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情緒的な文章と理詰めの文章

最近は思うように筆が進まないので、執筆手順を変えてみたり、過去話を読み返して文体を見直したりしております。『宝永の乱』は34話(仮)まで更新したら一旦休載しようと思っています。筆が進まないうちにリメイクの案がまとまってしまったので、先にそちらを書きます。区切りとしてもちょうど良いので。

さて、今日は文体の悩みをちょっと綴ってみます。
まず『宝永の乱』を執筆するにあたって私が最も影響を受けているのは、『NARUTO迅雷伝』(小説:東山彰良)と『アルスラーン戦記』(著者:田中芳樹)です。
これは『宝永の乱』が能力バトル×軍記物だからそうなったのだと思います。特に『迅雷伝』の方は、『宝永の乱』がナルトの二次創作をもとにした作品であること、小説を書こうと思ってから初めて読んだ小説であることからも、かなりの影響を受けています(書式は全て東山先生に合わせています)。
もともと私は文章を書くのが苦手だったので(書く力<<<読む力だったこともあって、やたら書くのが遅いです)、話の組み立て方などは主にこの二つを参考にして、見よう見まねでなんとかやってきました。しかし最近、このままのスタイルで本当に良いのかと考えるようになりました。
参考にしている二つの小説は全く違う作風です。『迅雷伝』は一人称ということもあってか、文章は情緒的で、語り手の内面がよく描かれています。一方『アルスラーン戦記』は三人称で軍記物ということもあってか、理屈っぽい印象です。この正反対とも言える二つを同時に参考にするのは難しいんじゃないかと思うのです。
視点の切り替え・文体の切り替えさえうまくできれば全然問題ないとは思うんですけどね。でもやっぱり『宝永の乱』は漫画原作から作り始めたものなので、視点の切り替えが激しかったり、会話の間の取り方が小説と違ったり、難しい点はたくさんあるのかもしれません。

いずれにしても、もう一息です。本当は第1部にあたる50話まで書いてから休載にしたかったのですが、仕方ありません。続きを書くのは一旦休んで、その間に自分に合った書き方を模索していきます。

2件のコメント

  •  お久しぶりです。月ノ瀬です。
     今までの近況ノートも、リアルタイムずっと読んでいたのですが、「癖のありすぎる私が何か言って、かき回してしまったら申し訳ない」と思い、読むだけで書き込みはしませんでした。
     執筆について、だいぶ悩まれているご様子です。大丈夫でしょうか。
     休載を考えてらっしゃるとのことで、気になってしまい、今回は書き込みいたします。

     企画のあとで更新されたエピソードは、「少し書き方が変わったな」と思っていました。
     近況ノートを読んで、悩んでらっしゃることも知っていたので、納得の行く変化でした。
     登場人物にスポットを当てた書き方になりましたよね。ナマオさんは人物を中心に魅せていきたいとおっしゃっていたので、とても良いのではないかと思っていました。
    (だから、調子が良いのではないか、と思っていたので、休載のお知らせに驚いたのでした)

     私は『NARUTO』は知りませんが、『アルスラーン戦記』は既刊分は全部持っている(はず)です。(あまりにも新刊が出ないので、最新刊は出ても気づいていない可能性もあり)
    (本棚の奥にしまってあるのは分かっているけれど、)最後に読んだのは、十年以上も前だと思います。(新刊でないし)
     けれど、特に第一部は、かなり印象に残っています。

    『アルスラーン戦記』は、おっしゃる通り、理屈っぽいとは思います。文章も硬いです。
     けれど、実は「キャラクター小説(というのでしょうか。個性的なキャラクターで引っ張るタイプの小説です)」なのではないかと、私は思っています。
     登場人物が実に人間臭く、いいところもあるけれど、駄目なところもしっかり書いてあります。美男美女ばかりですが、セコかったり、残念だったりします。(詳細は忘れてしまいましたが、食べ物が無駄になって「もったいない」とか)
     人物の魅せ方も、「黒衣の騎士」と書いたら、ダリューンを指す、と決まっています。黒いマントの人物は他にいくらでもいるでしょうに、これはもう決まりなのです。このキャラはこうなんだ、という作者の強い意志を感じます。

     文体はナマオさんの目指す『宝永の乱』向きではないかもしれませんが、キャラクターの魅せ方は目指すものに近い気がするんです。
    (そして、初めにアルスラーンと旅をした仲間たちは非常に印象的でよく覚えているのですが、十四翼将(でしたっけ? 十六という説もあり?)として後から出てきた「たくさんの仲間たち」は覚えていません。参考になるのは、初めの仲間たちの書き方だけだと思います)

     文章の書き方ですが、漫画原作ですと情景描写のような絵で表現する部分はどのくらい書くべきなのでしょうか。
     絵がつくので、文字では書かなくてもよいのでしょうか。
     それとも、小説を読んで「それを絵にする」から、文字から絵を描くことができるくらいに細かく書くほうがよいのでしょうか。
     この、どちらかによって、まったく違ってくると思います。

