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【テクニカルエリア】北日本・全国への道・その1

 試合終了のホイッスルと同時に、コーチの方光灯(かたみつ ひかる)が満面の笑みをたたえた。

「凄いですね。これで8連勝ですよ」

 県リーグ2部の戦い。

 北日本短大付属のBチーム(登録は北日本短大付属Ⅱ)はJ3に加入しているFCみちのくの2部チームを2-0で下し、8連勝となった。

「これほど安定して強いチームはないですよ。素晴らしい手腕です」
「いえいえ、私の功績じゃないですよ。夏合宿が効いたんでしょう」

 チームの監督を務める夏木裕則はそう答えた。

 謙遜ではない。

 夏合宿以降、Bチームは変わった。

 具体的には相手にもならないと思っていた高踏高校に3-7で負けて以降、変わった。

「あの試合は衝撃的だったですからねぇ」

 高踏はテレビで観るヨーロッパのような試合を展開していた。特に前半は前線からの追い込みに何もできないまま終わったと言って良い。後半、ある程度点を返せたのは相手が全員交代させてしまったからだ。

 あの試合以降、選手は環境を言い訳にしなくなった。

 相手の環境が良い、練習時間がない、他にやらなければいけないことがある、そうした泣き言が消えた。

 聞いたこともない県立高に完封されたことで、全員が自覚をもって取り組むようになったのだと夏木は感じている。

 あとは選手権の県予選。

 このBチームから何人、登録選手に送り出すことができるのか、だ。


 翌日、夏木はいつものように朝から練習場の整備をしていた。

 そこに職員がやってくる。

「夏木先生、理事長室まで来てもらえますか?」

 夏木は目を丸くした。

「理事長室?」

 一体、何だろうか。

 夏木には理由が思い至らない。


 北日本短大付属サッカー部はそれなりに資金を投じられているチームである。

 とはいえ、県下の強豪である奥州第一や杜都学園(もりとがくえん)と比べると半分以下であり、選手層でも劣っている。そういう状況に対して理事長や役員が苛立っているという話を聞いたこともある。

 だから、Bチームが8連勝しただけで褒められることはないだろう。

 とはいえ、それ以外であれば良きにつれ悪しきにつれトップチームの峰木敏雄(みねぎ としお)のところに行くはずであるが。

「分かりました」

 それでも、理事長から呼ばれている以上は行くしかない。

 夏木はジャージーからスーツに着替えて、短大校舎の方へ向かった。


「サッカー部の夏木です」

 挨拶をして理事長に入る。

 北日本短大の理事長・秋坂太郎は44歳。父親の吉郎は参議院議員を務めたこともあり、太郎も最終目標は国会議員だという話を聞いている。

 議員になりたいというだけあって、人当たりは良い。

「やあやあ、夏木先生。まあ、どうぞ。今、お茶も持ってきますので」

 と、随分と慇懃な対応である。

「……ありがとうございます」

 対応を見ていると、悪い話ではなさそうだ。


 本当にお茶とチョコレートが出されてきた。

 それを口にしながら、秋坂の反応を待つ。

「リーグ戦のことは聞いていますよ。喜ばしいことです」
「ありがとうございます」

 まさかBチームのことを褒めてくれるのだろうか。そう思った時、話題を変えてきた。

「時に、トップチームの雰囲気はどうです?」
「トップチームですか? 悪くはないですよ?」

 県のリーグ戦ではBチームの面倒を見るが、日頃の練習ではトップチームを見ている。特に問題があるようには思わない。何せBチームが高踏に負けた日、トップチームは深戸学院に勝利していたのだから。

 夏合宿以降のリーグ戦は5勝1敗2分であるが、ほぼ全ての試合で内容は良かった。7勝1分にもなりえたと考えている。

 自信をもって答えたから、次の言葉に夏木は驚いた。

「私のところにはあまり良くない話があるんですよ」
「えっ、そうですか?」
「峰木さんももう60を超えてきましたし、以前ほどにはできていないのではないかという声を複数聞いています。そこで」
「……?」
「選手権予選から、夏木先生にチームを指揮してもらいたいと考えているのですが、どうでしょうか?」
「え、えぇぇっ!?」

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