例の件もあってにこなでの更新が伸び君になってますが、何も全く書いてなかったわけじゃないんです。
「そんなに言うならテンプレじゃないゲンダイドラマ書いてやりゃああああああああああああああああああ!!!」
となんか一蹴回って変なテンションになりまして、実はちょっと別作品書いてました。
いやはや逆ギレもいいとこですね。繰り返しになりますが本当に感謝してるんですよ! おかげで別作品考えるきっかけにもなりましたから!
なので、このことはどうか穏便に……。
で、もちろんにこなではちゃんと書いていきますし、別作品考えてる間にモチベもだいぶ戻ってきたのであくまで主軸はにこなで。ただそうなるとせっかく書きかけたこれいつ出せるんだって話にもなりますし、もったいないのでここに残しておこうと思います。
【注意】
・あくまで書きかけ、推敲もそこそこ。
・重要シーンの一部の切り抜きみたいなもので、これを今後このまま使う保証もありません。
【登場人物】
・文香(ふみか):29歳、システムエンジニア。開発リーダーや小規模案件のプロジェクトリーダーを経験し順調にキャリアを積んできているが、今後のキャリアに迷っている。
・陽菜(はるな):24歳、システムエンジニア。文香の職場の後輩で、全盲ながら高い技術力を持っている。誰かの手を借りなければ生活が難しい自分のことを常に負い目に感じている。
【シチュエーション】
文香はとある大規模案件の中に複数走るラインのリーダーで、陽菜は同じラインのメンバー。
ある日、別メンバーのミスをカバーしスケジュール遅延の危機を乗り越えた文香が報告書を書き終えて帰宅しようとすると、陽菜がいつも座っている当たりの席にまだ人影があることに気づいて……?
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「こんなところ、かな」
ふーっ、と長い息とともに吐きだした言葉がやけに響いたのを聞いて、いつのまにやらフロアに人気がほとんどないことに気が付いた。ちらりとディスプレイの端に目をやれば、時刻はもう十時過ぎ。どおりで静かなわけだ。
今しがた作り終えたばかりの報告書をコミットしてPCを落とす。電源が切れるまでの間にグッと伸びをすると、片やら首やらがポキポキと音を立てた。
PCを仕舞い込んだ鞄を肩にかけて立ち上がり、証明が落とされて所々暗くなっているフロアを歩く。と、そんな暗闇の最中にぼんやりとした光が見えた気がして、私は思わず足を止めた。
あれは……陽菜ちゃんだ。開発部のデスクの一角、暗がりの中でモニターからの明かりを受けて浮かび上がるその姿は、ここのところ頻繁に目にしていたもの。このフロアの証明は、節電のためにと定時を過ぎると二時間ごとで自動的に消灯される。必要なら都度再点灯して残業するわけだけど、彼女は明かりがなくとも音声だけでPCを操作できてしまうから、こんな風に暗闇の中に一人ぼっち、みたいになっちゃうんだよね。
……それにしても、陽菜ちゃんがまだ残っていたなんて。ここのところさっき書き上げた報告書の件でばたついていてちょっと確認がおろそかになっていたかもしれないけれど、それでも直近でここまで残業しないといけないほどタスクが積みあがってはいなかったはずなのに。……それとも、何か別の問題が起こった?
