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【閑話】願書

「はぁぁぁぁ……」

 モーフィスは机の上に並ぶ願書を眺めると、あまりの情けなさに深い溜息を吐ついた。

「ふふふ、毎年願書の時期になるとギルド長は溜息をついていますわね」
「笑い事ではないぞ。見るがいい、この願書の内容を!」
「はいはい。もうお爺ちゃんはすぐ怒るんですから。え~と、ふ、ふふっ、あははは!」

 エッダは願書を一つ一つ開き内容を読むと、耐え切れなくなったのか珍しく大声で笑ってしまう。モーフィスに睨まれてもエッダは笑いを堪えきることが出来ずにいた。

 しかしエッダを責めるのは酷と言えるであろう。なにしろ願書の内容が内容であった。

C受付嬢:私が二階受付担当を希望するのは、自身の成長のためです!
 鑑定と解析スキルは今年中にレベル4にしてみせます!
 高位冒険者の応対をすることにより、自身の成長を促し、さらなる冒険者ギルドへの貢献を約束します!

F受付嬢:あたしが二階異動希望なのはぁ。ぶっちゃけ高位冒険者とお近付きになるためでもあるんだけどぉ。それよりなによりぃ、ユウちゃんね♡寧ろぉユウちゃん専用にしてくれませんか? ぶっちゃけ他の汗臭い冒険者とか勘弁~おねしゃす♡

A受付嬢:ユウくんかな。
 一階の冒険者達はなんか臭いはキツイし、文句ばっかりだし、態度は悪いし、それに比べてユウくんは紳士で良い匂いがするし、ユウくんが持って来てくれる差し入れのお菓子なんて、カマーの貴族通りにある高級菓子店で食べたクッキーより、何倍も美味しいんですよ?

R受付嬢:まぁ、ユウね。あの子の担当になれるのなら一階、二階どちらの担当でもいいわ。
 他の理由は……ないわね。

他の受付嬢たちの願書より――――一部抜粋

 ユウちゃん、ペロペロ。
 ユウくん~養って。ううん、私が養うわ!
 ユウくんのいない一階なんてギルド長の頭みたいなもんよ!
 エッダさんの魔の手から、ユウちゃんを守れるのは私しかいない!
 二階にはモフなんて雌狐がいるのよ。ユウちゃんの貞操を奪――守れるのが私の使命よ。

 願書の中には匿名の密告書も混ざっていた。

 一階受付嬢たちが不正に利益を得ています。私もホットケーキ食べたかった……。

 Dランク冒険者ユウ・サトウは、近年稀に見る素晴らしい冒険者です。すぐにでもCランクへ昇格させ、一階受付嬢たちの魔の手から救い出すべきだと報告させていただきます。その際は私を専属の担当に任命して下さい。

 この前、エッダさんからホットケーキなるモノを分けて頂いたんですが、なんですかあれは!? ふわっふわで甘くて蜂蜜をかけると天にも昇る気持ちになりました。聞けば一階受付嬢たちが情報を隠蔽し、独占していたとか。これは職権乱用による冒険ギルドに対する裏切りです! あんな……あんな美味しい物をずっと一階受付嬢達だけで独占していたなんてっ!! 懲戒解雇、いえ、死罪が妥当ではないでしょうか? ギルド長なら判断を間違えることはないかと思いますが……。もし、仮に、甘い処罰を下そうものなら残り僅かな髪がどうなるかはわかっていますね?

 私は~み~んなで仲良くするのがいいと思いまーす。でも~、甘~いお菓子を私に黙ってたのは酷いと思いまーす。一階のみんなには~、しばらくユウくんのお菓子は禁止でお願いしまーす。

「ウチの受付嬢共はどうなっておるんじゃっ! エッダ! フィーフィを連れてくるんじゃ!」
「はいはい。わかりましたから、そんなに怒ると髪の毛に影響がでますわよ。あっ、すでに手遅れでしたわね。ほほほっ」
「ぐぬぬっ……っ! エッダ!!」

 怒髪天を突く。いや、突くほどの髪の毛がモーフィスにはないのだが、エッダはモーフィスの怒りを上手く躱しつつ部屋から退避し、フィーフィを連れて戻ってくる。

「ギルド長、私になにか用ですか? 私の勘がもうすぐユウちゃんが帰ってくるって訴えているんで、用があるなら早く済ませてほしいんですけどぉ」

 上司を上司とも思わないフィーフィの態度に、モーフィスの額に血管が浮き上がる。その姿を横で見ているエッダは楽しそうにしていた。

「う、うむ。フィーフィ、願書は見させてもらった。二階に異動希望みたいじゃが、どういう風の吹きまわしかの? 元々、王都の冒険者ギルド長が甘やかして育ててきた一人娘のお前を成長させるため、カマーに連れてきたのはいいものの。お前ときたら能力は高いにもかかわらず、やる気がない、最低限の仕事しかしない、二階は嫌だと一階で適当に仕事をするだけじゃったではないか」
「もうっ! ギルド長ったら、そんなこともわからないんですか? 髪だけじゃなくおつむも足り……あはは、冗談! 冗談ですよ。願書にも書いてあるじゃありませんか。ユウちゃんがCランクになれば二階に行くことになるんで、それだと一階にいる意味なんてないじゃないですか?」

 フイーフィの態度と言葉にエッダが耐え切れずに吹き出すと、怒りを抑え切れないモーフィスが親の敵でも見るかのように睨む。睨まれたエッダは明後日の方向を見ながら口元を手で隠すが、手の平の隙間からは口角が上がっているのが丸わかりであった。

「だ、誰の髪とおつむが足りないじゃとっ!? 王都の冒険者ギルドに帰るか?」
「やだー。ギルド長、冗談じゃないですか。私は王都には戻りませんよ」
「なぜじゃ? ここより王都のほうが発展しておるし、住み心地も良いじゃろう」
「ギルド長、なにを寝ぼけたことを言っているんですか。王都にユウちゃんがいないじゃないですか。呆けるには早いですよ」

 モーフィスの嫌味を軽く往なすフィーフィには、口では勝てないと悟ったモーフィスはもういいと退出させる。その時、アデーレの「ユウくん、帰ってきたよー!」の声が聞えるやいなや、フィーフィはキャーっと甲高い声で叫ぶと走り去って行った。

 憮然とした表情のモーフィスへ、ご機嫌なエッダが紅茶を淹れて机に置く。

「いいじゃありませんか。実際、ユウちゃんが来てから受付嬢たちの職場満足度は高くなっているんですよ?」
「誇り高き冒険者ギルドの受付担当が、子供一人に振り回されるとは情けない話じゃ」

 翌日、モーフィスは人のことを棚に上げてという言葉を、身を以て知ることになる。

1件のコメント

  • 大地の息吹ですねw
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