某出会い系アプリでとある女性と出会った。
悠々と歩き、待ち合わせの駅に着いた。
夏の暑さと高い湿度、休日に集まる人々の数。
そのどれもが思考を奪う。
予定よりも5分早い。しかし彼女は先に待っていた。
半袖の白いシャツに青いハーフパンツ、小さなカバン。
小柄な身体、大きな瞳に白い肌、幼さが残る顔。
写真で見るよりも整っていて、機械を通して話すより人懐っこい人だった。
小腹を満たすために簡単な食事とアイスを食べた。
水族館でゆらゆらと揺れる魚や綺麗な生き物に癒やされた。
時刻は夕方、外は明るい。
彼女はお礼にと家に招いてくれた。
オートロックと監視カメラ、女性の一人暮らしには持ってこいのセキュリティ。部屋の中は小綺麗で、机の上にあったメイク道具と制汗剤を見ると、彼女は恥ずかしそうに片付けていた。
それから彼女の手料理を食べて夜を過ごした。
朝方になって眠たげな瞼を擦る。
気だるい身体が億劫だ。
今日も休みとはいえ、仕事の準備をしておきたい。
彼女を起こし、帰りの準備を整える。
そんな僕の腕を、彼女は突然掴んだ。
強く握られた手首が軋む。鋭い大きな瞳に震える自分の身体が写っていた。
状況を理解出来ぬまま僕が硬直していると、
彼女は反対の手を徐ろにベット下へと伸ばす。
固唾を飲んだ。いや、乾いた口では飲み込めない。
細い腕と握れば壊れそうな指、
そんな手で彼女が取り出したのは「刃渡り30cm」。
薄暗い部屋の中でゆっくりと取り出されたその凶器に胸が高鳴る。エアコンの効いた部屋で、汗が滲み出る。
彼女は聞いた、「帰るの……?」と。
僕はその問いに答えること無く前蹴りを入れた。
正直、それしかなかった。
手荷物をくしゃくしゃに持って走る。
無我夢中で走った。鉄の味が口いっぱいに拡がって横腹が痛くなった時、立ち止まった。
彼女の姿は……無かった。
その後は警察に相談し対応をお願いした。注意もほどほどに、内容はあまり覚えていない。
今振り返ってみれば殺す気は無かったと思う。監禁などを目的とした強迫。それに近いものだと感じたからだ。
しかし皆さんも考えてほしい。
僕が寝ている間に何かされていれば終わっていた。
男女逆の性別であれば抵抗は虚しかった。
人は出会いを求める生き物だけれど、
夏の暑さや冬の寂しさに惑わされないでほしい。
台所に立ち、野菜や肉を切る。
僕の手に握られた刃物は人の命を奪うことも出来る。
貴方の近くにもきっとあるはず……「刃渡り30cm」が。