• 異世界ファンタジー

新作の進捗②


こんにちは。
とにかく水分が大好き高葉です。

今回は前回公開した新作の続きを載せようと思います。
もちろんここから変更になる可能性はありますが、とりあえず3話分くらいは公開して面白そうかどうか判断してもらえればいいなと思っています。




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「ああそうだ。君のジョウロだけど、また壊しちゃった」

 【白の魔女】が、コウモリの羽根が生えたようなゆり椅子に腰掛けながらそう言うと、対面の蜘蛛の脚が生えたようなソファに座っていた【無色の魔女】はその可愛らしい面貌を僅かに顰めた。彼女の髪色と瞳は、現在は白の魔女に合わせるかのように白銀に染まっている。

「また? まあ別にいいけど」

 無色の魔女がそう漏らしたのと同時に、彼女たちの前にある、猫脚の大鍋に板を置いたテーブルには、ことりと欠けた小皿に乗った白いモンブランが置かれる。しかし、白の魔女はその配分に呆れたように目を細めた。自分の前には一つ、そして無色の魔女の前には三つモンブランが盛られた皿が置かれている。人数分用意してきたというのに、その殆どは無色の魔女のものになっていた。

 別に構わないけど⋯⋯。

 白の魔女は一つ息を吐き、モンブランを運んできた男性に視線を向ける。

「はぁ⋯⋯そうやって甘やかすから太るんだよ。ユノン君」

「ルルゥは別に太ってません。理想の自分を追い求めていただけです」

 部屋着のままの無色の魔女――『ルルゥ・シエリエ』と違い、いつの間にか普段着に着替えている黒髪黒眼の男性――『ユノン・セリベット』は、ニコリと白の魔女へと微笑んだ。そして、今度は金の装飾が所々剥がれているティーポットを抱えて、二人の元へと戻ってくる。白一色ではなく、茶色の革ベルトやブーツに、上着やシャツの色もそれぞれ異なっている。この辺り――いや、今の世界では色が統一されていない服装は非常に珍しいものだ。それもそうだろう。彼が身に着けている衣服は、ルルゥのお手製である。かくいう彼女も、部屋着の簡素なシャツと短パン姿ではあるが、シャツは白、短パンは何やら無駄にカラフルな配色のものを身に着けていた。
 全身が白い白の魔女とは大違いだ。

「いや〜でも最近お腹が出てきた気がするんだよね⋯⋯ほら、見てよシャロン」

 モンブランをフォークで食べながら、ルルゥはもう片方の手でシャツを捲りお腹を擦る。白の魔女――『シャロン・イスタ』はその綺麗なおヘソに目を向けるが、別にお腹は出ていなかった。全体を見てみても、別にルルゥが以前よりふっくらとしている様子はない。

「ホントだね、おデブちゃんだ」

「ふぐぅ⋯⋯」

 まあしかし、彼女にそれを直接伝えれば、何処までも怠惰に生きようとするので、シャロンはあえて嘘をつく。ルルゥの髪色と瞳が青く染まった。しかし、モンブランを食べる手は止めない。

「ルルゥは太っても可愛いよ」

「うーん⋯⋯でも乙女としてはなぁ⋯⋯あ、ちょっと待ってユノン」

 何処までもルルゥに甘いユノンが、ティーポットから二人の前に並べられたカップにお茶を注ごうとすると、ルルゥがフォークを咥え、方手のひらを差し出し制止する。

「ふんふん、んふー」

 そして、適当な声を上げながら、一本指を立て、それをくるりと回しユノンの持っていたティーポットに軽く触れた。すると、たちまちティーポットには人間の顔のようなものが浮かび上がる。それは、先程シャロンが破壊したジョウロの顔であった。

「我、ふっかーつ!!」

 大声を上げて蓋をカチャカチャと鳴らしたティーポットに、シャロンが眉を顰める。にょきっと筋肉質な手足がティーポットから生えた。

「ユノン殿、お離しくだされ。うふん、くすぐったぁい」

「ああ、ごめん。ヘルベリア」

 身を捩らせてそう言ったティーポット――ルルゥの使い魔である『ヘルベリア』をユノンはそっとテーブルの上に下ろす。
 すると、ヘルベリアはさっとシャロンのティーカップにかけより、自らお茶を注ぎ始めた。

