おはごす。
昨日はいろいろ荒ぶって申しわけありませんでした。
なんか昨日はへんなテンションだったなあ、一日……。
デスゲーム。
実は、ふろたき書いてる最中に、もしかしてこれでいけるかなあ、というので一話だけ書いたんですが、無理。やっぱ無理。
DEATH、というのを、花魁としての死=老化とかにしようかなと思ったけど……。まず花魁、江戸の風俗、しらべるのつらい(わが脳の劣化よ)
どうも日の目みなさそうだから、とりあえず、近況ノートで供養です。
以下、本文。
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黒宵大夫《くろよいだゆう》が流した長い髪の一部が、妖狐《きつね》の牙で切断されている。きつねは、あえて、外したのだ。
「……おやおや。くろちゃん。ざまぁないねぇ。りんがいなけりゃ、そんなもんかい」
打掛にしてはしつらえの奇妙な、だが黒地に豪奢な金の装飾をほどこした着物をまとったおんなが、葛飾の橋のうえで腕を押さえている。
遊女、いや、花魁なのだろうか。まだ支度まえとみえて、髪はおろしている。が、手入れのようす、つけている飾り、そのようなものから、この時代の常識として、そのおんながおのれの風貌で世を渡っていることは、だれにでも理解できるのである。
彼女の正面、橋の反対側。ずっとゆけば日本橋へという道であるが、その欄干に、これも奇妙なかっこうをした若いおんなが、片膝をたて、たいへん行儀がわるい方法で、腰掛けている。
こちらも、打掛をおおきく崩したような、上半身だけが着物で覆われているような、ふしぎな装束である。あしは、ほとんど剥き出しだ。むかいの黒地のおんなとは対照的な、白地に、ほそい青色の装飾。やはり髪をおろしているが、髪飾りも青い。
「りんは、どうしたい」
「王鶴《おうかく》……あんた……りんに、なにをした」
ひゅう、と口笛のようなおとをだして、王鶴大夫《おうかくだゆう》は嘲笑《わら》った。
「さあねえ。いまごろは<みっつもどれ>にでも、出逢ってるんじゃないかねぇ。いやいや、怖いねえ」
そういって、おどけるように両の肩をみずから抱く。
「……塚を、壊したのか、りんの、塚を」
「しらねえよ。わっちは旦那におねがいしただけさ。下総臼井に、怪しい塚があるってねぇ。殿さまたちも、うちの旦那のちからなくしては立ちゆかないからさあ。いまどきは忠義もカネで贖えるってもんさ」
王鶴はうたうように言い、そらに両の手をかざした。
「地下出《じげで》のおんなの手にかかって、もとお武家のおんながしぬ。それもまた、ご時世だねぇ……」
振り下ろした手の先に、どこからかきつねが、降ってくる。移動は目視できなかった。王鶴が、まるでなにかの音曲のふしをとるように手を振るうと、きつねが燐光につつまれた。
やがてそこにあらわれたのは、ひとの、おとこだった。
黒い装束。細身の身体にぴったりと沿う布地は、かれの全身を構成する滑らかな筋肉を、あますところなく、月夜に描きだしている。王鶴のよこで片膝たち、あるじの機嫌をとるように、すり寄る。
蒼みがかった髪が額にかかる。王鶴は、その髪を、手ではらってやる。おとこは、満足げに、髪とおなじいろの目をほそめる。
「さあ。どうする。そこな利根のかわに跳んでもいい。わっちのかわいいアオの爪で、そのしろい腹を割いてやってもいい。十かぞえるから、選びな」
アオ、と呼ばれたおとこは、獣のようにくるると喉を鳴らし、黒宵をじっとみる。いまだ殺意はないのだ。が、あるじの下命があれば、即時に斬首の刃と化す。
