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読まれなくてもいいから、読ませたい文章を書いてみる

人が喜ぶ文章というのは貴重だ。
が、自分が一方的に読ませたい文章を厚顔無恥にネット上に上げるというのはなかなか恥ずかしくてできない事ではないだろうか。
今や意味不明でフェチで病的な誰得な文章が受けたりしてる。
ならば、自分が一方的に読ませたい文章を厚顔無恥にあげてもばれないのではなかろうか。

そんなこんなでそんな文章を書こうと思うのだが



つまり今まで書いていた文章がそうだった。
でもちょっと違う。
今までは読まれたいだろうけど、読んでもらえないだろうな、という、とても気持ちがアンバランスな、コアが品番を間違えてて上手く接続しないのに未だ部品を取り扱ってるかどうかが不安で注文しないでそれをちゃんと動かせないでいる状態の、読ませたい文章を一方的に書く、という状態だった。

自覚的にそうするのは恐らく初めての試みである。
読まれるかどうか以前に、読ませたい。
読まれたい、とは明らかに違う。

そう、「読ませたい」
読まれなければいけないでもないし、アップしたら勝ちでもない。
ただ単純に読ませたくてアップする。
読まれなければ悔しかろうがそれは後の祭り。読ませたいだけでアップしちまった~と顔を赤らめるのもわざとらしいくらいのもの。

そんなのを書いたら気持ちがスッキリすると思った。

で、読ませたいのはノンフィクションの反省文である。それから頼まれてもいないのに良い評価をする。理由は、やっぱり良かったからである。
何で良いのかと言うと、その空間が無ければ私が存在しないからという、やむにやまれぬ事情であり、これはおべっかとは違う、むしろ悟り的なものである。

怪しいので読んでくれ。怪しいけど読ませたい。

読まれないから泣いても知らん。

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