「先程は失礼しましたな。我が主が客人と認めたなら、もはや貴女は敵ではありません。この美味しいお茶で、我から注がれた我のお茶で、まあ謂わば体液ですが、その美味しいお茶で許していただきたい」

 シャロンは、目の前の湯気の立つティーカップを眺めながら更に眉を顰める。中身はただのお茶だとわかっているが、純粋に気持ち悪かった。ヘルベリアはそんな彼女へと揉み手をしながら微笑む。

「ほら、いかが致しましたか? ほら、グイッとどうぞ⋯⋯美味しいですよ⋯⋯ほらほら、はぁ、はぁ⋯⋯」

 次第に息を荒らし始めたヘルベリアから、シャロンはふいと顔を逸らし、ルルゥへと視線を向けた。

「⋯⋯ずっと疑問だったんだけど、何でこんな使い魔創ったの?」

「失敬な!」

 その問いに、ヘルベリアは憤慨したかのような表情を浮かべ、ぴちゃぴちゃとお茶をテーブルに零した。ユノンが静かにそれを拭き取り始める。ルルゥは相変わらずモンブランをパクつきながら軽い調子で答えた。

「誰にだって過ちはあるじゃん?」

「そおぅだ! 誰にだって過ちは⋯⋯あれ? 我、過ち?」

 彼女に追随するかのようにシャロンをびしりと指差したヘルベリアは、ふとぽかんとした表情を浮かべた。

「ねえ、主、我、過ち?」

 そして、ルルゥの方を振り返り、自身を指差しながら訊ねる。しかし、彼女は応える事はなく美味しそうに一つ目のモンブランを食べきっていた。

「やや、お茶を!」

「要らないキモい。ユノン、新しいの」

 それを見たヘルベリアは、はっとしたようにお茶を注ごうとしたが、ルルゥはきっぱりとそう言い放つ。再びぽかんとした表情を浮かべた彼は、ゆっくりとユノンへと視線を向けた。

「ユノン殿、我、過ち?」

 ユノンは、何も言わず微笑んで、呆然としたように自分を指差しているヘルベリアを持ち上げ、シャロンの前に置かれた湯気を立てるティーカップも回収すると、奥へと歩いていく。

「ねえ我、過ち?」

 その間も、ヘルベリアは彼へと同じ事を問いかけ続けていた。
 シャロンは一つ息を吐き、自身もフォークを使い上品にモンブランを口へと運ぶ、そしてフォークを置き、口の中に広がる爽やかな甘味を味わった後、改めて口を開いた。

「それにしても、相変わらずの屋敷だよね。こんないかにも魔女です、なんてデザイン、今じゃ流行らないよ?」

「自分だってそんな帽子被ってるじゃん」

 ルルゥは気にも止めないように、二つ目のモンブランをフォークで突きながらそう言った。シャロンは自身の膝に置いた大きくくたびれたとんがり帽子に視線を落とす。シャロンの服装は、ローブもブーツも最新のファッションを取り入れたものであり、そのとんがり帽子との噛み合わせを考えたものだ。しかし確かに、如何にも昔の魔女然とした帽子に拘っているのは自身も同じであった。

