小説家になろうを、一度利用してみたかったので、登録してみました。あるじ貸しますの二人がその後どうなっていくかを書いてみたいのですが、それはそちらではじめるかも。なので、近々に「あるじ貸します」はあちらでもアップ。
最近妙に、少女小説に再び強く惹かれています。若草物語とか赤毛のアンとか長靴下のピッピとか。
社会の工業化がはじまり、勤め人(サラリーマン)が増えていき、お父さんは外に働きに行き、お母さんは家で家事をするという家庭(近代家族)が増え、性別で役割が分かれる社会となっていく十九世紀欧米。そこで生まれた女の子の成長物語が、「少女小説」と呼ばれている物語です。
良き家庭婦人(いわゆる良妻賢母)を育てる製造装置を、社会が求めた時代に書かれた物語。どの作品からも、時代のそんな空気が感じられます。そういうオチで終わる作品も多い(人気作を生む流行作家のほとんどは、食べていくため、社会に添いながら、自己主張をしますから)。そのため現代では、これを今読む意味はあるの?なんてことを、言われたりします。
しかし。人気作は、いまだにドラマ化され映画化され。この日本でもアニメ化されていますし。文庫は重版されてます。読者が一定数いるのでしょう。
斎藤美奈子氏は、「挑発する少女小説」で、少女小説の人気作品の特徴を、四つ上げています。①主人公が「おてんば」。②主人公の多くは「みなしご」。③友情(同性愛)が恋愛(異性愛)を凌駕する。④少女期からの卒業が仕込まれている。
この四つの特徴を読んだとき。80年代から90年代の少女マンガ、その傑作のいくつかは、変形少女小説か?なんて思ったりしました。
例えばバナナフィッシュ。主人公は少年ですが、悪役からは「自分の女」扱いされている少女でもあります。天才的頭脳と戦闘能力を持つ少年ギャングアッシュは、スケールのデカい「おてんば」な少女でもあるわけです。
②もあてはまりますね。彼は親がいても「みなしご」同然の境遇です。
③はどんぴしゃ。このマンガは、80年代NYを舞台に、凄いリアリティで展開する少年ギャング物語でありますが、核は少女小説的友情(同性愛)物語。そのちぐはぐさとして、男女の相克(男社会の女性蔑視と女の孤独)が浮かび上がってくるというのが、この作品の妙味、作家吉田秋生のカラーです。
主人公は自分の人生を狂わせた、悪しき父親の象徴ゴルツィネを葬り、ここで少年を卒業しているといえますから、④もあてはまります。
ちなみに、アッシュが死ぬのは、テーマ的には完璧な結末だよなと思っております。作者は彼を愛していて、凡庸な大人の男になる可能性を消したかったのかなぁとも思い、この烈しい潔癖が、吉田秋生の魅力だとも思うのですが。
俗人の私は、ブランカ路線で、男社会から外れたアウトローとして、どこかで生きていてほしかったなぁと思っちゃう(笑)
最近赤毛のアンシリーズを読み返したのですが、これはアンと親しい女たちの友情、カナダ女性の当時の暮らしの手帳、当時のカナダ中流女子の美学を描いた物語なのかも。そんな気がしてきました。
昔は思わなかったことですが、アン自身の、アンの周囲の、男女の恋より(中高年の恋物語が結構多いことにも今回気づきました)、女同士の絆のほうが、ずっと楽しそうで、かつ強いかもとも思いました。
大学時代の、パティの家での女の子たちの共同生活は、ギルバートとの恋より、ずっとロマンティックに感じましたし。
育ての親マリラのアンへの武骨な強い愛情、アンとアンの子供たちに仕えるスーザンをはじめ、女主人のために働く女の使用人の献身は実に尊い。老後のマリラを支えるのはリンド夫人ですし。女同士の強いつながりが、数多く描かれています。
昔のドレスや手作りのお菓子が好きな「女の子」なら、何歳でも楽しめる作品です(中高年の登場人物が結構多いし)。未読の方はぜひどうぞ。
現在日本では、女の子たちの友情を描いた漫画やアニメが、百合物語として、若い男子諸君の心をとらえているようですが。そういう作品が好きな男子諸君も、アンシリーズ、読んでみると面白いかもしれませんよ。