種明かし編に行く前にもう一度アンケート内容を振り返ります。
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問.一華さんとカオル君の関係、あなたはどう思いましたか。次の選択肢から選んでください。
A.実は二人ともお互いに一途
B.カオル君には奥さんor恋人がいる
C.カオル君には奥さんor恋人が直前までいた
D.実は一華さんの方に別の恋人がいる
E.大阪人が書く名古屋小説には無理あるみゃー
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まず、結論から述べますと。
「読者が別にどう解釈してもらってもかまわない」
というのが作者の公式見解です。
今更何言ってるんだと思われるかもしれませんが。
でも、中にはこういう方もいらっしゃると思うのです。
「え。あの話はどう見ても不倫してる男とその相手の女の話じゃないの?」
よっぽどひねくれている人じゃない限り、普通に読めばまずそう感じるはずです。
ここからはそのファーストインプレッションの後の話。
* * *
「眠らぬ中京」の登場人物はヒロインの一華さんと、お相手のカオル君の2人です。
そして、このお話は一華さん視点の一人称小説なので、地の文は全て一華さんの認識が、登場人物の会話はそれぞれ発話者の認識が表れていることになります。
当たり前ですが、一人称小説なので、いわゆる「神の視点」からの記述は一切存在しません。最初から最後まで、誰かしら登場人物の認識を通していることになるのです。
そのうえで、通常は登場人物の認識が正しいことを前提に物語は進んでいくわけなので大きな問題はありません。
でも……もし、そもそもその登場人物、特に語り手の認識が間違っていたとしたら?
作中の世界に確かにある事実と、語り手が語る「事実」との間にはおのずとズレが生じていることになります。
このズレをどう生かすかが一人称小説を書く上での面白味だと私は考えています。
(そして、一人称小説を書かれている方の多くは、このズレを無意識のうちに作り出しているはずです)
このことをふまえて、まず、この作中において「間違いない事実」が何かを考えてみてください。
一応、一華さんとカオル君がグルになって誰かを騙している、といった極端な例を考えないとすると、信用できるのは以下の事項になるはずです。
Ⅰ 自分自身の感情や行動
Ⅱ 両者の発言が一致している事実
Ⅲ 相手が認めている事実
Ⅳ 作中に客観的な裏付けがある事実
Ⅴ 自分に不都合だけど認めている事実(∵普通、人は自分に不利な嘘はつかないから)
裏を返せば、「相手が認めていない、自分にとって都合のいい事実」は本当かどうかわからないということです。
では、改めて、本作ではどんなものが出てくるかというと、たぶんこんな感じになるはずです。
①一華さんはずっと名古屋在住
②一華さんは名古屋から出る気は全くない
③カオル君は現在大阪在住
④カオル君は週末に東京へ出張することが稀にある
⑤カオル君は転勤のある全国企業のサラリーマンである
⑥カオル君は東京・名古屋・大阪以外の出身
∵盆と正月にしか帰らないため、出身地は三大都市以外
⑦一華さんとカオル君の逢瀬はカオル君が週末に東京出張した際に名古屋へ立ち寄るときのみ
⑧一華さんはカオル君に奥さんかあるいは交際している女性がいると思っている
⑨少なくとも一華さんはカオル君のことを愛している
ここでポイントは「カオル君が不倫している」ということは、カオル君のほうは一言も認めていないし、作中には客観的な証拠もないことです。
突如カオル君の彼女さんが現れたとか、一華さんが突然カオル君の住民票を出してきた、とか、そういう展開があれば別ですが、本作ではありません。
つまり、いくら一華さんが「カオル君は不倫してるー!!」と叫んでカオル君を訴えたところで、今のところ勝ち目はないのです。
* * *
理屈ではなんとなくそうかもなと思っても、まだイマイチ納得できていない人も多いのではないでしょうか。
本当に不倫じゃない可能性あるの? と。
薄っぺらい事実しかなかったとしても、それを積み重ねていくことによって、仮に反対可能性を完璧に潰すことができていたらどうでしょう。
およそ読者の目から見て、不倫じゃないといえる可能性がないんだとしたら。それは不倫していたことは事実だったということになるでしょう。
ところで、本作で不倫じゃないパターンってどんなものがあるでしょうか?