 まあ好みも拘りも、人それぞれだよね。

 シャロンはそう考え、またモンブランを一口口に運ぶ。

「それで、頼み事の件だけど」

「ぐぅ」

「いや寝たフリって古典的すぎない?」

「ぐぅ、ぱくぱく」

「食欲を抑えきれてないし」

 突然目を閉じ、わざとらしい寝息を立て始めたルルゥに、シャロンは呆れる。ルルゥは頭をこくこくと揺らしながらも、モンブランだけは食べ続けていた。

「まあいいよ、そのままで聞いて」

「ぐぅ⋯⋯いやだ」

「もう諦めなよ」

「ぐぅ⋯⋯」

 肩を竦ませ、往生際の悪いルルゥにシャロンは話を続ける。

「ある一人の人間の、世話を頼めない?」

「ぐぅ⋯⋯何で私⋯⋯?」

「ルルゥにしか無理だから」

 シャロンがじっと彼女を見つめながらそう言うと、ルルゥはゆっくりと目を開けて彼女を見つめ返した。

「黒?」

「うん」

「はぁ⋯⋯」

 ルルゥは一つ息を吐くと、ソファに深く座り直す。髪色と瞳は気が乗らないとばかりに暗い青色に染まっている。

「『黒化』じゃないってこと?」

「そういうこと、ユノン君と同じだよ。もっとも、彼女の場合は彼ほど純度は高くないけど。私の白と、黒が混ざってる」

「自我は?」

「今はまだ保ってるよ。でも、このままじゃ呑まれるのは時間の問題」

「ユノンもそうだけど⋯⋯黒は正直本人の問題だからなぁ⋯⋯私にどうして欲しいの?」

「言ったでしょ? 事実を伝えて、面倒を見てあげてほしい。黒の影響を受けないのは魔女の中でルルゥだけなんだから」

「うへぇ⋯⋯」

 ルルゥは自分のモンブランの乗った皿を脇に寄せ、ぐでっとテーブルに身を倒した。そして、さり気なくシャロンのモンブランを食べ始める。

「そして最終的に、彼女の遭遇したっていう黒獣を一緒に倒して来てほしい」

「えぇ⋯⋯それは自分でやればぁ?」

「できればやってるって。でも黒に対して私たち魔女は安易に手が出せない。だから自分の民たちにやってもらって領域を広げてるの。わかってるでしょ?」

「じゃあその民にやらせればぁ⋯⋯? 私じゃなくて他の魔女たちにも協力仰げばぁ?」

「今回の黒獣は、白の民の中でもトップクラスの『黒祓い《カラーズ》』を壊滅させてる。その中の一人がルルゥに面倒を任せたい子なの」

「え⋯⋯それもう立ち直れなくない⋯⋯?」

 シャロンのモンブランを食べきったルルゥは、その姿勢のままで小さくげっぷすると、面倒くさそうにそう呟いた。

「ユノン君は立ち直ったでしょ」

 その言葉に、ルルゥは難しそうに眉根を寄せる。

「あれは別に、私何もしてないし⋯⋯傍に居ただけだし⋯⋯ユノンが元々強い子だっただけだし⋯⋯」

「でも黒には呑まれなかった」

「⋯⋯⋯⋯」

「それに、他の魔女に頼めるわけないでしょ。赤なんか協力するわけない。他も似たようなものだし。あくまで私たちの関係は、表面上のもの。『黒祓い』という協力組織はあるけど、自分たちの領域に問題が起きないのなら、積極的に手は貸してくれない。むしろ、これ幸いとこちらの領域を侵略してくる」

「どうして⋯⋯皆仲良くしないのぉ⋯⋯」

「ルルゥがやる気を出してくれれば、こんな事にはなってない」

 シャロンがきっぱりとそう言うと、ルルゥはバツが悪そうに口を閉ざした。

「いい? 他の魔女は自分勝手だけど、一応世界の為に行動してる。あの赤だってそう」

「⋯⋯⋯⋯」

「でも、ルルゥは何もしてない」

「むぅ⋯⋯」

「いい加減やる気を出して。君は魔女の中でも特別な存在。無色の魔女でしょ。無色であるが故に何色にも染まらず、何色にもなれる最も純粋な魔力。本来なら、黒に侵食されてしまったこの世界は、私たちじゃなくルルゥの魔力で満たされるべきなの」

「私はさ⋯⋯」

 少し語気を荒げたシャロンの言葉を聞き、ルルゥはしばしの間フォークを指先で弄った後、ぽつりと呟いた。

「嫌なんだよね、もう同族殺すの」

 何気なく放たれたその言葉に、シャロンの肩からは力が抜ける。

「黒を殺した時さ、もう嫌だって思ったんだ。私は確かにイレギュラーだよ。多分、魔女を制御するために生み出されたこの世界の自浄作用みたいなもん。だから同じ魔女でありながら魔女に対して確かに圧倒的に有利だし、やろうと思えば多分できるよ。全ての魔女を殺し、力を奪い、世界を染めた黒の魔力を上書きできる。ユノンも居るしね」

