空を見上げれば、爛々と輝く太陽が突き刺さるように木や川、鳥に虫たちを平等に照らしている。心地よい風が森林を駆け抜け、緑の匂いを運ぶ。
そんな絶好の日和の中、ネームレス王国の上空を飛んでいるのは頭の上には天輪、背には純白の羽を生やした天魔族のトーチャーである。
その表情は一言で現すなら、不機嫌である。
普段は誰も入ってこれない山城の地下深くにある部屋で、ユウからもらった|おもちゃ《・・・・》、とトーチャーは思っている。
そのおもちゃで好きなだけ遊んでいるのだが、さすがにひきこもりすぎた。ユウからたまには部屋から出て散歩でもしてきたらどうだと言われても、トーチャーはのらりくらりとはぐらかし、部屋から一歩も出ることはなかった。そして、とうとうユウによって強制的に外へと放り出されてしまう。
たまには外に出て日光を浴びないと身体に悪い。
身振り手振りでそんなことないと、トーチャーは必死で訴えかけたのだが、ユウには通じなかったのだ。
しばし空の散歩をするも、基本ひきこもりのトーチャーである。精々、山城の周囲をぐるりと周回するのが精一杯であった。
暖かな日差しがトーチャーの美しい顔を照らし、風が頬を撫でながら髪をなびかせる。
本来であれば気持ちの良いものなのだが。
しかし、トーチャーは違った。
忌々しそうに太陽を睨みつけ、風を避けるために地上へと降り立った。森の中は鳥の声や虫の鳴き声、草木が風に揺すられ音を奏でる。それら全てがトーチャーの耳には雑音にしか聞こえず、そして不快にしか感じなかった。
「…………」
無言で固まるトーチャー。当然、自然を堪能しているわけではない。恐怖から身体が固まって動けないのだ。
普段あれだけ残虐な拷問を繰り返しているのに、天魔族という冒険者ギルドが危険視する三大種族の一つに数えられているのに、一人で外にいるのが怖いのだ。
トーチャーは思う。ここは、あの冷たくて誰も入ってこれない石で囲まれた部屋ではない。おもちゃもいないし、ユウも、ラスも、ナマリも、モモもいない。
部屋に戻りたいが、ユウかラスの手助けがなければ、あの部屋には戻れない。そしてユウを見つけてお願いしても「まだダメだ」と言われるのがおちだ。それはラスにお願いしても同じことで、自分が外にいる理由を伝えればラスは間違いなく拒否することが、トーチャーには容易に想像できた。
「…………」
何度考えてもいい案が浮かばないトーチャーは、とうとうその場に座り込んでしまう。
どれくらいそのままでいたのだろうか。地面とにらめっこしていたトーチャーが、ふと違和感に気づく。なにやら視線を感じるのだ。
恐る恐るトーチャーが顔を上げると。
「っ!?」
白いモコモコの毛が特徴的な獣人族の幼女――――インピカがトーチャーの前に座り込んで、心配そうに覗き込んでいたのだ。
「おねえちゃん、おなかいたいの?」
突然のできごとにパニックになるトーチャーであったが、にじり寄ってくるインピカを思わず突き飛ばしてしまう。
「わ~」
コロコロと転がるインピカであったが、止まるとすぐさま起き上がりトーチャーのもとまで戻って来る。
「えへへ。おねえちゃん、天人でしょ?」
「違う」と言おうとするが、ユウやラスたち以外とまともに会話をしたことがないトーチャーは、口を開くことができなかった。なので、首を横に振るのが精一杯であった。
「えー。天人だよ。わたし、しってるもん! おねえちゃんとおなじまっ白なはねの人が――」
否定するトーチャーにインピカが頭がくっつくほど顔を寄せてくるのだが、それをトーチャーが手で押さえつける。
「むににっ。お、おねえちゃん、天人、でしょ?」
「っ!?」
顔を押さえつけられたインピカの顔が変顔になる。それを見たトーチャーが思わず吹き出しそうになって、慌てて顔をそらす。
「ねーねー。なにがおかしいのー? あれれ? おねえちゃん、頭の上にあるのなに?」
トーチャーの頭の上には天輪があるのだが、インピカは不思議そうに天輪を見つめる。
「インピカー」
「どこにいるの~」
インピカがトーチャーの天輪をつんつんしていると、遠くの方からインピカを呼ぶ声が聞こえてくる。
声は段々大きくなり、やがて姿も見えてくる。獣人や堕苦、魔落族の子供たちである。頭や肩の上にはピクシーたちの姿も見えた。
「ちょっと、どこまで行ってんのよ!」
「そうだよー。かくれんぼうだからって、あんまりとおくにいくのはズルいよー」
「うん? そっちのおねえちゃんはだれ?」
「わっ。このおねえちゃん、はねがあるよ」
「ほんとうだっ。でもナマリちゃんとはちがうはねだね」
子供たちが一斉にトーチャーに群がる。
「おねえちゃん、どこの人?」
「なんでせなかにはねがあるの?」
「わかった! ナマリちゃんのおねえちゃんなんだよ」
天魔族を見たことのない子共たちからすれば、トーチャーの容姿は大いに好奇心をくすぐったのだ。
しかしトーチャーからすれば、面識のない子供たちに囲まれるのは地獄以外のなにものでもない。恐怖で動けないトーチャーにできることといえば、その場に座り込んでただじっと耐えることであった。
「あら、トーチャーじゃない」
「こ~んなところで、なにしてるの?」
