「Ma puce」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887998138 過去作である短編を読みやすいように編集し、以下に蛇足を書き記しました。よろしければお読みくださいませ。
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青空に手を伸ばす。当然ながら、虚空に掴む物などない。伸ばした手を弱く握りしめると、そのまま膝へと下ろした。
この空は、一体どこまで続いているんだろう。
ここの創造主である彼に聞けば教えてくれるのかもしれないが、1度も聞いたことはない。しなければならないことが何もなくなった今、1つくらい考えることがあってもいいだろうと、ここに来てからずっと聞かないままでいる。
出来ることなら、自らで思い至りたい。けれど、いっそのこと教えてもらった方が良いのではないかとも思うし、知らなくてもいいような気すらしてしまう。
宙を漂う、宛てのない考え。
「アマリア」
かけられた声に、意識を向ける。瞬き1つで景色は一変し、私は彼の黒々しい部屋にある白いソファに腰掛けていた。隣には、同じように膝へ手を乗せた彼が座っている。鎧が縮こまっているような光景が面白くて、思わず笑った。こんな状況に陥りながらも、未だ笑えている自分が少し恐ろしい。
「今日は、アマリアにとっておそらくは嬉しいだろう報せがある。気になるか?」
彼はこちらを向くと、そう問いかけた。心なしか、彼自身の声も弾んでいるように聞こえる。
「気にはなる。どういった報せなんだ?」
「アマリアの祖国が降伏を宣言した。戦争は終わりだ」
自らも同じく弾みかけた気分が、急降下した。戦争が終わったということは確かに喜ばしいことだが、降伏を宣言したのならばそれ相応の処罰を彼らの国から言い渡された筈だ。
「……かつての我が同胞たちは、一体どのような扱いを受けるのでしょうか」
「我らの国は『支配』したいのではない、『戦争』をしたいだけだ」
まったく、野蛮な者たちばかりで困るという愚痴を挟みつつ、彼は淡々と説明する。
「だから貴様の国の政府が得た金はいくらかこちらの国に流れると思うし、若者は戦争に駆り出されることが多くなるだろう。しかし、その若者も我らの軍には到底かなわない。よほどの強者でなければ、普通の生活に戻れるだろう」
「そう、か……」
普通の生活に戻れるとは言うものの、それでも隷属国家になったことには変わりはない。どういう感情を抱くのが正しいのだろうかと、唇を噛みながら考える。
すると、自らの唇へ彼の指が触れた。冷たい感触に、思わず目を瞬かせる。
「唇は食むものではない」
「……知っている」
心中をすべて見透かされているかのようで、思わず顔を逸らしてしまう。
きっと、本当に見透かされてしまっているのだろう。祖国が敗けて悔しいこと。しかし心のどこかに、そうなったことに安堵した自分がいること。安堵している自分がどこか憎らしいこと。
だからこそ、無理やりにでもその思いを和らげようとしているのだ。彼らしいと言えば彼らしい気がする。
「私に生身の肉体があれば、こういう場面で貴様の心を溶かすほど口を吸ってやるのだけれどな?」
「……え?」
「……言葉の通りだが」
彼がそんなことを言うとは思わず、5度ほど見た果てに思わず笑い飛ばしてしまった。
今までにないくらい笑ったとしても、笑い声は壁のようなものから跳ね返ってこないようだ。つまり、私が限界まで笑った声が広がる以上の空がここにはあるらしい。