翌日、ダリル辺境伯領主都ヤクトシュタインを出立した。お世話になった辺境伯家内で辺境伯夫人と息子さん達、使用人さんや護衛たちに別れを告げ城を出て転移門に向かう途中、多くの街の人達が手を振り見送りしてくれた。
「孤児院の子逹だ!!」
ティーモ兄様は馬車の窓を開けて、小さな子供たちが精一杯手を振っている方へ身を乗り出し、手を振り返していた。俺もティーモ兄様を馬車から落ちないように軽く抑えつつ、手を振り返す。昨日のうちに今日出立することを焼き菓子のプレゼントを届けてもらうついでに伝えて貰っていたのだ。
ちろりと馬車の後ろを見れば一族の皆んなが手を振っていた。カレー屋台の常連だったり服や小物を買いによく来たご婦人や旦那さんだったりと、皆んなこの短い期間で良いお得意様が出来たようだ。
「また来てくれよなーー!」
「必ず!」
辺境の地の人々に惜しまれ、口々にまた来てくれと声がかかる。皆んなはそれに応えていた。
ただ品物を売りに来る商人にこんな風に出立を惜しんで見送りに来て手を振ってくれるなんてそうないよな。
ずっと悲鳴や攻撃を受けながら国を追われた一族の皆さんのメンタルが気になっていたけど、商売をして人と触れ合うのが良かったのか皆笑顔だ。
(なんか潜り込むのに良いと思って思いついた商人だったけど、心にも懐にも良い方に向かったみたいで良かった)
『ふふっ。馬車機材購入の分とは行かずとも商材の仕入れ分と一族の方々のお給金分はこの領地だけでも回収出来たようですしね』
(ふぉっふぉっふぉっ!それは言わないお約束だよ、ツクヨミさん。)
そうなんだよね。思いの外おしゃれな服や小物、高額な宝石類がよく売れましてね。殆ど記憶の森で採取しまくったスパイスで作ったカレー(勿論具材も殆ど自前なので実質原料代無料)も飛ぶように売れたしフラマセッパで仕入れた分をこの短期間で回収出来たのですよ。越後の縮緬問屋の御隠居ならぬ小判でできたお菓子を数える越後屋さんになってしまいそうです。
ダブルピースでチョキチョキ指を動かしながらふぉっふおっふぉっと笑っていたらティーモ兄様に一言、
「ナユタがまた変な事してる!」
って言われてしまいました。チョキチョキしながらティーモ兄様の脇腹を攻撃すればキャーキャーと子供特有の悲鳴を上げながら笑われた。ふぉっふぉっふぉっ。
『まぁ…那由多がこの地で散財しまくった分を合わせたらトントンなような気もしますが…』
ふぉっ………。ちょっとそれも思わなくもなかったけど……。うん。俺かなり散財したかも…。いや。経済を回したと考えれば良いことをしたのではなかろうか?!俺は少し現実から目を逸らしこの地で手に入れた物を考える。
不思議な魚介類…パン…カラフルな小麦にこの地の名産の糸や布を何種類か…チーズ…加工肉…この地の特有の食べ物を鍋に各種3つ分ずつ屋台料理買えるだけ…この地の駄菓子とかお菓子とか…
え?殆ど食べ物か?嘘だろ…?!この地の名物の工芸品とかも買ってない?!
いや待て。海辺に放置されてた何か巨大生物から生まれたでっかい龍涎香…見つけた時は3度見したし…海をモーゼった時、海底で拾った巨大貝に入ってた真珠…拾った珊瑚…拾ったブルーファスティトカロンの透き通った綺麗な青い宝石が引っ付いた巨大な甲羅…いや拾ったは人聞きが悪いな採取と言うことにして…
『那由多が購入した物はほぼ食べ物ですね。沢山食べて大きくなりましょうね』
ふふふと仏の様に優しく微笑む気配を感じさせるツクヨミにグギギとなりながら、俺はお祖父様より大きくなると心に誓う。
『そろそろ転移門ですね。私はまたしばらく那由多の深層に潜りますね』
(わかった)
『では…』
ツクヨミがクソ女神に感知されないように俺の魔力を纏い深層へと潜ると同時にサンクチュアリが解けたので俺が変わって光魔法で結界を張る。
(今度は足元にも…よしっ)
この地に来た時に潜った転移門を同じように潜り、摺鉢型の1番へこんだ部分にキャラバンを並べ、辺境伯領の兵士達が魔力を込める。ここで結界を一時解いて…
込められた魔力に反応するように転移の部屋に敷き詰められた魔法陣は輝きを増し、そして光は唐突に収束した。
先程魔力を込めてくれた辺境伯領の兵士達とはまた違う服を着た兵士達に案内され転移門を出ると其処は大きな部屋の中だった。
「ようこそノートメアシュトラーセ帝国帝都トロッケングロスフルスへ」