「あの人族と――――あっ。今日は|海岸《・・》に行ってるんだっけ」
顔を知っているピクシーたちの姿と声に、少し余裕を取り戻したトーチャーは聞き逃さなかった。
「っ!?」
「ぐへぇっ。つ、つぶれる」
ユウの居場所を知っていると思われるピクシーを両手でしっかりと捕まえると、トーチャーは手や羽をバタつかせて詳しく教えてほしいと伝える。
「ちょ、ちょっと! トーチャー、なに興奮してるのよ! 離しなさいって!」
「揺すらないで~。だ、だずげてぇ~」
ピクシーたちがトーチャーの説得を試みるが、興奮してるからかトーチャーの耳には届かない。子供たちは突然のできごとに驚き距離を取るのだが、インピカがトーチャーの背中によじ登って耳を近づける。
「えっとー。ふむふむ」
「ちょっと。ちびっ子、なにしてんのよ」
「おねえちゃんはね。王さまのいるところが知りたいんだって」
「王様って、あの生意気な人族のことよね?」
トーチャーが激しく首を振ると、捕まっているピクシーも激しく揺さぶられる。
「い、い゛う。言うがら、おぇっ。は、はなじて~」
やっとトーチャーの手から解放されたピクシーは、他のピクシーたちに背中を撫でられる。
「あ゛~。じぬかと思ったわ。
もうっ! トーチャー、私たちピクシーはか弱いんだから、もっと優しく、そして敬いなさいよね!」
プンプンに怒るピクシーの頭を、トーチャーが「ごめんね」と言うように撫でる。
「こら~! 子供扱いするな~! 私たちは大人のレディーなんだからね」
「そうよそうよー」
「ほんとにトーチャーはダメな子ねぇ」
反省しているのか、トーチャーは地面に正座して頭を下げる。いわゆる土下座である。
「あれってなにしてるの?」
「きっと、ごめんねしてるんだよ」
「ああすれば、王さまのいるところおしえてくれるのかな?」
「王さまとあそびたーい!」
「おれもー!」
「わたしだって、あそびたいよ」
すると子供たちもトーチャーの真似をして土下座をし始める。その光景にピクシーたちがぎょっ、として慌てだす。
「ちょ、ちょっと! やめなさいって!」
「土で汚れちゃうでしょ!」
「こんなとこ見つかったら、あの人族になに言われるか、わかんないんだよねー」
「言う! 言うから、それやめなさい!」
ピクシーがユウの居場所を教えると言うと、トーチャーと子供たちが立ち上がって全身で喜びを表現する。
「やった! 王さまとあそべるんだ!」
「わーい!」
「はねのおねえちゃん、よかったね!」
トーチャーの首にぶら下がったインピカが話しかけると、トーチャーは無言のまま頷いた。
「あの人族がいるのはね。南の果樹園を通り抜けて、ず~っと先にある海岸よ。
あそこでなんかしてるらしいわ」
「なんかってなーに?」
「なんかはなんかよ」
「へんなのー」
子供たちの純粋な疑問に答えられず、ピクシーたちは逃げるようにトーチャーの頭や羽の上に座りだす。
「でもピクシーちゃん、まえに王さまが子供たちだけで海にいっちゃだめって言ってたよ」
「ふん。私たちを誰だと思ってるの?」
「そう! 私たちは大人のレディーよ!」
「その通り! あと、私はピクシーちゃんじゃなくて、アカネって言ってるでしょうが」
ピクシーたちの中から、アカネと名乗ったピクシーがインピカの頭の上に着地する。
「わふっ。じゃあ、だいじょうぶだよね」
「でもインピカ、海までとおいし、どうやって行くの?」
「そうだよ。おれたち獣人はだいじょうぶだけど」
子供と言っても獣人族であれば、南の海岸までの長い距離を走って行くことも可能なのだが、他の種族の子供たちはそうはいかない。
どうしたものかと子供やピクシーたちが悩んでいると。
「だいじょうぶだよ。わたしにまかせて!」
インピカがそう言うと、思いっきり息を吸い込む。
そして――――
「わおーんっ!」
可愛らしい遠吠えであった。
「わおーんっ!」
さらにもう一度。
しばらくすると、なにやら音が聞こえてくる。遠くの方で土が盛り上がっているのが見え、そのままこちらに向かってくるではないか。
「あーっ! インピカちゃん、もしかして」
「そっか!!」
「やるじゃん!」
子供たちもインピカが|なに《・・》を呼んだのか察する。
そしてインピカの前で大地を突き破って飛び出したのは。
「ぴぃーぴぃー」
「シロだー!」
「シロー、みんなをのせて」
「王さまのところに行くんだよ」
シロは子供やピクシーたちに触手を絡ませる。もちろん喜びを表しているのだ。
「こらっ。シロ、やめなさいよね」
「ぴぃー」
ピクシーがシロの触手を叩くが、逆に喜ばせるようなものであった。
さらにシロは、子供たちの中にトーチャーを見つけると大喜びである。他の者たちと同じように触手を絡ませると、トーチャーはその触手を軽くポンポンと叩く。
「王さまのところにいくよ!」
「「「おー!!」」」
「ぴぃー!」
子供たちを乗せたシローが発進する。
そして同じくシロの上に乗るトーチャーの両脇には、獣人の幼女が抱えられていた。
これを見せれば、ユウも自分がひきこもりのダメな子じゃないとわかってもらえるはずだと、トーチャーは今から会いに行くユウの反応を想像して興奮するのであった。