そんな小さな胸騒ぎは、彼女が座っているエリアの電気を点けてその顔が露わになった瞬間に確信へと変わる。モニターからの光ではわかりづらかったけれど、改めて蛍光灯の光を受けた陽菜ちゃんの横顔は明らかに青ざめていて、微かに動く唇からは良く聞き取れないかすれた声が漏れていた。
「……陽菜ちゃん、まだ残ってたんだ」
静かに歩み寄った私が声を掛けると、陽菜ちゃんはビクッと大きく肩を跳ねさせた。そうしてゆっくり私に向けられた瞳には、涙の幕が張っている。
「……文香、さん」
そう小さく名前を呼んだっきり、陽菜ちゃんは口をつぐんでしまった。そうしなければ、自分を形作ってきたものが何もかも壊れてしまうとでもいうかのように。
あまりにも痛々しいその姿を目の当たりにした私の体は、無意識に彼女の体を抱きしめていた。
「――っ!? 文香、さん……!?」
陽菜ちゃんが腕の中で身を固くするのがわかる。当然だ、いきなり職場の先輩から抱きしめられれば誰だって戸惑うし、それでなくとも目が見えない彼女は私の動きがわからないわけで。不意打ちどころではない衝撃にさぞ驚いたことだろう。
でも、そんな冷静な思考を全部吹き飛ばして、想ってしまったんだ。
――彼女を一人にしてはいけない、と。
「何かあったんだね。大丈夫だから、私二話してみて?」
背中を軽くたたきながら囁くと、それまで所在なさげに彷徨っていた陽菜ちゃんの両腕が私に回されて、ぎゅっと力が籠められた。遠慮がちな仕草に反して、その力は小さい子供が母親に縋りつくみたいに強かった。
「……わた、し……まちがってて……コード、どれだけ直しても無理で……でも、これは私のタスクだから、自分で何とかしないといけないのに……もう、どうしたらいいか、わからなくて……っ」
ポツリポツリと話し始めた陽菜ちゃんの声はどうしようもなく震えていて、顔を見ずともその頬を涙が伝っているだろうことが理解できた。
傍らのディスプレイに目をやれば、数百行にも及ぶログファイルやエラーを示す文言が出力されたターミナル、原因を探していたのか大量のタブを作ったIDEが乱雑に並んでいる。それらは紛れもなく、陽菜ちゃんが必死に対処しようとした苦闘の証だ。
どうしてこんなになるまで抱え込んでしまったんだろうと考えかけた私の脳裏を、これまでに彼女が見せてきた表情が駆け巡っていく。割り振ったタスクは、必ず期日通りに終わらせる。遅れそうになっても自分の稼働を上げて対処する。視力の都合で難しいであろうタスクだって、私が声を掛けるまでは自分でやりきろうとしていた。
……そうだ、兆候はいくつもあったじゃないか。陽菜ちゃんはとても優秀で情熱にあふれたエンジニアであり、同時に責任感が強くて誰かに頼ることが極端に苦手な女の子。そのことを、私はわかってたはずなのに。
「大丈夫だよ、陽菜ちゃん」
いつもよりも小柄に思える彼女の体を抱きしめなおして、そっと頭を撫でる。
「よく頑張ったね。後は任せてくれればいいから」
私には、何がそんなに陽菜ちゃんの心を頑なにしているのかはわからない。でも、いざとなったら頼れる場所があるんだってことは伝えられる。そんな想いが少しでも、その壁の向こうに届くように、私は言葉に力を込める。
「大丈夫だよ。無理しなくていいんだよ。辛いときは辛いって言っていいんだよ」
「……ふみか、さん……っう、あぁっ……!」
その一言が呼び水になったのだろうか。陽菜ちゃんの肩が一層強く震えたかと思うと、その小さな唇から嗚咽が漏れ始めた。
「わた、私……ずっと、辛くて……! 迷惑かけちゃダメだって、ちゃんと皆さんについていかなきゃってぇ……! 皆さんに助けてもらわないと仕事ができないのに……余計な迷惑、かけたくなくてぇっ……!」
喉の奥から絞り出すように紡がれた言葉は、陽菜ちゃんの心の叫びそのものだった。
陽菜ちゃんの苦悩は、多分誰もが一度は通る道だ。周囲のメンバーや先輩たちが大きく見えて、ついていかなくちゃ、足を引っ張らないようにしなくちゃって必死になって。でも当然、職歴の差はそう簡単に埋まるはずもなくて、誰かの助けを借りることになる。
彼女が特殊だったのは、その職歴の差を覆しかねないほどの技術力を既に持っていたことと、その体に染みついてしまっている責任感が最早強迫観念にすら近かったことだ。振られたタスクは何としてでも期間内に終わらせなければならない。でもチームメンバーもそれぞれにタスクがあるし、迷惑はかけられない。だから自分の力だけで無理やり終わらせようとして、それができるだけの力があるがゆえにタスクを消化できてしまっていた。