 子供のように、拗ねたように話し続けるルルゥに、シャロンは悲しそうに眉を歪めた。

「でもさ、歪でもいいじゃん。喧嘩しててもいいじゃん。ムカつく事もあるけどさ、シャロンの言った通り魔女たちは必死に生きてる。黒の魔力だって、まあ残ってたっていいよ。シャロンだって、居なくなっちゃう。そんな世界こそ、私にとっては正常じゃない」

 彼女の心情を表すかのように、髪と瞳は複雑な様々な色が混ざり合う。

「だから私はこうしてるの。何もしないで毎日を楽しんでる。シャロンが困ってるなら、まあ力を貸すよ、友達だしね。でも、世界をどうこうするつもりはないし、同族であるシャロンたちに何かする気はない」

 もしも――本当にルルゥが世界を正常に戻すための自浄作用のような存在ならば、彼女はその役割を放棄してしまったと言ってもいい。それは、ひとえに自身と同じ魔女たちを愛しているが故にだ。黒の魔女を殺して一度世界を救った彼女は、その罪を、かつて友だった者をその手で殺めた事実を抱えきる事ができなかった。あの出来事から、魔女たちの関係や、世界の歯車は狂ってしまったのだろう。

 今世界に満ちてしまった黒の魔力を真の意味で浄化するには、ルルゥの力が必要だ。魔女たちの魔力を彼女が全てその身に宿せば、世界は彼女の魔力で満たされ、正常な状態に戻るだろう。白の魔力だけで満ちる事も、赤の魔力だけで満ちる事もない世界。それぞれが、己の色彩を持ち過ごす世界。かつての光景に、シャロンは一度目を閉じ思いを馳せた。

 それを取り戻すためならば、いつでもシャロンはその身をルルゥに捧げる覚悟がある。彼女の一部となり、世界を見守る覚悟が。とはいえ、ルルゥの気持ちを考えれば、やはり無理矢理に、彼女にこれ以上重荷を背負わせることはできなかった。
 友も全てを失い、その上で世界の均衡を保ち生きろとは、言えない。

 だから、相変わらず不貞腐れたように今度は自身のモンブランを食べ始めた友に、少し寂し気な笑みを向ける。

「⋯⋯まあ、それなら仕方ない、か」

「私が動かなくてもなんとかなるって。特にシャロンはしっかりしてるから」

「そうね。もう世界を正常に戻せとは言わないよ」

「さっすが〜話がわかるぅ」

「でも彼女と黒獣の件はやってもらうよ」

「ふぐ⋯⋯」

 黄色に染まり始めたルルゥの髪と瞳が、またたく間に青に染まった。シャロンはその様子を見てくすくすと笑う。

「友達には力を貸してくれるんでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯モンブラン⋯⋯」

「もうないよ」

「なんでぇ⋯⋯自分の領域なんだからもっと傲慢に振る舞って無限に持ってきてよぉ⋯⋯」

「赤ならやるだろうけど、私はそんな事しない」

「⋯⋯赤の領域に移ろうかなぁ⋯⋯」

「私以上にこき使うか、消されると思うよ」

「なめんなぁ⋯⋯! 私は無色の魔女だぁ⋯⋯!」

「じゃあ好きにすれば?」

 シャロンがからかうようにそう言うと、髪と瞳を真っ赤に染め、両手を上げていたルルゥは、そっと両手を下ろして身体を起こし、ソファに深くもたれかかった。やる気なさそうにけだる気な表情で大きく息を吐き出した彼女は、白色に染まる。

「ここが我が家だ。終の住処だ」

「寄生虫って知ってる?」

「ええい、もういいー! 早くその例の人連れてきて!」

 駄々っ子のように再び両手を上げ、頬を膨らませたルルゥに、シャロンはくすくすと笑みを向けると、指を一つ鳴らした。

「森の外で私の使い魔と待機してもらってたんだ。すぐ来るよ」

 そして、軽くウィンクしながらそう言うのだった。

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如何でしたでしょうか?
まあ相変わらずプロローグですが。
なんとなく、どういう世界観でどういった話になるか想像して頂ければ幸いです。

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