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パリィヌ工場の朝は早い その3 ※本日二回目の更新です!

 午前中の授業が終わり、食堂で昼食を済ませると、パリィヌたちは教室に一旦戻って席に着いていた。本来ならば昼休憩はまだ続くはずだが、返上せねばならない理由があった。午後からイギリスの姉妹校との合同教習があるということだ。
 冬の教室内には静かな熱が渦巻いていた。窓一枚を隔てて、これほど熱気と寒波に差があっては、突然の竜巻の発生も危ぶまれるだろう。その証拠に何名かのパリィヌは、股間が上昇気流に乗っていた。
それを見てヒトヨは馬鹿らしいと思う。嫉妬だと自分でわかってはいた。
 教官が教室内に現れ、パリィヌたちの全員が揃っていることを確認した。そして講堂へと向かうように指示を出す。
 パリィヌたちはぞろぞろと歩き出した。道すがらの私語厳禁は普段からのルールであったが、こういった際には必ず破られることになる。いくつかの小さな声が、規律のない足音の裏に隠されていた。
 講堂には紅白の垂れ幕がかかっており、用地にはイギリス国旗が並んでいた。そのために教官たちのイギリス式の正装も、いくらか厳粛さに見えた。
 まだ姉妹校の面々は到着していないようで、斎藤教官がマイクを使わずに声を怒鳴らせて、「教室ごと、教室ごとに並べぇ」とパリィヌたちに指示を飛ばしている。ヒトヨとニイナとテオは迷うことなく、いつものように高等部二年のエリアに入ると、簡素なパイプ椅子に腰を下ろした。
「やあ緊張するね」
 そう言ったニイナは平静そのもので、いつもどおり柔和な表情を浮かべている。ついさっきまで教官どもに犯されていたようには見えなかった。
「どいつもこいつも浮かれてるな」
 ヒトヨは周囲をぐるりと見渡し、苛立ちを隠そうともしていなかった。
「そりゃ浮かれるよ。だって生の女の子とこれから対面するんだからさ」
「普段から男同士で、それ以上のことヤってるだろ。いまさら緊張するなんてどうかしてるな」
 そこにテオが食い気味に割り込む。
「男と女じゃ全然違うよ。彼女たちには、ついてないっていうじゃないか。ぼくはもう他人のペニスはお腹いっぱいなんだよ」
 ニイナそれに頷いて同意する。
「いつも豚の腸詰を頬張っていれば、たまにはアワビも食べたくなるよね」
「うん、ヒトヨはまったくおかしいよ」
 それからヒトヨは、二人が女性器について話し合うのを聞いているだけだった。しかしそれも長く続かず、気が付けば、講堂内の音はいつの間にか自然音だけになっていた。それはまるで、次の瞬間にもイギリスからの客が入ってきそうなほどに。
 実際にイギリスの姉妹校が入場したのは、それから十五分後だった。斎藤教官の合図でパリィヌたちは起立し、講堂の入り口のほうへと体を向ける。
 押し扉が開いて後光の中、一糸乱れぬ行進で入ってきた少女たち。その制服と髪の毛は、イメージカラーである白で統一されていた。
 パリィヌ文化の輸入元となった、イギリスの誇りあるロリィタ文化。その中でも権威あるホワイト・ディックス・ハウスは、純真無垢なロリィタを売りにしている。
 名称にスクールやファクトリーでなく、ハウスが用いられているのは、ロリィタの歴史背景に原因があるからだ。所属する少女たちは全員が孤児で、保護という名目で集められている。しかし在籍できるのはジュニアハイスクール卒業までだ。そこから先は特別な職員としての登録が必要になる。身寄りのない彼女たちは住む場所を確保するために、それにサインをする。
 イギリスのロリィタ文化は、日本とは違い設立から一貫しての国営だ。そのために様々な機関と横の繋がりがあり、そこを横断するのがロリィタという特別な職員だ。
 彼女たちはその契約を結ぶ際に、戸籍を抹消することになる。これは複数の機関を横断する上で必要とされていることではあるが、実際には人権を無視するためだという都市伝説がまことしやかに囁かされている。というのも、ロリィタに施されている特別な処理が原因だ。
 性交に免許が必要なのは、女性の内臓には女特有の毒素がため込まれているからだ。イギリス政府は、これを取り除く方法を持っていると公式に宣言した。
都市伝説ではこの方法は非人道的なものだとされている。そのために孤児の少女たちに戸籍を抹消させ、人権を奪っているのだと。
 この都市伝説は半ば公然の秘密のように扱われており、イギリス政府もまた否定していない。この曖昧な態度はロリィタとの性交の安全性を、逆説的に保障することになった。
 医学的な問題である性病がクリアされれば、次は宗教的な問題だ。これにイギリス聖教会は公式でこう述べている。

