青森に、こんな伝説がある。
「キリストの墓があるぞ」
これが本当なら、イエスの贖いはどうなるのだろう?
一枚目のイエスが、もし贖いの死を遂げておらず、日本に逃走したというのなら、聖書そのものが成り立たなくなるではないか。
→ 贖い無効
そこで、真相を掘り下げてみた。
■「キリストの墓」の真相は?
資料:青森ヘブライ村
https://www.driveplaza.com/trip/michinohosomichi/ver46/smp_index.html以下資料より:
謎の祭り「キリスト祭」は、毎年6月の第一日曜日に「キリストの里公園」で開催されている。
■ネタバレ部分
工藤さんはたじろぐことなくこう告げた。
「実は、この墓の真相について地元の研究家たちが押している説があるんです」
―ときは平安時代中期。
青森県の北、現在の五所川原市の辺りに「十三湊(とさみなと)」という港があった。アイヌ人と和人との交易拠点としての利用が主だったようだが、ロシアとの貿易も盛んに行われていたという。
そんなある日のこと、ひとりのロシア人船夫が遭難してしまう。どういうル―トを辿ったのかまでは定かではないが、きっと人里を探してさまよい歩いていたのだろう。運良く人に助けられた彼は、ある村に案内される。たどり着いたのは、小さな山村。結局、ロシア人船夫はそのままそこに住みつき、村の娘と結婚し、生涯を遂げた。
この村というのが、新郷村。婿に入った先の家が、沢口家だという。
故郷から遠く離れた地で骨を埋めることになった彼をかわいそうに思った村人たちは、彼のお墓に、彼が信仰していたキリスト教のシンボルである十字架をたてた。
つまり、キリストの墓と信じられているのは、実はキリスト教信者だったロシア人船夫の墓だというのだ。実際、新郷村の近くにある尾去沢(おさりざわ)鉱山には、その時期にロシア人が働いていた記録も残っているのだとか。
「じゃあ武内家の古文書に書かれていたことは全部嘘だったってことですか?」
と問いつめる私に、工藤さんは「はっきりとしたことは言えませんが」と前置きした後、「日本の歴史学会の主流は、これらの古文書は後世の偽作だとしています」と語ったのだった。
(引用感謝)
結局、青森や東北周辺にヘブライ人の集団が住んでいたのは確かであっても、
イエスが来ていたと証明して喜ぶのはイエスの敵「世の神」である。
それは「最後の生贄」が無効にされる形になるからだ。
それを、創造主が許すとは思えない。なぜなら「イエスの生贄が無効」となれば、人類への権利は世の神に保持され、我々は鬼の懐に収まったままになる。
天軍が到来しても、
人類救出など出来なくなる。
キリストとその墓は、それほど重要な役割を果たしているのである。