海岸でのバーベキューから数日経った。
その間お祖父様達は皇城から戻らず、伝令役みたいに兵士が辺境伯家に戻ってきて辺境伯家夫人に手紙と共に託けを報告し、必要な物を持ってまた皇城へ戻って行くという繰り返しだった。辺境伯やお祖父様達の着替えや、何故か俺の作ったポーションに大量の聖水。そして皇城の食事に飽きたとカレーやら揚げ物やらお菓子やら…簡単につまめる物も欲していたのでそれに加えて海で採れた魚介なんかも干物やすり身やなんかに加工して、調子に乗って大量に持って行ってもらった。
お祖父様達に持って行った食料は、お祖父様達が食べている食事を気にしていた皇城住みの料理人をはじめ、近衛や侍従など、カレーや揚げ物や炭酸水に各アイスなどお裾分けしていたみたいで、皇城でもカレーや揚げ物が流行ったそうな。落ち着いたら是非作り方を教えてくれと皇城の料理人達から依頼も来た。
お祖父様達は皇城のあるこの国の首都の比較的大きな教会を虱潰しに訪れ、浄化したりとなんやかんやと忙しいみたいだ。
その間俺たちは辺境伯家で随分自由に過ごさせて貰ってる。辺境伯家でお客様扱いのグラキエグレイペウス一門の皆さんは、辺境伯の城の掃除の手伝いなども断られ暇を持て余していたが、辺境伯夫人に許可をとり、護衛役を残して街で屋台やら出店やらを開いてこの手持ち無沙汰の時間を消化していた。
元々商人としての商隊だったから商品も、出店や屋台式馬車も充実してるし、俺的には在庫もはけてとても嬉しい。仕入れ分を是非とも回収したい物です。
魔物素材はもちろん、ドワーフのアクセサリーや、俺が描いたへっぽこ絵を母様と裁縫スキルもちの人らが昇華させた、男女のかしこまった服やワンピースなどの普段着が割と高額なのに意外にも売れているようで良かった。
裁縫スキルのある御婦人方は、被服の売上を今度は辺境伯家の街の特産の希少な布購入に当て、その布でまた新しくドレスやリボンなどを作っているようだ。スキルを持った御婦人らに、男性用のドレスのジャケットは表はシンプルに裏はド派手にするとお洒落、と言ったら何やらインスピレーションが爆発した様で凄い勢いでジャケットを作っていた。着るものにも遊びこごろって大切だよね。
今まで、グラキエグレイペウス一族の婦人達は慈善事業で刺繍したハンカチを提供する事はあっても、自ら作った物を販売する事はなかったようで、楽しんで商売に参加していた。スキルはなくとも貴族婦人となると刺繍などの教養が必要になる様で、殆どの夫人が小さな布小物に刺繍を付けて商品を自ら販売などしていた。やっぱり自分が作った物を喜んで買ってくれたら嬉しいよね。
で、殆どから漏れた母様は、どうやら刺繍など細々した物は割と苦手だった様で…辺境伯夫人からお茶に誘われたついでに刺繍を習ったりしていた。子供服に刺繍を上手く刺したい様だ。
本当だったらこういう事は母から娘へ…っていう物なのだろうけど母様は母様の母…俺にとったら祖母か…?を母様が生まれた時に亡くしたみたいで、色々あって、勿論使用人も居たけれど、お祖父様が男手一つで育てた様な物で、皇太子の婚約者になるまでは随分と男の子の様にわんぱくに育ったと寝物語に聞かせてもらった。
そんなグラキエグレイペウス家の内情を知っていた辺境伯夫人は喜んで母様に刺繍を教えてくれている。
母様は小さな頃は身体を動かすダンスは大好きだったけど、部屋にこもって動かずに小さな縫い目をちまちまと刺す刺繍が、「わーー!」っと叫びたくなるほど苦手だったわ、と笑いながら言っていた。
そんな母様も、最近よく俺用のシャツの襟にこの世界の御守り用らしい小さな刺繍(柄に意味のある子供守りとか言っていた)を入れてくれたりしているが、販売には程遠い仕上がりと言っていた。俺からしたら十分に綺麗な刺繍なんだけど、こだわりがあるみたいだ。
俺が日本で住んでいた地方でも背紋守りという子供専用の飾り縫いがあったけど、どの世界でもある風習なんだな。
そうそう。クヴァルさん達料理チームもキッチンカーを繰り出しカレー屋台をした所、連日大盛況らしい。
今度はクヴァルさん達が値段設定をし、高価な香辛料に対しての適切な価格なので割といい値段になっているにも関わらずだ。
付け合わせのトッピング…オークカツや唐揚げなどなかなかに好評みたいだ。ついでだったのでカレーのお供の簡単なレモンラッシーも作り方を教えておいた。こちらは果実ソースなどを加え甘めに作ったら女性に人気らしい。
ティーモ兄様は、お祖父様の託けで護衛や辺境伯家の兵士と剣の打合いをしたり、侍従にマナーや勉強を教わったりしていた。
俺?俺はお茶や刺繍する母様と一緒にいたり、屋台に居たり、辺境の街を探検したり買い物したり…フラマセッパへ聖水を納品したりといろんな所へ出没していた。
ツクヨミは俺が寝てる間、糞女神の教会が崩され浄化された辺境伯領をジワジワと自身のテリトリーに加えたみたいだ。若干怖い。もしや国一つを自身の手中に収めようというのか…?いやまさかな。
『ふふっ』
そんな…ある意味充実した日々のとある日。
母様がお祖父様からの伝言を皆に伝えた。明日迎えをよこすので出立の準備を、との事だ。
(お祖父様…粗方厄介事が終わったのかな?)
『…どうでしょう…まだ厄介ごとがありそうな感じも有りますが…』
(不穏なこと言わないでよね)
まぁ…ともあれ呼ばれたのならば仕方がない。明日の準備だ。
常連さんが出来つつあったカレーのキッチンカーも、明日辺境伯領を出ると顧客に店仕舞いを伝えたら、噂が噂を呼びかなりの行列になってしまったそうな。仕込み分が昼を待たずして終わってしまって、食べれなかった人たちに大層嘆かれたそうだが、また来てくれよなと何人もの人に言われ、クヴァルさん達もそれに応えた様だ。
他の商品もこの地の商人たちが購入するくらい好調な売れ行きで、特にこの地では珍しい魔物素材やカットしてもらった宝石類や変わった型のドレスなど飛ぶ様に売れた様で、その場を任された人達はホクホクと嬉しそうに俺に報告してくれた。宝石類は辺境伯領の商人ギルドのギルドマスターも直々に買いに来たそうだ。
(ふっふっふっ。帝都でも商売できるといいな…この分だと仕入れ分すぐに取り返せそうだよ)
『那由多はすっかり目的が商売になってますね』
(資金繰りに失敗して青色吐息より良いだろ?)
それに、この国全体で糞女神の教会を更地にして浄化をしているみたいで、アンダーザローズの聖水も使っている様でお祖父様が俺に注文して、この国の偉い人に売り付けてるみたいで聖水がなかなか高値で売れるのだ。
アンダーザローズを出た時は、ある種の緊張感を持った出発だったけど…多分…お祖父様が国の権力者に働きかけて、俺のお願い通りに国をなんとかしようとしてるのだろう。まぁ国が動くというのなら、一般人たる善良な幼児は大人しく商売でもするしかないでしょ?
『幼児が商売をするのもどうかと思いますけどね』
ふふっ。荷造りといっても子供はそれほどやる事はなく、周りの大人達に任せて俺とティーモ兄様はいつも通り過ごした。