• 異世界ファンタジー

非有の皇子×城への道

 大きな部屋は、石造の所謂ロビーの様な感じで、馬車の中にいる俺たちに馬から降り挨拶をしてくれた兵士について行きそのまま外へ出ると目の前にはとてつもなく大きな白灰色の壁の様な建物があった。

 周りをキョロキョロ見れば転移門が入っている建物も石造で大きく、周りにはシャトーと言う様な大きな建物が十分な距離をとって何棟か並んでいた。その奥には水が揺蕩う堀が隙間からうっすらと見え、さらに奥には緑溢るる森と山が…畑?もあるのか…?神眼を使ってみれば、だんだん畑に茶の木や葡萄などが植っていた。

「…すごい…こんなに大きな建造物が沢山あって山や森もあるのに人があんまり…いない?」

 そう。この場所はこんなに広大なのに建物に対して人が極端に少なく、殆どが兵士の様だった。

「ふふっ、ナユタ。この場所は、ノートメアシュトラーセ帝国、帝都トロッケングロスフルスにあるアシェンプテル城の裏庭みたいなものなの」

「裏庭?!」

 そう言いながら母様はあの巨大な壁を指を刺す。

「あの城壁の中にはアシェンプテル城があり、法廷や礼拝堂などの施設もあります。更に壁の表側には広大な前庭と右翼に森、そして左翼に貴族が住む街があってそこを囲う様に堀があるの。その堀の中を民達は通称アシュンプテルの街と言っているわ。所謂、貴族街といえば良いのかしら?そして馬車で四半時程左翼を進むと民が住むトロッケングロスフルスの城下町があるのよ」

 壁にしろ建物にしろスケールが大きすぎて開いた口が塞がらないとはこの事だ。壁自体が大きく城さえも見えない。
 興奮してティーモ兄様の方を見やれば、ティーモ兄様の顔は青ざめており小刻みに震えていた。

「ティーモ兄様!お加減が悪いのですか?」

「うん…大丈夫だよ。大丈夫…大丈夫…」

 と、ティーモ兄様は自分に言い聞かせるように大丈夫と言葉を繰り返す。
 いつも元気なティーモ兄様が怯えている。そりゃそうだよな…脅威は去ったといえども心の傷はいつまでも記憶に残るし…法廷があると言うことは…過去に…つまり獣の姿にされ死に物狂いで逃げて追われ…この道を通ったのであろう。それなのに俺は1人ではしゃいで…
 自分のデリカシーのなさに拳を握る。俺は青ざめ震えるティーモ兄様にどうやって言葉をかけて良いのかわからなかった。

「ティーモ…こちらへいらっしゃい」

 母様がオロオロしてるしてる俺ににこりと微笑み、ティーモ兄様をひょいと持ち上げ自分の膝に座らせた。
 びっくりしてまん丸な目になってるティーモ兄様の頭を、ゆっくりふわふわな肉球で撫で、優しく語りかける。

「ティーモ…辛かったわね…此処にはお父様もいないわ。もう怖い事を我慢しなくて良いのよ。…今までよく我慢して…偉かったわね」

 ティーモ兄様を優しく撫でながら、静かに語りかける母様の言葉に段々とティーモ兄様の口は痙攣する様に震え、眼からは涙が流れ出ていた。

「…っ…偉い人に呼ばれたって。みんなと一緒にっ…お城に…一緒にこの道を通って…っきたんだ…。大きな建物にはしゃいでお義父様に落ち着きなさいって…ひっく…」

「ええ…」

「みんな…ベルとディックも…一緒にっ…」

「貴方達はいつも一緒だったものね」

「でも…変な飲み物を飲まされたらみんな口から真っ黒なのが…いっぱい出てっ…みんな…ベルもディックも動かなくなってっ」

「ええ…」

「去年生まれたばっかりの小さなエルもっ…っ…小さな…小さな獣になって…ミャーミャー鳴いて…」

「ええ…ええ…」

「女の人がっ穢らわしい化け物だって…小さなエルを蹴って……っ!!…エルっが…壁に…」

「ええ…」

「…駆け寄って鳴かないエルを…っ抱きしめてっあげたかったけどっ…ぼ…くの手はっ獣の足で…お祖父様がこっちに来いって…ぼっ…僕た…ち…わっ私たちはっ…一生懸命逃げたんだ…けど…みんな兵士にいっぱい槍で…」

「ええ。義姉様がもうそんな事はさせないわ。ナユタが怖い物も悪い物も、全部綺麗にしてくれたの」

「…っ…うん…」

「…兵士も…私の一族に…貴方に触れさせないわ。義姉様がみんなを守るわ。ティーモの怖いものは義姉様が全部無くすわ」

「…うん…」

 そうか。ティーモ兄様は兵士に怯えていたのか…。兵士の服を見るだけで怖いんだ。
 母様にうずくまり肩を震わせて泣くティーモ兄様を…俺は拳を握りしめて見守ることしかできなかった。
 今までティーモ兄様が…たった10歳の子が抱えて蓋をしていた物が、この城の兵士の姿を見て蘇ってしまったのだ。今までお祖父様がいたと言うのもあるけど、よく今まで表に出さないで明るく振る舞っていた物だ。なんて強い子だろう。

 もしかしたらティーモ兄様だけではなく、後ろに続くこの道をいくグラキエグレイペウス一族の皆んなの心も…恐怖とか怒りとか悲しみに染まって居るのかもしれない。

 そんな鬱々とした心境と共に、俺たちはお祖父様が居るであろう城へ向かった。

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