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書籍化記念SS「スサーナと初めてのお客様」

10歳の出来事。特典SSに入らなかったものです。



 塔の諸島では、服というのは大抵仕立て屋がオーダーメイドで仕立てるものだ。
 もちろん、吊るし売りに近い半仕立て上がりも色々あるし、職人に頼まず各ご家庭で縫われる服も一般的ではあるが、概念として、服というやつは裁縫師が腕を振るうものである。

 そして、一人前の仕立て屋となった証拠、と言われるものに「客がつく」というのがある。
 どれほど上手かろうが縫製のブレの範疇に留められる顔のない有象無象から、名前をもって売る替えのきかない誰かに脱皮する、ということ。
 縫製の確かさ、デザインの一工夫、どれほど体にしっくり来るか、布の目利き、色のセンス。理由は様々ながら、素晴らしいドレスメーカーは、是非にその誰かを、と名指しする客がついているものだ。

 というのがおばあちゃん、それとその下につくお店の皆の持論で、皆、誰かの記憶に残る仕立て師になろうと日々研鑽を積んでいる。

 とはいえ、スサーナはその点ちょっと異端で、スサーナがなりたいのは一点ものを作る華やかなドレスメーカーよりも、水夫達の服を縫うだとか、決まった規格の服をたくさん作る時、素早く量をこなしたい時に力を借りる縫製所のほうにお勤めの皆さんに近い。
 才能とセンスでやっていくよりも、堅実にお仕事をして食っていくほうが想定の将来像には見合っている気がするのだ。スサーナは叔父さんとブリダが経営者になった正直屋の末席で裏方で気楽にやっていきたいと思っている。
 もちろん縫製所の彼らは手の速さや正確さでは人後に落ちず、あまり属人性のない(ということになっている)仕事をする顔のないプロフェッショナルであり、就業形態もちょっとややこしく、おばあちゃんたちとはまた別種のプロ意識に支えられた存在であるので、スサーナの望むところと完全一致しているわけではないのだが。

 そんなわけで、名のしれたデザイナーになんかなる気はさらさらないスサーナであるのだが、なぜだか本日、叔父さんに呼ばれてお店に行ったところ――今日はスサーナはお店に顔を出す日ではない――、

「喜べスサーナ! すごいぞ! 君を指名してお客が入ったんだ!」

 大喜びの叔父さんに駆け寄られ、足元にきゅうりを発見した猫のような顔になったところである。

「私を? あ、フローリカちゃんです……?」
「そうじゃないさ。うちに関わりがある誰かじゃなく、純然たるお客様だよ。誇っていいぞスサーナ、うちじゃ最年少の「お客付き」だ!」

 なぜだか指名を受けたというスサーナより舞い上がっている叔父さんを落ち着かせつつ――お嬢さんが困っているじゃありませんか、とブリダがうしろあたまをぺてんとひっぱたいてくれた――話を聞いたところ、事情はともあれこんなことであるようだ。

 偶然お店にやって来た御婦人が、店先に飾ってあったスサーナのカットワークヴェールに興味を持ち、似たものがほしい、と言ってきたのだという。
 それならもう数件あった話ではないか、とスサーナは思ったものだが、ここからがちょっと違う話らしい。
 ヴェールのレプリカ、ということではなく、同じ技法を取り入れた服が欲しい、ということであるそうな。契約式にスサーナが着ていたドレスも、叔父さんやおばあちゃんの機転でヴェールと揃えた意匠を入れてくれた部分があるのだが、大体そういうものを求めているらしい。
「それだけじゃないんだ。あのデザインを、ということじゃなくて、あれを作った裁縫師に、同じテイストのものを……っていう注文なんだよ。」
「なるほど……。でも、あのヴェール、作ったのは皆でのようなものですし、素敵なところはみんな叔父さんの手ですし。叔父さんを指名しているというほうが正確なのでは……?」
 スサーナは首を傾げる。第一、服を、と言われても、今のスサーナに裕福な御婦人が欲しがるようなドレスを一着そのまま仕立てる技量はない。つまり、お受けするなら叔父さんか、女性ものの服、ということで二番目に手伝ったブリダの担当とするか、すべきはどちらかだ。

