自分を大事にしようと頑張っていたら
ゆるせていたことが、ゆるせなくなった。
ゆるせない。憎い。怒り。
それらは自分に影を落とした。
勉強していると、自分を大事にすることは
許していた(迎合)していた自分を変えることだから
当たり前の反応らしい。
わかっていても、罪悪感が伴う。
自分が、自分を傷つけたくなる。
それがくるしい。
感情を揺らされては、後に冷静な自分が諭している。
毒親や毒のある人とのコミュニケーションが厄介なのは
どんな手段を使っても、関わろうとしてくるところだ。
それは憎まれ口や嫌がらせ行為、マウント、
自己正当化等、様々なものに当たる。
結局、助けてほしい時に必ず助けられない体験の絶望は
必要な絶望だったのかもしれない。
絶望した時に、「希望」もまた、生まれたのだから。
「誰にも愛されなくても、自分自身を愛する」