誰に見せるあてもなく書いた短編が発掘されましたので、さらします。
2018年作。
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クリスマスのねじ
クリスマスの朝、寝床のとなりに下げた靴下の奥に、灰色のねじが一本、入っていたことがある。ゼンマイ仕掛けのロボットやお菓子や、そんなものたちの、一番最後にそれは出てきた。
「なんだろう?」
パパもママも首をかしげた。
「入っていたプレゼントの、外れた部品ではないらしいね。これはふしぎだ」
と、いうことは、ゆうべ、サンタクロースは間違いなく来たのだ(と、パパとママは顔を見合わせて言った)。
「こんなところに、ねじが入っているなんて。これはきっと何か、謎をかけていったにちがいないわ」と、ママ。
「謎?」
「そう、こどもが解くべき謎を、そこに置いていったんだ」と、パパ。
「サンタクロースは、パパとママじゃなかったの?」
生意気盛りだった僕は、そんなことをたしか言ったのだけれど、答えはこうだった。
「パパとママがそんな謎を、どうしてお前にかけることができると言うんだい?」
「わからないけど」と、僕。
「こんな不思議をこどもに与えることができるのは、やはりサンタクロースの仕業に違いない。君は、その謎を解かなければいけないよ。<謎>を、贈り物にされたこどもなのだからね」
他の友達は、どうだったんだろう?
「なぞ?」
金田満男くんは言った。
「あるわけないじゃないか」
「じゃあ、君はなにを貰ったの?」
「株券さ」
「カブ?」
「ああ。世の中の動きに関心を持ちなさい、ってさ」
「何にするの?」
「投資さ」
「トウシ?」
「そうさ。世の中はこれで動いてるのさ。君が使ってる鉛筆だって、宿題のノートだって、投資があればこそなんだ。だから僕は、その鉛筆やノートが使いやすかったり、いつでも買えるようにする<責任>を少しばかり支えていることになるのさ。それが贈り物さ」
「<責任>?」
「ああ。なかなか骨が折れるけれど、いい贈り物だったと思うよ。
ところで君は<謎>を貰った、そう言うんだね。謎には一体何ができる?」
しかし僕には、わからなかった。
わかったのは、金田くんに、<謎>は届いていなかった、ということだけだ。
「<謎>、ですって?」
花田咲子さんが言った。
「なかったわ。なかったと思う」
「じゃあ、なにをもらったの?」
「小さな鉢がひとつ、あったわ」
「鉢?」
「ええ、黒い土が入った、植木鉢よ。なにかが植えられているのだけれど、なにかはわからない」
「わからないの?」
「毎日、きちんと世話をすれば、春にはなにかが芽生えて、花開くわ。そういう<約束>をもらったの。それが贈り物だったわ」
「<約束>?」
「そう。なかなか大変だけど、いい贈り物だったと思うわ。
ところで、あなたは<謎>をもらった、そう言うのね。<謎>は、いったいどんな出来事をくれるの?」
しかし僕には、わからなかった。
わかったのは、花田さんに、<謎>は届いていなかった、ということだけだ。
「不思議だなあ」
「不思議ね」
僕ら三人はそんなことを言いながら歩いていた。
「<謎>、だものなあ」
「<謎>、ですものねえ」
しかもそれは、平凡な灰色のねじの形をしている。
「ねじなんて、そこらじゅうに転がっているじゃないか。クラスの掃除当番で箒を使えば、必ず転がっている。あれはいったいなんなんだろうね。どこから外れたねじなのだろう。外れたからといって、学校にある何かの機材がおかしくなった、という話も聞かないんだから、おかしなものさ」
金田くんが言うと、
「家の中でも、外でもよ」
花田さんも言う。
「病院や郵便局の待合室で退屈して、ふと床の隅を見ると、ちいさなねじが埃をかぶっていたりするわね。ハガキを選り分けたり、カルテの整理保管をするロボットのものだったりしたら大変なことになりそうなのに、そんな話も聞かないわ」
「そうだね」
僕はうなずいた。
冬休みに入ったばかりの町では、柊のリースやクリスマスツリーや大きなケーキが、きらきら光る金色のリボンで飾られていた。
「広場のツリーをごらんよ」
金田くんが言った。
時計塔がある、町の広場のまんなかには毎年大きなモミの木が運び込まれ、色とりどりの電球や、砂糖菓子の模型や、ちいさな人形や、そんなもので飾られて、僕たちを楽しい気持ちにさせてくれる。
「塔のてっぺんに届きそうだ!」
金田くんの言うことはちょっとおおげさで、本当は二階の屋根に届くくらい。だけどとても素敵だ。神様か誰かのすてきな計らいで、粉雪なんかが降ってきたら、ぴったりだったのにと思う。
残念ながら今年の冬は晴れの日続きで、今日も一日、抜けるような青空だった。
「しかし謎といえば、あれだって謎だね」
「天使のことね?」
花田さんがすかさず返した。
「ついに今日までかえらなかったわね」
少し前まで、ツリーのてっぺんに飾られた大きな星のそばには、かわいいブリキ製の天使がいたのだ。毎日毎日、行き交う人々を笑顔で見守っていた。はしゃぎまわる子供たちを、寄り添う恋人たちを、ベンチに腰を降ろし静かに白い息をして見つめあうおじいちゃんとおばあちゃんを。
ところが。
「どんな不心得者なんだろう?」
その天使が、ある朝見れば姿を消していたのだった。
町長自らが、どんな事情かはこの際聞きますまい、どうかクリスマスまでは返して欲しいと呼びかけたのだけれど、その当日である今日も戻っていない。残念だ。
「なるほど、<謎>だね」
