今週の公開内容
ミカミカミ「少年が欲しかったもの」
儀礼槍と長槍太刀の刃が交差する。
火花が散るほどの激しいぶつかり合いだが、儀礼槍の動きが速く、長槍太刀は力を込めた重みだ。
真剣による稽古。城の東側、黄色い薔薇が咲く小さな庭での出来事だ。
一歩の幅を大きく、開脚による低姿勢からの攻撃。柔軟な体躯と、素早い動きが特徴なクリス。
彼女の一撃を躱すオウガは、逆にあまり動かない。必要最低限の足取りで位置をずらし、鋭い視線に殺気を込める。
黒の瞳に威圧されながらも、蒼眼が煌めく。視線がぶつかり合うが、逸らすことはない。
騎士団の駐屯所でも中々見られない好試合に対し、ミカはぼんやりと眺めていた。
凄すぎて把握が追いつかない。ヤーなどは本を優先し、耳だけで戦いを感じ取っているくらいだ。
アトミスとホアルゥは興味津々だが、言葉をなくしていた。
「威力が軽すぎる。撹乱にしかならないぞ」
「では、これはどうですかっ!」
力強い踏み出しからの跳躍。全体重を乗せた一撃が、オウガの頭上を狙う。
一歩動いただけで避け、槍の柄を握る位置を変える。芝生の上に刃が突き刺さったことに動揺するクリスの首筋に薄い線。
皮一枚を繊細に斬られた。長槍太刀という大型の武器で、微細な技術。それだけで実力の差は圧倒的だった。
「大振りで読みやすい。相手の動きを止めるか、意表をつかない限り決まらないぞ」
「なるほど。手合わせ、ありがとうございました」
額から流れる汗を拭い、クリスは笑顔で礼を伝える。
首から血は流れていない。血管まで届かなかった一閃は、彼なりの気遣いなのだろう。
それでも傷をつけたことを気にしてか、軟膏が入った壺を投げ渡す。
「第五王子の従者として、傷は消しとけよ」
「もちろんです!」
先ほどまでの気迫は霧散し、和やかな空気が二人の周囲を包む。
本を読み終えたヤーが顔を上げ、ミカが二人へと歩み寄っていく。
「お疲れ様。ミミィとリリィが冷たい飲み物用意してくれているよ」
「それはいい。ありがたくいただくとするかよ」
「はい! ヤー殿、今日のお茶請けは兄様が送ってくれた東の領地の特産ですよ」
「美味しそうね。ゆっくり食べるわ」
「そんでたっぷり食べるんだろうがよ」
ささやかな蹴りを喰らわせようとするが、あっさりと避けられてしまう。
一足早く部屋に入っていくオウガに続き、怒り心頭のヤーが追いかける。クリスがホアルゥとアトミスに笑顔で誘う中、ミカは庭を振り返っていた。
黄色の薔薇が風に揺られている。その鮮やかな色彩が、懐かしい人を思い出させる。
「王子、どうかされましたか?」
「ミカ、アタシにはエネルギーが必要だってオウガに言って!」
「ほら、早く来ないと大食い精霊術師に全部食われちまうぜ」
三人に声をかけられ、ミカは前を向く。
「今、行くよ。皆で美味しいもの食べよう」
笑顔を浮かべた少年は、歩き出す。
それは十五歳の少年に相応しい、快活な動きだった。