まずは、カオル君に妻や彼女がいないのに、一華さんがそう思い込んでしまっているケースですね。
このあたりはこの日以前の2人のやりとりを妄想してください。おそらく、何かしらカオル君が誤解させるようなことを言ってしまって、未だに誤解が解けていないのではないか……そういう可能性は全くないとは言えないと思います。
ここで、「一華さんの思い込み説」にある程度信憑性を持たせるような描写があります。
深夜の大須の2人のやりとりがそれです。一華さん、奥さん(彼女さん)がいないというカオル君の弁明を一切受け付けていないんですね。すぐに間髪入れずに自分の言葉を被せているんですよ。
また、名駅のレストランでも、カオル君の抗議をはぐらかしているんです。
客観的で冷静な性格の女性ならともかく、一華さんはこの点に関してはカオル君の話を全く聞いてない。
もちろんご本人の性格もあるかもしれないし、あるいは一華さんの過去に不倫絡みの苦い経験があって、無意識のうちに情報をシャットダウンしてしまうようになっているのかもしれない。
結論を言うと、カオル君が「それ、一華さんの思い込みじゃないですか?」と言ってしまえば、それを覆す証拠は今のところ出てこない。読者としてはまぁそれはそうかもな、と思うはずです。一華さん本人はそもそも話を聞かないだろうからアレですけど。
もう一つ不倫じゃないパターンの仮説は考えられます。
それはカオル君が全国企業のサラリーマンで、一華さんは名古屋から一歩も出る気がない女性だということです。
作中にも「私は黒い渡り鳥の女房にはなれそうにもない」とのモノローグがありました。
一華さんとしてはカオル君のことが好きで結婚もしたい。でも、何かしらの事情があって、全国転勤のサラリーマンの夫になる覚悟がないのだとしたら。 あくまで現在の現地妻としてのポジションを選んでいるとしたら。それでも、カオル君が今の自分の立場を捨てて自分(と名古屋?)を選んでくれたらと、それこそ大須観音にすがるくらいに願っていたとしたら。
もしそうだとすると、「不倫」に別の意味を込めていることになって、かなりこの2人は奥ゆかしいやりとりを続けていることになりますけど、こんなパターンを考えてみるのも面白いと思いませんか?
さて、今までは、不倫じゃないパターンの仮説が全くありえないわけじゃない、という話を長々として続けてきました。
それでも、直観としてはカオル君に奥さんか彼女がいて、一華さんは報われない恋であることを自覚している不倫相手だった、というストーリーが一番素直でわかりやすいことには変わりありません。そして、不倫説のほうにも、相当大きな武器があります。
不倫じゃないなら、もっと堂々と会えばいいじゃない、ということです。
逢瀬がカオル君の東京出張の帰りだけ、というのは、まっとうなカップルにしてはあまりに少ないのは確かです(実際に遠距離恋愛したことないのでわからんですけど)。
そもそも名古屋と大阪という距離感がまた微妙で、それこそ一華さんのほうが日帰りでふらっと大阪に遊びに行くことも余裕で可能なはずです。なんでそういうことしないの? という疑問は当然あると思います。
一華さんのほうが不倫と思いこんでるなら、そりゃ大阪に行くわけないじゃんとの反論も可能っちゃ可能ですが……さぁ、どうなんでしょうね。
* * *
もともとこのお話は、大阪在住の私が昨年末に東京へ出張にで出かけて、その帰りに名古屋に立ち寄ったことから、思いついたものです。
大阪にいる奥さんの元へと直帰しないで、名古屋で現地妻に会っているみたいだなと。
※なお、私には奥さんも彼女も現地妻もいません。この野郎。
なので、不倫っぽい話をベースに書いたのが事実です。
ですが、その中でぱっと見は不倫だけど、よくよく読むとそうじゃない可能性も残せていたら面白いなと思って、こういうお話にしてみました。
もともと読者に想像の余地を残す形で話を書くことが私は多いですけどね。
カクヨムのレビューも一つ一つ読ませていただきました。
こういう形でコメントをいただける機会はそう多くなかったので、とても嬉しかったです。皆さまありがとうございました。
そのうえで、一つ傾向があるとすれば、従前から私の作品を読んだことがある方は純愛説に、今回初めて読まれた方は不倫説の方が多いかなーということでしょうか。
後者のほうはストレートに読んだ印象が残るのは当然だとして、前者のほうは、今までの私の作品が純愛もののハッピーエンドがほとんどを占めていたことから、そういう作者への“信頼”みたいなものが働いているのではないかと考えています。
あと、これはわからないですけど、読者の年齢や性別も気になるところです。
特に女性の場合、「女のカン」へのこれまた“信頼”があるでしょうから、一華さんの感情にそのまま乗っかる方が多いんじゃないかなーと勝手に思っているのですが……どうでしょうね?
ちなみに補足ですが、純愛説だとハッピーで、不倫説だとそうじゃないとは、そう簡単には言えないでしょうね。不倫じゃなかったとしても、根強い思い込みがあったり、名古屋を出るか出ないかの問題があったりで、この恋のハードルはかなり高いです。
お互いがお互いを想い合っているのだけは確か。
だからといってハッピーエンドになれないもどかしさ。
それは、どの見解をとってもたぶん一緒だと思います。
さてさて、一通り種明かしをしたところで。
もう一度聞きます。あなたなら……どんなストーリーがお好みですか?