     私は過剰なほどに描写を入れます。それは私がそういうものを書きたいから書いているだけで、あまり一般的ではないと思います。
     文字が多いだけで、物語の展開が遅くなり、読者に嫌われます。読者を増やそうと思ったら、やらないほうがいいような気がします。
     しかも、楽に書けるのかといえば、決してそんなことはなく、たった一文の情景描写に四時間かけたこともあります。
     人物の動作のほうが、書くべきことが明確で、書きやすい。ましてや台詞のほうが、もっと筆が進みやすいです。それこそが「いいたいこと」だからだと思います。
     はっきり言って、情景描写を書かないほうが先に進むと思います。

     私はネットで小説が投稿できる時代よりも前に執筆を始めたので、空行を使いません。使えないのです。
    「空行はどう入れるのか」と、ある人に尋ねたところ、「カメラワークの切り替えのタイミングで空行を入れる」のだと教えて下さいました。
     私は、「カメラワークの切り替え」のために、『描写』を入れることをずっと試行錯誤してきました。空行のない文化で書いていたので、それが必要なことだったのです。
     私の書き方では、描写でカメラを切り替えるので、描写は不可欠です。そして、空行が入ると、カメラワークが多くなりすぎて間が抜けてしまいます。だから私には、空行を使うことができないのです。
     けれど、ナマオさんの場合だったら、ひょっとしたら上手な空行の使いた方をすれば、楽に書けるかもしれません。

     取り留めなく、すみません。
     しかも、偉そうにすみません。
    『宝永の乱』は、ナマオさんが大切になさっている物語です。納得の行くように、大事に育ててください。
     頑張ってください。
  •  私の近況ノートへの書き込み、ありがとうございました。

    『宝永の乱』が『アルスラーン戦記』と相性(?)が悪い、というのは、「一歩離れたところから見ている、神の地の文」だったんですね。少し勘違いしていたみたいです。すみません。
     確かに、あの地の文は、ちょっとしらける(といっては言い方が悪いかもしれませんが)ところがありますね。「○○(キャラクター名)が、大変な状態なのに、なに悠長なことを言っているんだ?」と感じたこともあった気がします。

     三人称は、三人称神視点と三人称単視点、三人称多視点に分かれる、のだったと思います。
     そういう「物の本」をしっかり読んだことはないので、受け売りですが(私は、本当に子供の頃から書いていたので「物の本」というものの存在すら知らずに、我流が出来上がってしまったのでした。今更、「物の本」を読む気になれない、我流に愛着のある良くない作者です)。
     文法的には、三人称で書くのなら神視点が「正しい」ようなことを聞くのですが、読者として読むと、単視点、多視点の「キャラクター目線」のほうが、キャラクターと一体化して物語を楽しむことができる気がします。
     作法的に「正しい」に拘る必要がなければ、『宝永の乱』は三人称多視点(影狼以外のキャラクターにスポットが当たることもあるので「多視点」)がふさわしいような気がします。

     私自身は、文法的には、かなり「違法」なことをしています。
     一応は、神視点を目指すつもりではあったのですが、「ここを神視点にしたら、しらけるよなぁ」というところは、あえて、キャラクター視点にしてしまっています。

     暑い……。
     汗が滴る。
     喉はからからなのに、とっくに水筒は空なのだ。
     ○○は、忌々しげに太陽を睨みつけた。

     即興で書いてみましたが、こんな感じでしょうか。
    「暑い……」は、○○の心情そのものです。本当は地の文で書いてはダメな書き方で、「」が必要なのかもしれません。でも、口に出して言っていないので、私はそのまんま書いてしまいます。こういうとき(かっこ)を使う作者もいますよね。
    「汗が滴る」は、神視点だったら、「○○の額からは汗が滴っていた」でしょうか。主語を抜いてしまっているんですよね。
    「喉は……」の文は、神とも○○目線とも言えない、でしょうか(?) どちらかと言うと、○○が文句を言っている感じがします。心情が出ている、というか(と、いうつもりで書いています)。
     最後の文は、たぶん、神視点です。

     神視点とキャラクター視点が混じっています。
     良くないです。
     でも、私はそうしたいから、そうしています。そのほうが、伝えたいイメージが読者に伝わると思うので。(公募に出すのならNGかもしれないけど、私は自由に書くんだい。というスタンスです)

     すみません。自分のことを語ってしまいました。

     ナマオさんの目指すものを考えると、文法的に正しいことよりも、自分のイメージが伝わりやすいことのほうが大事なのかな、と思います。
     ……なんて、すみません。
     もう、ナマオさんはご自分の方針を決めてらっしゃるんですよね。
     休載していても、その間に、どんどん腕は上がると思います。私はN年休筆していましたが、再開時には腕が落ちるより、むしろ上がっていました。書いていなくても吸収するものがあるのだと思います。
     ひょっとしたら、肩の力を抜いて、自分の本当に「これを書きたいんだ!」という気持ちを高めたほうが、自分の書きたいものを書けるようになるかもしれない、なんて思ったりします。
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