せめて相談だけでもしてくれればどうとでもなったはずなんだけど……視力のことを負い目に感じているらしい陽菜ちゃんにはそれも難しかったんだろう。それを加味してフォローできなかった、これは私のミスだ。
「私……もっと、頑張らないといけないのに……見えないぶん、それでも使ってもらえるようにならないといけないのに……こんなんじゃ、ダメなのに……!」
大粒の涙を流して私の胸に縋りついてくる陽菜ちゃんの姿に、心臓を鷲掴みにされたみたいに息が詰まる。この悲壮な想いにどうして気づいてあげられなかったんだって自問が、頭の中で反響する。
でも、今は悔やんでる場合じゃない。後悔なんて後からいくらだってできる。……何より、目の前で初めて弱さを見せてくれた陽菜ちゃんを、私は全力で守りたいって思ったんだ。
こんなに真面目で頑張り屋で、情熱をもって仕事と、技術と向き合っている彼女が、どうして苦しまなきゃいけないんだ。私がやるべきなのは、こういう子たちが笑って、楽しく力を発揮できる場所を作ることじゃないのか。――そう考えた時、視界がパッと開けたような気がした。
そうだ。今までの私は、プロジェクトが無事に成功すればそれで良いと思ってた。リーダーというのは、そこに責任を持つ人物なんだから。進捗管理やお客さんとの調整、リスクヘッジに注力して、プロジェクトが安全に進行することだけを考えてやってきたし、実際に課題が起こってもプロジェクトの進捗を優先して自分で対応することが多かった。
でも、違ったんだ。もっとみんなに、陽菜ちゃんに寄り添うべきだったんだ。表向きな「予定通りです」という報告の裏に隠れた心の声に耳を傾けるべきだったんだ。こんなにつらい感情をひた隠しにして従事してきた作業はどれほど苦痛だったんだろう。情けないことに、私はそこに全く無頓着だった。
将来食いっぱぐれることはないだろうという消極的な理由でシステムエンジニアになった私と違って、陽菜ちゃんにはシステムエンジニアとして活躍したいという夢がある。技術力を高めて役に立ちたいという情熱がある。そんな陽菜ちゃんを苦しめたのは、他でもない不完全なリーダーである私だ。
なら、今の私はどうするべき? 苦しい胸の内を曝け出してくれた陽菜ちゃんに、私は何ができる?
「……ごめんね陽菜ちゃん、気づいてあげられなくて」
自分まで震えてしまいそうになる声をどうにか取り繕って、陽菜ちゃんに語り掛ける。
「辛かったね。苦しかったね。頑張ってくれてありがとう、陽菜ちゃん」
感謝の言葉を受けるとは思っていなかったのだろう、陽菜ちゃんは驚いた様子で顔を上げた。頬には幾筋もの涙の跡が残り、焦点の合わない瞳が大きく見開かれている。
焦点が合わないのは盲目である彼女と話すときの常なんだけど、今のそれはいつものそれじゃない。全力を尽くして、それでもどうにもならなくて、完全に道を見失っている、そんな目だ。
「迷惑かけていいんだよ。助けを借りていいんだよ。みんなそうやって、できないことをカバーしあってるんだ。そのためのチームでしょ?」
私の言葉が、どこまで陽菜ちゃんに届くかはわからない。それでも、少しでも、彼女が楽になれるなら。
「誰が何と言っても、私は陽菜ちゃんの味方だよ。陽菜ちゃんの全部、真面目なところも明るいところも、ちょっぴり不器用なところも全部、私が受け止めるから」
陽菜ちゃんが息を呑み、一泊置いてみるみるうちに涙があふれてきた。
「文香さん……ふみ、か、さん……っあぁ、うあぁぁぁぁっ……!」
彼女の慟哭はさっきまでより激しかったけど、そこにこもった感情は明らかに異なっていて。
「あり、がと……ひっく、ござ、い、ますっ……! ひぐっ……ありがと、ござ、ますっ……!」
いよいよ堰を切って止まらなくなってしまった陽菜ちゃんの涙が胸元を濡らしていく。よかった、少しは力になれたみたい。
……私が贈った言葉は、そのまま自分にも帰ってくる。迷惑をかけてもいいと、助けを借りてもいいと、そう思わせられるチームを作れなかったのは私だ。
――こうなる前に、何ができたんだろう。今までの私って、何だったのかな。
陽菜ちゃんの背中をあやすみたいに撫でながら、私は胸中に広がっていく黒い靄を止めることができなかった。
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いかがだったでしょうか?
にこなでの空白の間に、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。