• 異世界ファンタジー
  • 現代ファンタジー

SS53

今回の公開内容

スチーム×マギカ「予約もファンの嗜みだよね」



 黙っていれば可愛いと称されるロゼッタは、カフェテリアの窓際で本を読んでいた。
 ふわふわな銀髪に、とろんとした金の瞳。
 服装も牧歌的で、北の山で山羊と戯れているのが似合いそうな姿である。
 
 霧が立ち込めるロンダニアでは少し異色な容姿だが、生まれ持った愛らしさが隠してしまう。
 ひとつまみのクッキーと紅茶。それだけで三時間は読書に耽っていられる。
 そんな彼女に近寄る一人の男がいた。
 
「やあ、暇なのかい?」
 
 スーツを着こなした若い男は優雅な身のこなしだ。
 自然な動作で向かいの席に座り、ウェイターに珈琲を頼む。
 
「……」
「そんなに警戒しないで。少しお話がしたいだけさ」
 
 視線だけで不満を表した彼女に、男は悠々とした態度で応える。
 ぱたん、と本を閉じたロゼッタは面倒そうに声を出す。
 
「ロゼッタは貴方に興味ない」
「可愛い名前だね。呼んでもいいかい?」
 
 はっきりと無関心を示したにも関わらず、男には響かなかった。
 小さく息を吐いたロゼッタは、もう一度本を開いた。
 
「何を読んでるのかな?」
「カロック・アームズの最新刊」
「ああ! それは僕も好きなシリーズだ! その巻は最後に」
 
 共通の話題ができたことに喜んだ男が、意気揚々と語ろうとした瞬間。
 
「――は?――」
 
 柔らかい外見の少女から発せられたとは思えない、地の底まで凍るような冷たい声が出た。
 それだけで男が飲んでいた珈琲はシャーベットになり、寒さに震える男は歯の根が合わなくなる。
 がたがたと凍える男の前から立ち去る寸前、ロゼッタは見下しながら告げる。
 
「ロゼッタ、ネタバレは大嫌い」
 
 自らの勘定も男に任せ、彼女はふわりと霧の中に溶けていった。
 ふらふらと歩いた先はスタッズストリート108番の借家。
 意味もなく賑やかな家屋に入り、執事の出迎えも受けながら二階へ。
 
「ユーナちゃん、最新刊読んだ?」
 
 唐突に居間へ入り、来た理由も述べずに問いかける。
 するとソファの上に力なく寝ていた少女が、がばりと起き上がった。
 
「どこも売り切れなんです! ああ、大失態ですわ……初版本はファンの嗜みなのに!!」
「いや、違うと思うぜ姫さん」
 
 変な落ち込み方をしている少女に対し、いつもより弱めの訂正を試みるアルト。
 しかし癪に障ったらしく、杖刀で一撃をくらってしまう。
 それだけで少し満足したロゼッタは、ふんわりと微笑んだ。
 
「じゃあロゼッタが読み終えたやつならあげる。二冊買ってるから」
「本当ですか!?」
「うん。布教用はファンの嗜みだもん、なーんてね」
 
 それはそれでどうなのだろうか。
 床の上に倒れたアルトにツッコミを入れる気力はなかった。

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する