あてんしょん!
以下の文章は、ゆあん様の自主企画、筆致は物語を超えるか【葉桜の君に】に投稿された奈月沙耶様の作品の、作者さま自身が近況ノートに書いたIFストーリー『ホラーエンド』のあらすじを私が勝手に文章化したものです!
……自分でも書いてて混乱してきたぜ。
元作品
https://kakuyomu.jp/works/1177354054895476122当該近況ノート
https://kakuyomu.jp/users/chibi915/news/1177354054895519594以上をご確認の上ご覧になる方はご覧になってください。
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耳元で声が聞こえた気がして、葉太はがばっと顔を上げる。半そでからむき出しの腕に、こそばゆいものを感じる。
「え……」
目に入って来たのは、赤い糸。右手の小指に、いつのまにか赤い糸が巻き付いて足元へと垂れている。葉太はおそるおそる腕を持ち上げ、その糸をたどっていく。糸は、目の前の古木の根元、黒く湿った土の中から生えていた。
誰がこんなことを……
葉太が声を上げかけた時、冷たい風が吹いて、桜の木の根元と葉太の間でたるんでいた糸を持ち上げた。思わずそれを目で追うと、目の前に真白い花弁が舞った。
ひら。
ひら。
頭上から。
舞い落ちる。
老いさらばえた古桜に、満開の花が咲き乱れている。
ひら。
ひら。
咲いた端から零れるように散って行く桜花。葉太が息を呑んでそれに見入っていると、不意に、目の前でたわんでいたはずの赤い糸がぴんと張りつめた。ぐい、と葉太の指が曳かれる。
糸の伸びる先は、黒く湿った土の中。
いや、そこに這う桜木の根。
細く、たおやかな、真白い根。
違う。根じゃない。あれは指だ。人の小指だ。
運命の赤い糸。
その指の持ち主が、いつしか葉太の目の前に立ち顕れている。
か細い腕。
俯き加減の顔。
清らかなセーラー服。
――桜子。
そうだ。桜子だ。春川桜子。
消えてしまった俺の教え子。
いや、違う。
桜子は、俺の恋人の名前だ。一体どうして今まで忘れていたのだろう。
いつしか桜子は、大人びたワンピース姿の女性へと変じていた。
(葉太って、なんだかふわふわぽやぽやしてるんだよね)
そう言って、葉太の元から去って行こうとした女の姿。
その口元から腐った軟体動物のような青黒い舌がでろりとはみ出している。
そうだ。どうして今まで忘れていた。いや、どうして今になって思い出してしまったんだ?
せっかく今まで忘れていたっていうのに!
桜子の手がゆっくりと伸び、葉太の腕を掴んだ。
桜の葉の香りが、ぷうんと鼻に抜ける。
あの時、別れ話を切り出されたのだと気が付いた瞬間、葉太は彼女の首元に手をかけていた。
細くたおやかな首の奥に、意外なほど固い骨の感触があって、それを根限りの力で握り締めた時の生々しい感触が、記憶と共に蘇ってくる。
葉太はそれを反芻するように、所々肉の欠けた桜子の首筋に手を伸ばした。
ああ。なんでもっとちゃんと息の根を止めておかなかったのだろう。
こんなに時間が経ってから起き上がって来てしまうだなんて。自分が忘れていた嫌な記憶を蒸し返そうとする目の前の女に、葉太は激しい憎しみを抱いた。
桜子の腐れた両腕が、そっと葉太の頬を挟んだ。
――――て。
やめろ。離せ。
――――きて。
そのまま葉太の頭の後ろに手が回され、しっかりと固定される。
桜の匂いが強くなる。
やめろ。
縺れ合うようにして、二人は倒れ込んだ。
葉太の体に冷たく湿った土の感触が伝う。
膝に、腿に、肘に、肩に。
桜の葉の匂いを、黒い土の匂いが塗り替えていく。
なにをするんだ。離せ。
――――こっちに来て。
いやだ。
やめろ。
腰に、胸に、頬に、背中に、黒く湿った土が纏わりついていく。
女の首元から離された手が、もがくように中空に伸ばされる。
やがてはそれも、土の奥底に消え失せて。
後にはただ、夢幻のような桜の花弁が、ひとひら、ふたひら。
はら。
はら。
……。
…………。
そして、翌年。
「今年は何とか咲いたなぁ」
樹齢四百年を数える桜の古木の幹に手をかけ、早川は呟いた。
昨年とうとう一度も花を咲かせることのなかったこの老木が、何故か今年は僅かながらに花実をつけていたのだ。
若い桜の勢いとは比ぶるべくもないが、それでも開花は開花である。
「あいつが見たら、喜んだろうに……」
昨年の丁度今頃、突然姿をくらませた馴染みの深い青年の姿を思い出し、深い溜息を吐く。彼の失踪は誰にとっても寝耳に水で、何か事件に巻き込まれたに違いないと随分大仰な捜索がなされたが、その行方を掴むことは出来なかった。
大の桜好きであった彼が人一倍気をかけていた老木が、早川の悲しみに寄り添うようにはらりと花弁を散らす。
今年は何とか花をつけたとは言え、まだまだ油断は出来ない。
せめて自分が生きている間は、この桜を守り抜こうと、早川は気を引き締めて手入れを再開した。
そして――。
「ん? なんだこりゃ」
自分の右手の小指に、赤い糸が巻き付いていることに気付いた。
了