 人権を持たない者の女性器に男性器を挿入することを、セックスと呼べるわけがない。

 女の毒と人権を持たないロリィタは、今日も世界でパリィヌと射精産業のシェアを競い合っている。だが両者は潰し合うわけでない。リバプール合意からは技術交換や市場拡大についての意見交換が行われるようになり、工場とハウス間で交流を持つようになった。
 そして今日パリィヌ工場に来ている一団は、イギリス領キョウトに派遣されるロリィタたちだ。彼女たちは日本語を完全に習得しており、演習のために来ている。
 並ぶロリィタたちは規則正しく、軍隊のような行進の練度を見せながら、人形のような印象を発していた。
 それを管理する中年の女性、ミセス・グレーはロリィタの列に入らずに、パイプ椅子の間を歩いていた。ロリィタたちからはメイトロン、あるいはシスターと呼ばれる存在で、パリィヌ工場の教官とほぼ変わらない役目を持っている。
 黒い修道服はドレープ感があり、フードは白く縁どられていた。そこから覗くのは枯れた金髪で、眉は手入れがされておらず、鷲鼻と相まって色事を知らない清楚さがあった。だがその実態は、夫婦間性交の禁を破って左遷されたシスターだ。
 斎藤教官のおじぎに対して、ミセス・グレーは十字を切ってから胸の前で手を組んだ。腰をやや前傾させていたが、それでも斎藤教官より背が高かった。
『どうやら普通の人間らしいな』
 配慮が足りないその様子から、ヒトヨはそう予想した。だがそもそも工場の教官も、元パリィヌというわけではない。
 そこから双方の挨拶が順繰りに行われ、今日という日を祝う工場長の言葉などを聞き、お互いの工歌(あちらは讃美歌)を披露しあうと、一時解散となった。
 講堂から出ていく白い少女たちはあれだけの人数なのに、まるでひとつの糸によって繰られているようだった。明らかにパリィヌよりも数段上の集団行動の練度。それに拍車をかけているのは、全員が白髪に白い制服で揃えている点だ。
 ロリィタたちがすべて講堂から出ていくと、パリィヌたちもまた集団退場を行った。ヒトヨはなんとなく、自分たちの足音がいつもより揃っているように感じた。
 そうして自分たちの教室に戻ると、机や椅子がなくなっており、いくつかのパーテーションが室内を区切っていた。自分の見知った場所が知らないうちに誰かによって姿を変えられていると、言いようのない不快感がある。ヒトヨたちはそれぞれ適当にその場に立ち尽くし、これから起こることに興奮したり不安になったりしていた。
 いつの間にか教室内にいた教官が、黒板を強く叩いた。すぐに全員の注目が集まる。教官は手に持っていたプリントを、教卓の上に置くと、「読め」と言った。
そこには、このあとの合同教習の内容が書かれていた。
 毎年恒例、高等部三年時の大きなイベントとして有名だったので、だいたいのことは全員が知っていたが、プリントにある文字を目でなぞった。
 そこにはパリィヌとロリィタでペアを作り、プレイヤーとホストに別れてロールプレイ演習を行うと書かれていた。注意書きとして、本番行為は禁止と添えられている。本番行為とは男性器を挿入することだ。
 プレイヤー側は自分がどういう客かを設定し、それに見合った振る舞いをする。ホスト側はそれを見抜き、適切なサービスをする。これを一日目と二日目で役割を交代して行う。
 パリィヌはロリィタの亜種なので、技術は似通っている。しかし方針が違うために様々な点で異なっている。それをお互いに勉強するという、伝統的なイベントにしては実利のある内容だった。

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