第29話 お茶会の子供たち(四)
『だから……みんな。一旦あたしたちはここでお別れするよ』
マーガレットの言葉を聞いた子供たちは、すぐに返事ができませんでした。
「お別れ」
「お別れ?」
自分たちは、姐さんがお話を受ける決心をしたとしても、このお屋敷で帰りを待つのだとばかり思っていたのです。
「二度と会えないのか、それはわからない」
お別れは嫌だ。
しかし、それが言えない相談だということも、小さなジャックまでもがわかっている。そんな子供たちでした。
「今のあんたたちは、それぞれ自分で生きていくように力をつけなきゃいけない時だ。
ジャック。あんたは字を覚えはじめなきゃいけない。それに、何にせよものを習いはじめるのにいい年ごろだよ。
オリバー。あんたはほんとうは本を読んで学問がしたいんじゃないのかい。
エリー、あんたもそろそろどこへ出てもいいような年ごろなりの作法をならうといい。メアリ、あんたは聖書がもっと読めるようになりたいと言ってたね。
それに、トム」
トムだけがだしぬけに強く言われたので、ぎくりとします。
「実はあんたの親方から催促が何度か来てるんだよ」
「なんですって?」
あの親方に自分は見捨てられたと、ずっとトムは思っていたのですが。
「『エレナ夫人の一件は、すっかり片付いた。いつでも戻ってこい、早とちりめ』。そう伝えて、戻るよう話してくれ、とね」
出入りしていたお屋敷の住み込みの針子にはよい娘もいれば、そうでない娘もいました。
たまたま親方の使いで出向いた日でした。そうでないほうの娘から、トムは盗みの罪を押し付けられたのです。
「あんたも胸を張って店に戻ったほうがいい」
「……戻っていいのか……戻っていいんだ……」
マーガレットはトムの様子を優しく見ながら、
「くず拾いがどうのと誰に何を言われても、捨てておけばいい。
あんたたちがどこに行こうと、一人前になるまでの後ろ盾となってくださることを伯爵様はお約束してくださったんだよ」
「でも、」
オリバーが申しました。
「僕ら五人いっしょじゃあ、駄目なんだろうか、姐さん」
五人で励ましあいながら、ここに置いてもらってはいけないものなのでしょうか。
「そこまで伯爵様にご厄介をかけてはいけない。それぞれやるべきことは違っていて、行くべきところがあるはずだ。あたしを待ちながら、いつまでも宿無しじゃあいけないんだよ」
子供たちは、まだ何も言えませんでした。
たしかに今日はこのお屋敷でのご接待を楽しんでいました。ここにずっといられたら、という甘い気持ちになっていたのを見透かされたような気がしました。
確かにそこまで伯爵様のご厄介になる訳にはいかないでしょう。言いつけ通り、それぞれ学校や親方の元に行って、身を立てていくべきなのでしょう。
しかし、長い間ともに暮らして兄弟同然の仲なのです。ですからこんな心配をしております。
「僕らはそれでもいいけれど、」
「まだジャックは小さいんだよ」
「そうよ。少なくとも私たちの誰かがジャックといっしょにいられるようにはできないかしら」
「お願いよ、姐さん」
口々に申したのでした。
「マルグリット」
伯爵から助け船が出ました。
「大事な話です。それに、屋敷を出立するのもまだ先です。ゆっくり考えて決めてください」
そうした訳で、マルグリットと子供たちは、それぞれの部屋へ戻っていったのでした。お茶会はこれでお開きとなりました。