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 路地裏から貴族街にある屋敷に場所を移していた。

 白いテーブルの上に置かれた、銀製のティーカップを手に取る。淹れたての紅茶を優雅に飲み終えると、私は口を開いた。

「美味しゅうございました。本日はお招きくださり、ありがとうございます」

 正面に座る少年と、その傍らで立っている老執事は、ホッと息をついた。

「ああ、お口にあったみたいで良かったです。坊っちゃまをお守りくださった方の為ですから、最高級のものを用意いたしましたので」

 呼び止められた後、すぐに少年の護衛が駆けつけてきた。その後、少年と護衛は何かを内密に話し、私と話がしたい、と屋敷に誘ってきた。宿探しの時間がなくなることを怖れて、一旦は断ったのだが、「もてなしますから! せめてお礼だけでも! 美味しい紅茶とお菓子を出しますんで!」と懇願されたので、誘惑に負けて今はお屋敷にいる。

「はい。とっても美味しいです。出来れば、紅茶をもう一杯戴きたいのですが……」

「た、ただいま!」

 老執事は慌てて席を立ち、部屋の外へと消えていった。お茶を淹れに行ってくれたのであろう。

 だが、それにしても妙だ。いくら、少年を助けた恩人、と誤解しているとは言え、そこまで過剰な反応をするだろうか。そもそもの話、私と話がしたい、ということであった。礼やもてなしは、少年を助けた見返りとは別と考えることが普通なのかも。

 そんな事を考えていると、少年に「あ、あの!?」と声を掛けられた。

「何でしょうか?」

「じ、実はお話がしたくて」

「それは知っていますが、どういった内容のお話でしょうか?」

「それは……」

 少年が本題に切り出そうとした時、扉が大きな音を立てて開いた。慌てた様子の男が部屋に入って来る。30〜40の間だろうか。男の肌は年相応のものがあるが、少年と同じ綺麗な茶髪に長いまつげ、顔立ちは端整で妙な色気がある。

「父上!? 執務中では!?」

「ああ、アル! だが来客の報せを聞いて、飛んで来たんだ!」

 そう言って、少年に父上と呼ばれた男は私に向かって礼をした。

「私はヴァーリ侯爵家当主、ベルモンド・ドゥ・ヴァーリと申します」

「これはこれはご丁寧に。私はエマヌエル、お気軽にエマとお呼びください」

 私は立ち上がり、礼を返した。

「聞いてた通りの気品のある方だ。この度は、娘達の師になって下さり、ありがとうございます」

 何を言っているのかわからず、首を傾げる。

「ち、父上! まだその話は!」

「まさか、アル!? まだ話をしていなかったのか!?」

 父子は恐る恐るといった様子で私に顔を向けた。やがて父の方が、おずおずと口を開いた。

「じ、実は、エマさんに頼みがありまして。娘の師になって欲しいのです」

「はあ。師と言っても、何をお教えすれば良いのか。確かに私は、恋愛術の流派『美少女すこすこ流』を広めに村から出て参りましたが、お貴族様が求めているものとは……」

 私がそう言うと、父子そろって勢いよく声を出した。

「「その、美少女すこすこ流を教えて頂きたいのです!!」」

 つい「何で?」と素の声が出そうになる。

「何で?」

 やっぱり出てしまった。

 そんな私の不躾な質問を気にするそぶりを見せず、ベルモンドは話し始める。

「この国が改宗したのは知っていますよね?」

「はい。広場に教会が建てられている所を見てきました」

「そうです。魔王が滅びてから、もうかなりの時が経過してます。国教だった勇者教も今や力を失い、聖教の勢いには敵いません。この小さな王国が異教徒として攻められないためにも、改宗するしかなかったんです」

「はあ。それが私を師として迎える理由に、どう繋がるのです?」

 私がそう言うと、ベルモンドは「これは失礼。話が逸れました」と続ける。

「改宗により、勇者教では認められていた、重婚、離婚、不義が認められなくなったのです」

 ベルモンドの言葉を聞いて、薄々理解して来た。

「ですので、国内の貴族は、婚姻に対して慎重になりましてね。政略的な婚姻から、恋愛的な婚姻に価値を見出すようになったのです」

 今までのように、正妻は位の高い貴人とし、別に愛人を作る、ということが出来なくなったのだ。貴族社会は足を引っ張り合うドロドロとした世界。不義は簡単に露呈し、すぐに告発されることだろう。そして明るみに出れば、厳罰に処されることは間違いない。改宗したばかりの小国では、教会の顔色を窺わなければならないので尚更だ。

 なるほど。そんなリスクを考慮すれば、恋愛による婚姻に価値を見出すのも頷ける。

 そして

「恋愛による婚姻をさせる為、つまり男を落とす為に、美少女すこすこ流を学ばせたい、と」

 私がそう言うと、二人とも頷いた。

「はい。いくら政略婚に二の足を踏む風潮とはいえ、うちも侯爵家ですから。娘達には有力家に嫁いで貰わないと」

「僕もこのままじゃ姉様達が恋愛婚できるとは思えなくて」

 彼らの目的は理解できた。私としても、美少女すこすこ流を教える事は当初の目的に反していない。恐らく給料も出る筈なので、資金難に喘ぐ身としては、大変ありがたい。ただ、アルの言葉が引っかかって二つ返事ができない。

「あの、姉様達が恋愛婚できるとは思えない、とは、どういうことですか?」

 父子は「ゔっ」と痛い所をつかれたような表情になった。疑惑が確信に変わる。

「大変不躾ながら、お嬢様は何か問題を抱えているのではないですか?」

「そ、そんなことないよなぁ、アル!」

「そうだね、父上! 姉さん達は美人には違いないよ! うん、美人には!」

「ああ、自慢の娘達だ! 本当、顔と体だけは自慢の我が娘だ!」

「それでは、私に教えを請う必要もなく、男性達を落とすことが出来るのでは?」

 父子は顔を見合わせ、誤魔化すように、へらへらと笑った。

「少し、ほんの少しだけねえ」

「そうだねえ、父上、ほんの、いやもう砂つぶくらいの小さな問題が」

 私は溜息をついた。

 ほんの少しでなく沢山の、砂つぶなんて比べ物にもならないくらい、大きな問題があるのだろう。見ず知らずの、聞いた事もない流派を謳う平民に、貴族がへり下らなければいけない程には。

「お嬢様に会わせて頂いてもよろしいでしょうか? それからお受けするか考えたいと思います」

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