「りぃんちゃん。いるならでておいでえ。ときがないよぉ。それ、ななつ、むっつ、いつつ……」
王鶴は心底たのしそうに、ゆびを左右にふりながら、拍子をとる。
「まあ、でられないかぁ。だって、焼いたもんねえ。あついあつい、ってのたうちまわったかねぇ」
聴いて、黒宵の表情がかわる。
「あっ、いっちまった。だってあんたのあれ、気持ち悪いからさあ。塚にね、火をかけさせてさ」
黒宵が跳ぶ。装束に似合わない俊敏さで王鶴にせまるが、あいだにはアオがたっている。黒宵に平手をくらわせる。ちからは入っていないが、黒宵の華奢な体躯は、反対側の欄干に打ち付けられた。苦悶の息をはく。
あひゃっ、と、その様子をみて、王鶴は手の甲をくちにあてた。
「ざまあないねぇ……あっ、もう十は、すぎたかな」
手元のアオの頭頂部から首筋を、まるで飼い犬を撫でるように擦って、王鶴は口角を醜くひしゃげさせた。
「アオ。もういいよ、お腹いっぱい、喰べて」
黒宵の指示に、アオが綱を引きちぎった獣のように、はしった。
爪が、黒宵の、腹にささる。
刺さったはずだった。
空気がくろく歪んでいる。
歪んだ空気が、黒宵をつつんでいる。
無数の鳥が飛び立つようなおと。
アオは標的から視線をはずし、周囲を警戒する。
黒宵の肩のあたりから、顔。
おんなの顔がのぞいている。
「……おまたせ、いたしました」
黒宵は、血が滲んでいるくちの端を、ゆるめた。
「……ああ、待った」
「再生に時間を要しました」
言う間にも、肩の顔がのび、やがて腕がみえ、胴があらわれ、脚を出す頃には、容貌もはっきりしてきた。
紅い、瞳。肩までの銀の髪。肌にいろがない。純白をこえて、澄んでいる。
異国の装束とみえた。袖と裾が広がった真っ黒のいでたち。胸のところに、髪と似た色の、銀の装飾がゆれている。
異人の少女が、黒宵のまえにたっていた。
「りん。焼かれるのは、不得手だったか」
「いえ、そういうこともありませんが、お腹が減っていたので」
困ったように眉を寄せるりんに、黒宵は苦笑しながら、身体をおこして腕を差し出した。
「はやくしろ。敵は、目の前だ」
王鶴も、アオも、戸惑っている。あやかしを恐れているのではない。すでに百遍も、自分以外が所有するあやかしを目の前にしてきたし、勝ってきた。が、りんの纏う空気が、かれらに行動を許さなかった。
黒宵のうでに、少女は、顔を近づける。くちをひらき、噛み付く。黒宵の表情が瞬時、歪むが、やがて安堵に似たものに変わる。それはりんも同じことであり、いや、彼女のそれは、蕩然、と表現すべきものであった。
うっとりとした表情のまま、少女は、黒宵のうでから牙を抜き去る。虚空をみるように、かおをあげ、見えないなにかをみている。が、やがて、その姿勢のままで、冷たい瞳を王鶴たちのほうへむけた。
「……あなたたち、わたしの|ご主人《だんな》さまに、なにを、したんですか。痛いことを、したんですか」
少女、吸血鬼りんの表情が、うすい笑いにかわる。
「痛いこと、したんですね。ならば報いは、受けませんと」
アオが奔った。下知はない。が、本能がそうさせた。爪がとぶ。
りんの手のひらが爪をうける。握る。爪もろとも、アオの拳が潰れる。絶叫とともに腕をひくアオ。が、その身体を、霧が覆う。黒い霧。霧はやがてかたちをなし、無数の蝙蝠となる。
ぎゃあぎゃあと、耳障りな呪いの羽音をひびかせて、吸血鬼は、舞う。重なるその影に、紅い瞳、裂けたくちが、うかんで、歪む。
「……ああ。きもちいい。良い夜だわ。ねえ、踊らない?」