都市カマーのとある裏通りを1人の男が歩いていた。男は周囲を警戒するかのように何度も見渡し、時には道を戻り、追跡者がいないかの確認は徹底されていた。
路地裏の寂れた扉の前に男は辿り着くと、一定の間隔でノックを繰り返す。もし、この合図を知らぬ者がノックをいくら繰り返そうが、扉が開くことはないだろう。
男が合図のノックをしてから暫く待つと、扉の向こう側から何者かが近付いてくる音が聞こえてくる。
「幼女には?」
「触らない。嗅がない。近付かない」
「ようこそ。同士よ!」
正解の合言葉を伝えると同時に錆びた扉が開かれる。この建物はある派閥が金を出し合って借りている物件であった。出資者には上はAから下はGまでの幅広い層の冒険者たちがいる。中には傭兵や商人、都市カマーの治安を守る衛兵までいた。
男は扉を開けてくれた男に軽く挨拶を交わすと、少し焦った表情で中に駆け足で入って行く。
男が廊下を通り過ぎる度にギシッ……ミシィ……っと床からは悲鳴のような音が鳴り響く。年季の入った建物は見た目に相応しく老朽化していた。廊下を抜けると居間では男の同士たちが熱い情報交換をしていた。
「王都のオークションで、見たものを紙に映すことのできる魔道具が競売に掛けられたらしいぜ」
「な、なんだとっ!? それさえあれば……最高じゃないか!」
「ただ、値段がなぁ」
「いくらだ!? 場合によっては同志たちで募れば」
「白金貨600枚だ。つまり6億マドカだな……落札したのは財務大臣だそうだ」
その言葉に肩を落とす男。隣では――――
「俺さ、昨日レナちゃんから雷魔法を頂いたんだぜ?」
「ばかなっ! 掟を忘れたのか! だ、誰か裏切り者がいるぞ!」
「お前も一昨日、自慢気に言ってたじゃねぇか」
「そうだった」
変態ばかりだった。
居間で熱き語り合いをする男たちを先ほどの男が呼び集める。
「皆、ちょっと集まってくれ!」
「どうした? ムー……おっと、会員ナンバー0007番」
当初3桁だった番号はすでに4桁にまで増えていた。変態の業は深い。全員地獄に落ちればいいのに。
「王都に遠征していた会員番号0721番からとんでもない情報が届いた!」
○ーガいや、会員番号0007番の叫び声のような声に同志たちは只ならぬ様子を感じとり、ムー○の周りに集まる。
「おいおい、我らの中から裏切り者でも出たのか? ム○ガ、いや、会員番号――めんどくせぇ、ムーガ」
「おい、名前を言うな! まあいい。王都の下位冒険者の間で雷鳴の魔女が噂になっているってのは知ってるか?」
「あぁ、何度か聞いたことがあるな。確かDランク迷宮に現れる、箒に乗った魔女……うん? 幼女だったか? 幼女? まさか……!?」
「そうだ! 我らのレナちゃんだ」
ムー○の言葉に男達から動揺の声が上がる。
「まさか……カマーから王都の迷宮まで通っていたとは……それでなにか問題が起きたのか? 向こうの冒険者たちが縄張りを主張してレナちゃんになにかしようってんなら、俺たちが黙っていないぞ」
男の言葉に周りの男たちも賛同するかのように殺気が漲っていく。しかし、○ーガは静かに首を横に振る。
「逆だ。王都の冒険者たちの間で『雷鳴の魔女ファンクラブ』なるものが出来つつあるらしい」
ムー……もういいや。ムーガの言葉に男たちが激昂する。机に拳を振り下ろす者や剣を鞘から抜き出す者、第5位階の黒魔法の詠唱を始める者までいた。
「わ、我らに断りもなく。ふざけるな! そんなことが許されると思っているのかっ!?」
「俺も同じ気持ちだ。あいつら、レナちゃんがどこから来ているか調べているらしい」
「よろしい、ならば戦争だ」
「か、会長! いいんですね?」
「前から王都の冒険者の傲慢さは腹に据えかねていたんだよ。その上我らのレナちゃんに手をかけようなどとは……変態共めっ! レナちゃんの警備レベルを3から5に上げるんだ!」
「応っ!」
むさ苦しいおっさん共が吼える。実に醜い。
「あと……」
「まだあるのか!」
「いや、こっちは俺たちには関係ないんだが。最近『ユウちゃんを愛でる会』ってのが受付嬢と一部の女冒険者の間で、できたとか」
「なんだそれは?」
男たちの視線が集まると、言い難そうにムーガは何度か咳払いをする。
「し、少年に愛情とか執着を抱くみたいだ。つまりユウみたいな少年に性的興奮を覚え――――」
ムーガの言葉が言い終わる前に男たちから怒号が飛ぶ。
「なんだそれは! 変態じゃないか!」
「気持ち悪い! 信じられない変態だな!」
「そんな奴らは衛兵に通報して牢獄にぶち込んでしまえ!」
自分たちのことを棚上げにしてこれである。
男たちは今日も冒険そっちのけで深夜遅くまで幼女に対する熱き議論を交わすのだった。最悪だ。