僕は腕を組んだ。
「なぜ? どうやって? なんのためにあの天使が必要だったんだ? 愉快犯? それとももっと大きな陰謀?」
「実に不思議だ」
「不思議ね」
けれど、天使がいなくなってもツリーにはたくさんの電球がちかちかと星のようにまたたいて、夕暮れ時の空、静かに降りてきた群青色に、よく映えていた。
「泡立てクリームの付いたお菓子でもどうだい?」
急に提案された金田くんの思い付きには、僕も花田さんも大賛成だった。
「いらっしゃいませ」
給仕は、突然やって来た子供三人にも慌てる事なく、窓辺の席へ案内してくれた。
「メリー・クリスマス」
「クリスマスおめでとう。友人たちと来ましたよ」
どうやら金田くんのご家族の、懇意の店だったようだ。
「それはそれは。すてきなプレゼントをみなさんいただいたんでしょうね」
「そう。<責任>をね」
「わたしは<約束>を」
「僕は<謎>でした」
「<責任>! <約束>! それに<謎>ですって?」
給仕は目をまるくし、
「それはみなさん、大事になすってください、どれもたいへんな贈り物だ。
さてところで当店からは、一年に一度のレシピ、特製のクリスマスケーキをご用意させていただきましょう」
店の片隅では、楽団が静かに賛美歌を演奏していた。それに耳を傾け、僕たちは薪の形をしたケーキと温かい紅茶を楽しんでいたものだから、<謎>のことなど、しばらくおあずけになっていた。
隣のちいさなテーブルでは、くたびれた黒い服の男が頬杖をついている。人なつこい赤ら顔。けれど目の前にワイングラスなんかない。紅茶の入った白いポットとカップが転がっているだけ。
時々、通りがかる店のだれかに手を振って合図を送っていた。そのだれかも、それに親しげに返すので、彼はきっと、ここの常連といったところなのだろう。
「これはいい」
賛美歌が流行歌の甘いメロディーに変わり、かすかに鼻唄がまざった。あんまりかすかなものだったので、きっと聞いていたのは僕たちだけかもしれない。
「酔っぱらいかな」
しかし今日はクリスマス。店も、そうした客を大目に見ることにしているのかな。
「おや、こっちを見ているよ」
「まあ、ほんと」
子供だけが三人のテーブルはほかにはないから、見られても仕方がないと言えば、言えないこともない。
言葉通り、黒い服の男はこちらを見ていた。赤い頬で、楽しげにほほえんで。
楽団はなおもやさしい旋律を奏で、またもうひとつあたたかなお茶のポットがどこかのテーブルに運ばれて。
「ねえ、きみたち」
ふいに明るい声で言った。
僕らはきっとその時、きょとんとして目を見開いていたに違いない。
「おやつの時間?」
「そんなところですよ」
返事をした僕に、花田さんは大丈夫? と目で合図をしたが、金田くんはそんな彼女に平気だよ、と首を横に振って見せた。
「すてきなクリスマスだね」
頬杖をついたままこちらを向いた男の顔は、若いのか、年を重ねているのか、よくわからなかった。が、とてもお人好しに見えた。
「メリー・クリスマス」
「クリスマスおめでとう」
めいめいの紅茶のカップで乾杯を。
「プレゼントはもらったの? もらっただろうねえ」
「<責任>を」株を少々。儲けられそうもないけれどね。金田くんが言った。
「<約束>を」春にはなにかが咲く、ちいさな鉢植えなの。花田さんが言った。
「<謎>を」おもちゃが少し、そしてねじが一本。僕が言った。
「ねじ?」
さすがの酔っぱらいも、それには驚いていたようだ。
「そりゃあ、…<謎>だ」
「<謎>でしょう? だけど<謎>なんて、何になるのかわかりゃしない」
「いやいや、<謎>はね、たいへんなものですよ」
「そうかなあ」
「考えてもごらん。<謎>のない世の中なんて、つまらないものさ。幽霊のいる学校、魔法のかかったキャンディ、博士の不思議な発明、それに、」
ひと呼吸おいて、
「君や僕の心の中」
「うん。そうですね」
「だろう?」
男はにやにやとして、上着のポケットを探る。
「大切な<謎>を教えてもらったお礼に、もうひとつの<謎>をきみたちにあげよう」
そこにあったものは。
「ジェリービーンズ?」
ちいさな袋にたくさん詰まった、きれいな色。
「ジェリービーンズ? とんでもない! 娑婆ではそう呼ぶのかい?」
「シャバ?」聞きとがめると、
「おっと。なんでもありゃしないよ。それよりこいつの呼び名だが、」
「うん」
「これは<ジェリー豆>というんだ」
「ジェリー豆?」
僕たちはきっとまた、目を見開いていたにちがいない。
「お菓子じゃないの?」
「もちろん違うさ。でも、そのまま食べてもおいしいけどね」
男は続ける。
「粉雪が降ったら、その下の土を掘り起こしてひとつぶ埋めるといい。ただし粉雪じゃなきゃだめだぜ。そうしたら、」
「豆の木が伸びるのかい?」
「そうさ。暖かくなったら、ツルが伸びて、これと同じ、きれいな実がなるよ」
今度は僕たちは、ずいぶんといぶかしげな顔をしていたにちがいない。
「へんだなあ」
「でもこれも、<謎>には違いないわね」
時計塔が五時を打ったので、こども三人は家路についた。
「知らない人からおかしなものをもらって帰って、これはパパとママには秘密だね」僕が言うと金田くん、
「おや、<秘密>も贈り物にされたね。
でも、あの人は店によく来るんだろう。どこかで見たことがある。素性のあやしい人物ではないよ、きっと」
「見たことが、って? 僕も実は、そう思ってた」
「わたしもよ」
「でも、どこで見たのか。それがさっきから思い出せないんだ」
どこだったろう?
