<対雪>のくだりは『我が身にたどる姫君』原作にはなく私の創作として取り入れました。第七話の三位中将の和歌もです。
漢詩の知識が乏しいです。
とはいえ、引っ張り出してきた学生時代の講義ノートが意外と充実していたので、実はそれを参考にしています。
<対雪>についても同様で、話中に日本語訳を参照すべく改めて書籍を入手したところ、出典と思っていた岩波文庫の『杜甫詩選』には収録されていませんでした。他に参照できる本に行き当たることが出来ず、今回はノートを参考にしつつ自分の解釈を合わせて意訳をしました。
書籍のコピーをノートに添付しているので、どこかにはあるのでしょうけどね…。
<対雪>の時代背景について少し。
いわゆる安禄山の乱のさ中。官軍が敗戦を繰り返す中、杜甫は捕らえられ長安にて軟禁されてしまいます。
陳陶斜での敗戦、青坂での敗戦の報が届けられるごとに、杜甫も<陳陶を悲しむ>、<青坂を悲しむ>、そして<雪に対する>と詩をうたってゆきます。
当該詩の七、八句目が理解しづらい箇所だと思いますが、作詩の背景を踏まえて鑑賞すると、なるほどと思えるのではないでしょうか。
● 数州 消息断たれ
――天下九州の内の、二三の州は叛乱軍の手に落ちたのだろうか、消息がとだえている。
八句目は故事に由来があります。端的に言うと不平不満の様子です。
● 愁え坐して 正に空に書す
――ゆえに、私は愁いて座し、まるで殷浩の様に、手で空中に文字を書きつくばかりである。
晋の殷浩という人物が罷免され、指で空中に「咄咄怪事(とつとつかいじ)」という四文字を書いていた、というもの。「けしからーん!」という意味です。
さて、『枕草子』に「文は」という章段があります。全文抜粋しますと、
ふみは、文集、文選、新賦、史記、五帝本紀、願文、表、はかせの申文
(角川ソフィア文庫『新版 枕草子 現代語訳付き』より)
後ろ三つ本邦のものはさておきまして、
『白氏文集』は言わずと知れた白居易。『文選』も古典にはよく登場しますね。ひとつ飛ばして『五帝本紀』『史記』、こちらも名高い司馬遷の三皇五帝時代の歴史書。なお、私は当然通しで読んだことなどなく、必要な時に必要な箇所を読み取るだけなので、未だに中国史がさっぱり頭に入りません泣
『新賦』というのは分からなくて調べたのですが、唐代に成立した詩賦の創作指南書のようで、なんと写本が現存するのは日本のみ、とのこと。蛇足ですが驚いたので記しておきます。
脱線しましたが、かの清少納言をして「教養書はこれ読んどけ!」の中には、杜甫は入ってはいないのが分かります。ですが、今日我々日本人に最も知られている漢詩<春望>は杜甫の作です。こちらも安禄山の乱に所以があります。
國破れて 山河在り
城春にして 草木深し
時に感じて 花にも涙をそそぎ
別れを恨んで 鳥にも心を驚かす
峰火 三月に連なり
家書 萬金にあたる
白頭掻いて 更に短かし
すべて簪に たえざらんと欲す
こちらは岩波文庫『杜甫詩選』に掲載されてた筈なのに今手元に本がない!ネットで確認しました汗
杜甫は他の詩人に比しても強い普遍性があるように思います。現実を直視したリアリズムのある作風、と言われていますが、時代のトレンドに押し流されることがあったとしても、忘れ去られることがないのはそれ故なのでしょう。
社会を見通す姿勢のために、その生々しい描写が平安貴族の好みに合わないのは、当然の帰結かもしれません。
ですが、結果オーライですが、宰相の君の性質を表現するのにうまくシンクロしているんじゃないかな、と我ながら自画自賛している次第です。
駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
いつも、拙作を読んでいただきありがとうございます。