「ああ、うん、心配しなくても、スサーナが受けてくれるなら、モリーナ夫人……ご注文をくれたのがモリーナ夫人という方なんだけどね、そちらにはブリダがついて全体のデザインと縫製は取り仕切るよ。」
「なら、なおさら、どうして私のお客ということになるんでしょう……?」
 スサーナの首の傾きは一層深くなったが、その理由はすぐに叔父さんから説明があった。
「それはね、スサーナ。スサーナじゃなければ出来ない仕事が含まれてるからさ。あの穴を開けるデザインの勘所を知ってるのは君だけだろう?」
「うーん……でも、あのデザインも叔父さんがだいぶやってくれましたし、私だけと言われてもピンとは来ないですけど……」
 納得行かない気持ちでいっぱいに一度はなったものの、あのテイストが欲しいというお客様であるからして、ほかの誰かが手掛けたものである場合、求める「あの」では無くなる可能性が高い、というのは一応わからないでもない。
 スサーナはカットワーク部分のデザイン素案を作る、というおしごとは謹んで頷くことにして、しかし自分のお客という概念にするのはよくなく、担当者なしのお店の仕事としてほしいしちゃんと叔父さんとブリダに監修してほしい、と力強く主張した。
 担当者なしのおしごとについてはなんだかとても残念そうに叔父さんがしていたのが謎だったが、やはり名前を出すことでちゃんと出来る裁縫師と勘違いされては良くないし、名前を出すというのは責任を負うことでもあるのでしょう、といえばふとプロの目になってたしかにそうだね、と頷いたので少しホッとしたスサーナである。

 ――さて、とはいえ、一体どういうデザインをお求めなんでしょうね。
 主につくのはブリダとして、スサーナもお客様がご来店の時に――お家に呼ばれるのではなく、お店に来て採寸や調整をするタイプのお客様だ――助手として色々手伝うついでにさり気なく聞き取りをさせてもらえるようにお願いして、当日。

 お客様にお茶を出したり姿勢補助をしたりしつつ、まるでそういうチェック事項があってそれを読み上げている、というふうにお客様の希望を聞き出したスサーナはふうむと腕を組んでいた。

「軽やかさ、というより、派手好みな感じ……? 情報量が多いのがいいんですかね……。」
 当初は襟や裾にカットワークで上品めに抜きを入れようと思っていたのだが、話を聞いた感じ、けっこうしっかりカットワークを入れ、さらに刺繍と組み合わせるやり方のほうが良さそうだ。
「……花の形とかを抜くのは刺繍に入ったりしちゃうんでしょうか。しっかりなにか象るのはやぶ蛇があるとまずいのでやめておいて……」

 悩んで、それからスサーナは少し考えを変えることにする。
「胸元を模様で抜いて……後、袖に入れて、スラッシュと併用して下の布を見せるのの二段構えを提案してみましょうか。」
 多分成立はあちらとは違うのだろうが、こちらにも袖の合わせ目などをスラッシュにするという様式はあるようだ。高価な布を切るのがステータスになるのかどうかは分からないが、そこで袖に使う高価な布地をちらりと見せる範囲を広げるのも悪くないだろう。
 それから脇身頃にカットワークを入れてちょっと大胆にするというのも手だ。スラッシュを入れるほど大胆には出来ないものの、ちょっと冒険したい、という服には悪い手段ではないのではないか。スサーナの感覚とすれば、大胆さと上品さはそこそこよく釣り合っているという気がする。薄いものにせよ、アンダードレスは身につけるのだし。
 胸元は抜きの大きさを変えながら模様を描き、入る予定の刺繍――今年の流行りのデザインだ――に合わせて少し抽象的な花や葉模様にも見せつつ、下の肌を見せる広い面積をとる形に。
 袖はマムルーク・スリーブ的に段々にギャザーを入れたのちに、一段おきにカットワークを入れる形だ。繰り返しの半円の内側にスサーナのヴェールに少し似た楕円の端を尖らせた、ちょっと孔雀の尾や花房にみえる模様を入れて、スラッシュで見せる下の布地を目立たせつつ、全体的にもちら見せしていく様式にする。脇身頃は胸元と共通の模様をメリハリを少し下げつつ入れる。
 とりあえず監修の叔父さんとブリダ、後は叔母さん達に見せて意見を仰ぐべきだけれど。スサーナはデザイン画を丁寧に描き、提出して意見を仰ぐことにした。
 ちょっとプロっぽいな、とワクワクした、というのは秘密である。