「きみたちも、どう?」
僕は<ジェリー豆>の袋を開け、ざらざらと花田さんと金田くんの手のひらに分けた。赤、白、桃、黄、緑、紫。いろいろ。
「そのまま食べてもおいしい、って?」
金田くんが言うので、僕たちはそれぞれ、ひとつぶつまんだ。
「ジェリービーンズの味だ」
「ジェリービーンズの味ね」
「まったく、あやしい話だ」
「粉雪は降るかしら?」
花田さんは空を仰ぐ。すっかり暗くなって、星がちかちかとまたたいている。
「とにかく、今は冬休みだ。雪が降ったら、連絡を取りあおうじゃないか」
「あれ、君、信じるのかい?」
金田くんがからかう。
「なんとなく、だよ」
僕はふてて見せ、手の中の<ジェリー豆>をハンカチに包みもせず(袋は花田さんにあげてしまった)、ポケットにしまった。
**
「<謎>は解けそうかい?」
その夜、本から顔をあげてパパが言った。
「まだまださ」
僕は答えた。
「やれやれ、たいへんな贈り物をもらってしまったね。しかし、今は冬休みだ、」
「うん、ゆっくり考えるよ。おやすみ」
「おやすみ」
編み物をしているママに手を振って、部屋へ戻り、寝床へ入った。枕もとには、<謎>といっしょに靴下に入っていた、ゼンマイ仕掛けのロボットがいる。
あのちいさな<謎>は、机のまんなかにちょこん、と置いてある。
おやすみなさい。
**
こどもは眠るこの時間も、三人で行ったあの店は開いていた、給仕は、楽団が帰ってしまった後もテーブルに残っていた最後の客に、閉店時間を告げているところだった。
「ああ、もうそんな時間なの?」
「そうですとも」
給仕は言う。
「クリスマスも終わってしまうというのに、あなたときたら、こんなところで!」
「だって、事故があったんだ、仕方がないよ」
言い訳するのは、見ればあの黒い服の男ではないか。
「娑婆に着くまで、なんの姿になるのかわかりゃしないし…まさかブリキの天使とはおそれいったよ。しかも手違いで、翼を留めたねじが一本、どこかへ行ってしまっていた。これじゃ仕事になりゃしない」
「あれから、見つかったんですか?」
「ああ。でもまさか贈り物に紛れているなんてね! 僕らの係がどうかしてたのか、贈り物の妖精がどうかしてたのか、どっちにしろ、大変な失態だ。戻るのをよして、このまま娑婆で暮らそうかと考えてたところさ。娑婆はまったくすてきだね、いつ来ても酔いしれてしまうね」
「まあまあ、事故は仕方ないでしょう」
「だけど、今から行って来ようかな。怒られるかな?」
「そうですねえ。今からじゃあ、朝までツリーの片付けをする人が困りそうだ」
「そうかあ。…じゃあ、わかった、僕が全部やるよ。それならいいかなあ」
えへへ、と男は笑い、通りへ出て行くその姿を見送った給仕はぱたん、と店の扉を閉め、<準備中>の札を下げたのだった。
**
ふいに枕もとに置いたロボットのゼンマイが解け、ジジジと動きだした。
目が醒めたので表を見るとまだ夜明けのすこし前で、やけに寒いと思っていたら、クリスマスツリーもなにもかも、すっかり片付いてしまった町が雪に覆われていた。
そこで<謎>が気になった。が、見れば机の上にはなにもない。
「はは、来たね」
「君らこそ」
公園に集まった僕たちはそんなことを言いあって、<ジェリー豆>を埋めるための場所を探しはじめた。