ存在を普段気にかけていると思われる侍女によれば、ジャガイモはスライスして水に晒す、千切りにして水に晒すなどをした後に調理され、炒めたり煮たりする際にはややシャキシャキ系の野菜として認識されるらしい。
 ――なーるーほーどーなー!!

 地域差によってかくもお野菜の受容は変わるのだと深く納得しつつ、島のジャガイモ料理などについてややスサーナには珍しくお嬢様たちに話し続けたところ、どうやらそれはある種けしからぬ注意を引いてしまったらしい。

「ねえスサーナさん、その揚げたジャガイモの話、気になりますわ」
「ええ、スサーナ。島のお芋って、そこまで言うほど美味しいの?」

 キラキラした目のお嬢様たちに両側から詰め寄られ、スサーナはハッと口をつぐんだ。

「あ、いえ、手づかみで食べるようなものですし、貴族の方々が食べないようなものだとは思うんですけど、そのう」

 調子に乗って話しすぎたスサーナは、うっかり話さなくて良いことまで口を滑らせてしまったのだ。
 そう。悪魔の誘惑食品、ポテトチップス。

「ねえ、スサーナさん、自分で作れるのでしょ? こっそり作ってくださる? 食べてみたいわ!」
「わたくしも! スサーナがそれだけ熱を込めて話すのですもの、美味しいものだってことはわかりますもの!」
「ええとあの、そのう……」
「あっレミ! 今すぐ油と島のお芋を買ってきて頂戴な! こっそりね!」

 レティシアの突撃を受けたレミヒオくんが目をまんまるにするにいたり、スサーナはこれは逃れられないぞ、とそっと観念するのだった。


 数時間後。厨房で、スサーナはどうしてこうなったのかな、とほのかに遠い目をしていた。
 当然、目の前には油を満たした小鍋と、魔術師伝来技術だとかいう触れ込みの切れ味のとても良い包丁で薄切りにして少し水に晒したジャガイモも揃っている。
 ――まあ、なんと申しますか。なぜかポテトチップスって結構後世まで世の中にはなかったらしいですし、こちらでも見ませんし、興味を引いてしまう可能性はあったんですよ、ね……。
 でも、薄切りの芋を重ねてオーブン焼きにすることはあるとか聞いたので、おもわず連想してしまったのだ。
 ――手でつかむようなはしたない料理ですし、あまり受けすぎずがっかりされすぎずぐらいの塩梅だといいな……。
 ポテチはうっかりドハマリされたりすると、なんだかこう色々とよくない気がする。健康とか、美容とか。
 まあ、同レベルで油を使う油煮も一般的であるし、この世界、どうも迫力のあるむちむち体型も結構評価されるっぽいので、良し悪しなのかもしれないが、ともあれ。

 諦めて、いい具合になった油に、水を切って布巾で挟み、水分を取ったポテトを入れる。しゃわしゃわと気持ちのいい音を聞きながらしばし。きつね色手前、泡が消えて、水が飛んでカリッとしたけれど焦げすぎない、というところを狙って取り出す。
 揚げ物が非常に一般的な風土であるので、熊手のような取り上げ網があるので楽で良い。

 とりあえずちょっとした山盛りになるまで揚げ続け、油を切って、いくらかずつに分けたポテトチップスに藻塩と、セロリシードと乾いたパセリを混ぜた塩、塩気を強くした溶かし香草バターとチーズをそれぞれ掛け回す。
 ――多分、うま味調味料があればもっといいんですけど。まあ藻塩でもいけないことはないはず。
 おうちに帰れば、こっそり自作して常備してある干しきのこ干しトビウオ干し昆布を粉にして炒って塩と合わせた謎旨味粉もあったりするのだが、流石にそれでわざわざ帰る気もあまりしないスサーナだ。
 それぞれの皿を持って、お嬢様たちの待つ部屋に大急ぎで戻る。

「えーと、どうぞ。うまくカトラリーでは食べづらいと思うんですけど、手で食べていいものなので……」

 特に本土貴族流のカトラリーだと、フォークは二股、もしくは三股なので間に挟むというのもやりづらい気がする。トング状の箸めいたものも島では使うこともあるのだが、この家では見たことがないのでポテチトングで快適にという風にも行かないだろう。
 スサーナはお嬢様たちが手で食べられないのではないかと気を回したが、熱々のポテトの取り回しに苦労しているものの、特に忌避感もなさそうにさっと手で食べだしたのであれーっと当てが外れたような気持ちになった。
 スサーナはだいぶ後に知ったことではあるのだが、食べ物を扱う時にカトラリーを使いたがるのはむしろ魔術師たちの習慣に影響された島の住人たちのほうが強固で、貴族たちであってもそれなりに手を使って飲食する習慣は残っているらしい。

 一番最後に揚げたまだ熱いぶんを手に取ったレティシアが、あちあち、と指先で摘んで歯で咥え取る。

 かしゅっぱきっ。

 パリカリカリ、と噛んだレティシアはもう一口口に入れて、そこでしっくり来たらしい。ぱっと顔を輝かせる。

「おいしい!」

 溶かし香草バターとチーズを選んだマリアネラの方はもうすこし理解しやすい食べ物だったらしく、こぼさないように注意をはらいつつも満足そうな表情でカリカリもぐもぐしている。

「揚げすぎているのじゃないかと思ったけれど……美味しいわ、なんでかしら……」
「なぜかしら、味がないのに塩だけで美味しいし、だんだん甘いし、かりっとからもふっとになるのだわ……」

 美味しいものは糖と油と塩。宇宙の真理だ。お嬢様たちにジャンクフードを教えてしまった、とスサーナは少し遠い目になったものの、まあ本を読みながらだとか、ソファでゴロゴロだとか、コーラと合わせてだとか、そういう食べ方をこちらで出来るわけではないし、本来は肉の付け合せなのだ、という虚実相交ざる説明をしておいたので少女たちの美容と体重は守られた、はずだ。
 それに、別の日にこういうものが食べたい、とリクエストされたお屋敷の料理人は厚切りのしんなり揚げを錬成して、お嬢様たちにコレジャナイの顔をさせていたので、それ以上にお嬢様たちがポテチにはまり込むということはないはずだ。……ポテトフライもやっぱりなかなかに罪深い食べ物ではあるわけなのだが。

 ところで、罪深いジャンクフードにうっかりはまり込んでしまったのはお嬢様だけではなかったらしい。
 その日、油と芋を買いにやらされたレミヒオくんにあれは一体何だったんですか、と問われたスサーナは、お疲れ様の気持ちを込めつつも、こういうものを作ったのだ、という証拠品として残りのポテトチップスを渡してみたところ、試しに口に入れたレミヒオくんがなんだかキラキラした目をした挙げ句にそこそこの量をその一回で黙々と食べきってしまったので、細身でしなやかな美少年の肥満被害を起こさないようにそっと自戒をせざるを得なかったのだった。

2件のコメント

  • 供給が多くて幸せw

    スサさんの気付きからの納得が結構好きです
    そうそうって頷いちゃう

    そして危険なものを世界に出しちゃったんだな~w
  • キラキラした目をしてポテチ食べるレミヒオくん可愛いですね
    第三塔さんだったらどんな反応するんでしょうね…?
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