 この世界のスタンダードに詳しい大人たちの会議を経て、次のご来店の時にモリーナ夫人に差し出されたデザインは、なかなかの好感触でモリーナ夫人に受け入れられたようだった。

「こういう新しいデザインはやっぱりオンラードさんだわあ。貴族の流行りだとか、異国の流行りだとか、一番に取り入れてた先代さんですものねえ。」
 だからこそ一番のご贔屓なのよ、と全面的な期待の言葉とともに夫人は帰っていき、なんだかとても上機嫌になったおばあちゃんが褒めてくれたので、スサーナはちょっと誇らしかった。

 お手伝いしてくれるお針子たちにカットワークステッチの縫い方を説明し――とはいえ、半分うろ覚えのそれをなんとかふわふわとお出ししたものを、実際縫った叔父さんやおばあちゃんが洗練させたので、そう前世で呼ばれたものと一致するのかはちょっと不明だ――ついでに、なんとなくの現状のデザインの勘所も説明しておく。次の注文が来てもし流行ったら、これで皆がカットワーク技法の衣装をお出しすることができるようになるはずだ。

 その年、その一枚のドレスの注文を皮切りに、カットワークを使ったデザインはオンラードじるしのデザインとして、じわじわと定着した、と思われる。
 叔父さんはなんだか残念がっていたが、理屈さえわかれば簡単なものなので、スサーナの独壇場とはいかず、お店共有の技術として皆がそれぞれ洗練させていくものとなった。きっとそのうち、スサーナが前世由来の知識で認識していたものとも違う、驚くようなデザインが出てきたりするだろう。

 自分の手からすっかり離れたなあ、とほのぼのしつつ、連続模様の隙間を抜くのは前世のレースのイメージに一段と近くて良い、などとカットワークの魅せ方を考え続けていたスサーナはそれでもちょこちょこお針子達や叔父さんをそそのかして新しいデザインを流し込んだりもする。大きな抜きやランダムな抜きはそこまで理解が生まれなかったが、連続模様の刺繍の隙間を抜く行為は受けたようだったし、夏物でそうするのは涼しいとサマードレスに取り入れる奥様たちがいたことは嬉しい誤算だ。

 ――そういえば、魔術師さんたち産のすごく薄い布があれば、エンブロイダリーレースもいい感じに出来るのでは?
 ふと気づき、よりレースレースしたものを流行らせるために覚えておこう、と思うスサーナだった。その手の技法を思いつく限り組み合わせれば、もしかしたらより繊細で華麗な編みレースが流行するときが来るかもしれぬ。

 試してみよう、と思ったものの、向こうが透けて見える癖に強度がものすごく、軽くて強いシルクっぽい魔術師メイドな布は貯金優先なスサーナのお小遣いではちょっとどうにも手が出ない価格であったため、いつか裕福な船主さんなんかから評価されて、そういう布地での注文がないかなあ、などと思っているスサーナである。

3件のコメント

  • 自分の手柄じゃないことにこだわるスサさんw
    最新話あたりのオンラードの皆さんとかフローリカちゃんとか
    島の様子とかも覗いてみたいですね

    きゅうりを発見した猫の顔想像中
  • ドレスのデザインのあたりイラストで見てみたいですね…
    そして足元にきゅうりを発見した猫って(笑)しっぽブワッってなってそうですね
  • 本編は話の進みから、お裁縫話やお料理会はどうしても遠のいてしまうため。
    SSでこういうお話が読めるのは非常にうれしいです。
    書籍化とても楽しみにしています!
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