広場では、新しい教会が建設中だった。多くの労働者が木材を運び、石工が煉瓦の壁に石膏を塗りつけている。そんな作業が行われている前では、お立ち台に立った神父が、群がる人々に向けて、堂々と神の尊さを語っていた。しきりに頷いている若い男性、手を組む年老いた女性、最前列で座っている子供、老若男女問わず、ありがたそうに話を聞いている。
私はそんな様子を横目に、神父の代わりにお立ち台に立つ自分の姿を妄想しながら、広場を通り抜けた。
たくさんの人が行き交う大通りに入る。
店の前を通る。景気良く客引きをしていた中年の男の声が一瞬止まった。
青年とすれ違う。背後から「前を見て歩け」と怒鳴り声が聞こえた。
茶髪の少年が私に顔を向けた。往来で棒立ちになって顔を真っ赤に染める。
自分に男性達の視線が集まっているのを感じる。そして同時に、教えを忠実に守れている事を実感し、気分が高揚する。
美少女すこすこ流、すこの章、第八節
『学校ジャージが似合う女の子がすこ』
どんな格好でも、可愛く見られる人間であれ、という教えだ。
無骨な旅装束を身に纏っていたが、教えに従い、スリットを入れて綺麗な足を見せた。ローブのフードも敢えて被らず、美しい銀髪を曝け出し、袖から出る手は指先までにして、可愛さをアピールした。
そんな一つ一つの着こなしが、私の美人な顔立ちを引き立たせた結果、男達の目を奪ったのだろう。
私は高揚感を覚えたまま裏路地に入る。石造りの建物に挟まれた道は薄暗く、どこか湿っぽい匂いも漂っている。不快感を覚えるが、この辺りで安宿を探さなければならない。王都までの旅費で、貯金をほとんど使い尽くしてしまった。道場を開く費用も考えると、少しでも節約しないといけない。
宿の壁に掛かった木看板に目を凝らす。料金表に書かれた金額と残りのお金を考えて、頭の中で算盤を弾いた。
「おい、姉ちゃん。一人でこんな所をほっつき歩いてるなんて、覚悟はできてんだろうなあ?」
物陰からねっとりと男が現れた。髭は伸びっぱなし、服はボロボロ。歯は黄色く、口からは臭そうな湯気まで出てるように感じる。
流石は路地裏。変な人もいるものだな。
私は出来るだけ目を合わせないようにして、隣を通り抜けようとした。しかし、腕を掴まれ、引き止められる。
「おい! 無視とはいい度胸してんじゃねえか姉ちゃん!」
「ああ、私に言っていたのですか。すみません、村では『姉ちゃん』なんて呼ばれ方しなかったもので」
「過疎った田舎から王都に出てきた口だなあ? 見た目も十代って所だ。村じゃ、一番若かったんだろう?」
「まあ、村で一番若かったのは事実ですけど、別にそういうわけでは……」
「ごちゃごちゃうるせえ!! ちょっとこっちこいや!!」
そう言って男は私の腕を引っ張った。
ごちゃごちゃ話し出したのは貴方の方じゃないか。とは思ったものの、これから裏路地で生活する事を考えるのならば、隣人と揉めるべきではない。それに、私の教えを聞く門下生になってくれる可能性もある。願いを聞いてやってもいいかもしれない。
「わかりました」
「へへ、素直じゃないか。やっぱり、好きでここに来たんだろ?」
「? 好きかどうかと聞かれると微妙ですけど?」
男性に手を引かれるまま、一歩踏み出したその時
「待て!!」
と少年の高い声が聞こえた。
反射的に目を向ける。そこには、先ほど顔を赤らめていた少年が、短剣を突き出すように構えている姿があった。
暗い路地でもはっきりと分かる程、少年は怯えていた。くりくりとした瞳に長い睫毛、天使の輪ができるほどサラサラの茶髪。見た目が麗しいだけあって、恐れで表情が強張るのは勿体無いと思う。いやでも、こんな表情が好き、という人間もいるのかもしれない。
ああ、これはあれだ。美少女すこすこ流、すこの章、第一節……。
「おい、ガキぃ? お前もいい度胸じゃねえか?」
男は私から手を離して、少年に向かってずかずかと歩いて行く。男が一歩進むにつれ、少年は後ずさりし、「ひぃ」と短い声をだす。
「お、お姉さん、早く逃げてぇ」
少年は腰を落とし、つぶらな瞳に涙を溜めながら、そう叫んだ。
ふむ。これは、すこの章一節とは違うな。さっきの八節と同じ、下の方のすこの章、第二節だ。ギャップがすこ。黄金比は2:8だけど、正直どの割合もすこだ。
私は怯える少年を見て感心する。この子は美少女すこすこ流の才能がありそうだ。
「なんでぇ。どうしてお姉さんは逃げないのぉ?」
涙声の少年に、男は愉快な笑い声をあげた。
「くははは! 勇気出したのに残念だったなぁ! このアマはよぉ〜? そういう目的で来てるんだよ!」
「そ、そんな……」
絶望に打ちひしがれる少年を見て可哀想に思い、美少女すこすこ流、男の背中にヤクザキックを見舞った。
「ぐぇ……」
男は数十メートル前に転がって建物にぶつかり、大きく砂埃が上がった。砂埃が薄くなると、気を失って地面に倒れ伏している男の姿を捉える。
少し鈍ったか。
体を突き破って汚れないように、かなり力を制限したのだが、それでも結構な威力が出てしまった。あまり飛ばし過ぎると、恐怖を与えてしまう。ヒーローを守ったヒロインが、感謝でなく、恐怖の感情を向けられてしまっては本末転倒だ。
「あ……」
間抜けな顔をした少年が、小さな声を出した。
偶然にも今は、ヒーローを守ったヒロインのような状況である。今後の為にも、感想を聞いておくのはいいかもしれない。
「今の私を見て、どう思われましたか?」
「へ?」
「良いから、お答えなすって」
「え、えと、お強いんだなぁ……と」
私は顎に指を添え、視線を落とした。
「上のすこの章、第一節、『ウンコ味のカレーを食べるか、カレー味のウンコを食べるか、残酷な選択を迫られるのが人生である』やはり、強さを示そうとすれば、暴力的な印象もまた与えてしまうものですね」
「そ、それは一体!?」
「ああ、口に出ていましたか。すみません、これは私の父から受け継いだ、女性の魅力を引き出す流派『美少女すこすこ流』の教えの一つです」
そう言って、私は自らのローブの裾をちょんと摘み、「それでは」と礼をした。くるりと踵を返し、再び宿探しに戻ろうとした時、背中に声が届いた。
「お、お待ちください!! 貴方のようなお方を探しておりました!!」